第7話「共同討伐、予算承認済み」
停戦交渉の“第一手”は、思ったより早く動いた。
魔王軍内の過激派――黒焔派。
和平に反対し、勇者再侵攻を口実に武力拡張を狙う強硬集団だ。
「内部処理で済ませることも可能でした」
セレネは役所の会議室で言う。
「ですが、象徴が必要です」
「勇者の名誉回復ですね」
「ええ」
レオンは書類をめくる。
《共同討伐予算案》
《損害補填条項》
《戦果記録の文面案》
すでにほぼ完成している。
「討伐は三十分以内に終了します」
「随分と具体的ですね」
「黒焔派は資金繰りが悪化しています。補給線も脆弱」
「……あなたが関与していないことを祈ります」
「業務外です」
淡々とした返答。
◆
三日後。
魔王領境界の荒野。
勇者アルド率いる部隊と、魔王軍正規部隊が対峙していた。
だが互いに剣は向けない。
中央に立つのは、黒焔派の指導者グラズ。
「裏切り者どもめ!」
炎を纏った大剣を振り上げる。
「人間と手を組むなど、魔王軍の恥だ!」
アルドは剣を抜く。
「和平の邪魔はさせない」
その瞬間、レオンは遠くの丘から状況を確認していた。
戦場には出ない。
だが線は視える。
黒焔派の逃走経路。
補給拠点。
崩壊タイミング。
「……開始三分」
小さく呟く。
戦闘は激しいが、短い。
黒焔派の後方支援はすでに遮断済み。
武器の一部は不良品。
資金流用の証拠も押さえてある。
「なぜだ……なぜ補給が来ない!」
グラズが叫ぶ。
アルドの剣が弾き、セレネの部隊が包囲する。
開始二十七分。
グラズ拘束。
討伐終了。
戦死者、ゼロ。
◆
荒野に、奇妙な光景が広がる。
勇者と魔王軍幹部が並び立ち、声明を読み上げる。
「黒焔派は両軍の安定を脅かす存在であった」
「共同討伐により、脅威は排除された」
拍手はない。
だが、戦火もない。
遠くから見守るレオンの視界に、一本の線が強く輝く。
最短三手、完了。
だがその瞬間、世界の色がわずかに後退する。
空の青が薄い。
草の緑が灰に近い。
「……進行速度、想定より早い」
指先がかすかに震える。
◆
王都。
財務大臣が報告書を閉じる。
「戦費削減、成功。勇者の評価、回復傾向」
「魔王軍との共同市場も視野に」
「戦争より利益が出るな」
数字が並ぶ。
戦わないほうが得。
それは、抗いがたい現実だ。
◆
グレイヴンの役所。
町民が噂している。
「勇者様が魔王軍と手を組んだって?」
「でも戦争は終わるらしいぞ」
「税も下がるって話だ」
町長がレオンを見る。
「君は……本当に総務なのか?」
「はい」
「英雄じゃなくて?」
「業務外です」
そのやり取りに、小さな笑いが起こる。
だが受付嬢は気づいていた。
「レオンさん、顔色が悪いですよ」
「問題ありません」
彼の瞳は、以前よりも少しだけ淡い。
◆
夜。
役所の執務室にセレネが訪れる。
「成功ですね」
「予算内です」
「あなたの代償は?」
レオンは窓の外を見る。
街灯が、ほとんど白に見える。
「色彩の認識が低下しています」
「感情も?」
「測定中です」
セレネは机に手を置く。
「合理が世界を均質化する。揺らぎが減る」
「揺らぎは非効率です」
「ですが、揺らぎがなければ――」
彼女は言葉を選ぶ。
「物語は生まれません」
レオンは沈黙する。
線は完璧だ。
無駄がない。
損失がない。
だが。
勇者の赤。
セレネの銀。
町の橙。
どれもが、少しずつ薄れている。
「……問題ありません」
繰り返す。
その声は、以前よりもわずかに空虚だった。
セレネは静かに言う。
「あなたが完全に均質化する前に、止めます」
「非合理です」
「ええ」
彼女は微笑む。
「ですが、必要です」
窓の外、夜空には星が瞬いている。
だがレオンの目には、それがただの白点にしか見えなかった。
最短は、確かに世界を救う。
だが同時に、何かを削っている。
その事実だけが、静かに積み上がっていく。




