第6話「最短三手、感情一手」
広場に、重い沈黙が落ちていた。
勇者アルドと、魔王軍財務官セレネ。
その間に立つ、総務レオン。
町民たちは息を潜め、誰もが次の一言を待っている。
「停戦だと……?」
アルドが低く唸る。
「ふざけるな。魔王は倒すべき敵だ」
「敵と定義することで、利益を得ている構造があります」
レオンは静かに言う。
「戦争予算。英雄叙勲。宗教的正統性」
「俺はそんな理由で戦ってない!」
「承知しています」
即答。
「ですが、構造は個人の動機とは無関係に動きます」
アルドの拳が震える。
「構造、構造って……!」
「勇者の名誉を回復しつつ、戦争を終わらせる案があります」
レオンは白紙を広げる。
「第一手。魔王軍内の過激派を共同討伐対象とする」
セレネが補足する。
「内部に強硬派が存在します。彼らを排除することは、魔王軍にとっても利益です」
「つまり、俺に“見せ場”を用意するってことか」
「合理的には」
アルドは歯を食いしばる。
「第二手」
レオンは続ける。
「魔王領の鉱石資源を王都経済圏へ組み込む。戦費より利益が出る仕組みを作ります」
「金の話か」
「数字は説得力があります」
町民がざわめく。
戦争より儲かる。
それは分かりやすい。
「第三手」
ペンが止まる。
「象徴的和解儀式。勇者と魔王が共同声明を出す」
アルドの顔が歪む。
「魔王と、並び立てと?」
「名誉は保たれます」
「俺は……」
言葉が詰まる。
その瞬間、レオンの視界にもう一本、線が走る。
細く、揺らぐ線。
感情の処理。
「……一手、追加します」
セレネが視線を向ける。
「勇者殿の物語を守る枠組みを作ります」
「物語?」
「勇者は“戦った末に和平を選んだ”と記録する」
アルドの目が揺れる。
「逃げたのではなく、守った、と」
町民の間に小さなざわめきが広がる。
守った。
その言葉は、戦ったよりも柔らかい。
「……そんな言葉遊びで」
「言葉は制度です」
レオンは淡々と言う。
「制度は現実を定義します」
アルドは長く息を吐いた。
「お前は……やっぱり分からないやつだ」
「理解は努力します」
その返答は、ほんの少しだけ遅れた。
視界の色がまた薄れる。
赤いマントの色が、わずかに灰色に近づく。
「代償があるのですね」
小さな声で、セレネが言う。
レオンは一瞬だけ視線を逸らす。
「問題ありません」
「視えているのでしょう? 色が」
セレネの瞳は鋭い。
「合理を使うたびに、世界が均質化する」
レオンは否定しない。
アルドが眉をひそめる。
「何の話だ」
「業務上の副作用です」
簡潔な説明。
「……お前は、そこまでして最短を選ぶのか」
アルドの声は、怒りではなく戸惑いに近い。
レオンは少しだけ考える。
線は明確だ。
三手+一手で終わる。
だが、視界は確実に薄れている。
「最短は、最小損失です」
「お前の損失は?」
問いが、刺さる。
一瞬だけ、線が揺らぐ。
「業務外です」
静かな返答。
セレネが一歩前に出る。
「勇者殿。あなたは戦いたいのですか。それとも守りたいのですか」
アルドは黙り込む。
町民の視線。
仲間の顔。
王都の圧力。
そして、レオン。
「……守りたい」
絞り出すような声。
その瞬間、レオンの視界に走る線が一本、強く輝く。
「では、契約成立です」
セレネが小さく笑う。
「共同討伐の詳細は後日。過激派の情報はこちらで提供します」
「俺は魔王と直接会う」
アルドが言う。
「逃げも隠れもしない」
「合理的ではありませんが、象徴効果は高い」
レオンはうなずく。
広場の空気が、わずかに緩む。
戦闘は起きなかった。
剣は抜かれなかった。
だが何かが確実に動いた。
アルドは振り返り、去り際に言う。
「レオン」
「はい」
「……戻れとは言わない」
赤いマントが翻る。
「だが、勝手に消えるな」
それだけ言って、勇者は去った。
静寂が戻る。
町民がざわつきながら散っていく。
セレネはレオンを見つめる。
「感情一手、ですね」
「非効率ですが、必要でした」
「あなたも、少しは揺らぐのですね」
「測定誤差です」
だが、窓ガラスに映る自分の瞳が、わずかに薄いことを、彼は自覚していた。
「最短で終わらせます」
その言葉は、以前よりも少しだけ小さかった。
世界はまだ色を保っている。
だが合理が進むたび、その彩度は静かに削れていく。
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