第5話「業務提携のご提案」
翌朝、役所の前に黒塗りの馬車が止まった。
田舎町には不釣り合いな装飾。御者の服装も上質だ。
「……目立ちますね」
窓から覗いた受付嬢が呟く。
扉が開き、銀髪の女性が降り立つ。
昨日と同じ、静かな佇まい。
「おはようございます、レオン様」
「様は不要です」
周囲の職員がざわつく。
「だ、誰ですかあの美人……」
「貴族か?」
セレネは机の向かいに座り、封蝋付きの書類を差し出した。
「正式な業務提携の提案です」
「内容は」
「停戦交渉の設計」
町長がむせる。
「て、停戦!?」
「ご安心ください。この町を戦場にはしません」
セレネは穏やかに言う。
「現在、勇者部隊は名誉回復のため再侵攻を計画中。魔王軍は迎撃体制を強化しています」
「合理的ではありません」
「ええ」
セレネはうなずく。
「双方とも、感情で動いています」
レオンは書類を開く。
そこには詳細な戦費試算、損害予測、補給コストが並んでいる。
精密だ。
「あなたが作成を?」
「はい。ですが、最短ではありません」
セレネは視線を上げる。
「あなたなら、三手で終わらせるのでしょう?」
レオンは沈黙する。
視界に、線が走る。
第一手――勇者の名誉回復策提示。
第二手――魔王側の安全保障確約。
第三手――共同事業による利益共有。
戦争回避。
双方黒字化。
「可能です」
「では」
「ただし」
レオンは言葉を続ける。
「私はどちらの陣営にも属しません」
「中立ですね」
「いえ、効率側です」
セレネはわずかに笑う。
「では、効率側として動いていただけますか」
役所の空気が張り詰める。
町長が恐る恐る言う。
「うちの職員なんだが……」
「臨時です」
レオンが淡々と訂正する。
「業務時間内であれば検討します」
◆
同時刻、王都。
勇者アルドは王城の謁見室に立っていた。
「再侵攻を許可してほしい」
「却下だ」
財務大臣の声は冷たい。
「先日の無許可侵攻で既に信用は落ちている。これ以上の失態は許されぬ」
「だが魔王は――!」
「停戦交渉の噂も出ている」
ざわめき。
「誰がそんなことを」
「不明だ」
大臣は資料を閉じる。
「勇者殿。あなたは戦えば強い。しかし今は、戦わぬ者が戦局を動かしている」
アルドの拳が震える。
「……レオンか」
その名を、低く吐き出す。
◆
役所。
レオンは白紙に三本の線を引く。
「第一に、勇者の名誉を守る枠組みを用意します」
「具体的には?」
「魔王軍の一部過激派を“共通の敵”と定義し、共同討伐」
セレネの眉がわずかに動く。
「内部粛清を?」
「合法的に」
第二の線を引く。
「第二に、魔王領の資源を王都経済圏に組み込みます。戦争より利益が出る構造を作る」
「共同市場……」
「第三に」
ペンが止まる。
「象徴的な和解儀式」
「儀式?」
「感情処理です」
セレネは小さく息を呑む。
「合理が感情を利用する、と」
「利用ではありません。最短です」
部屋は静まり返る。
やがてセレネが言う。
「……本当に三手ですね」
「四手にすると遅い」
そのとき、受付嬢が駆け込んでくる。
「レオンさん! 勇者様が!」
窓の外。
赤いマントが翻る。
アルドが街の中央に立っている。
周囲の住民がざわつく。
「レオン! 出てこい!」
叫び声が響く。
セレネは立ち上がる。
「想定より早い」
「感情は前倒しされがちです」
レオンは静かに窓を開ける。
「ご用件は」
アルドの目が燃えている。
「お前のせいで、俺は笑い者だ!」
「事実誤認です」
「戻れ! 今すぐ戻って、全部元に戻せ!」
町民が息を呑む。
セレネは一歩前に出ようとするが、レオンが手で制する。
「業務契約は終了しています」
「契約、契約って……!」
アルドは歯を食いしばる。
「俺たちは仲間だっただろ!」
その言葉に、ほんの一瞬だけ、レオンの視界が揺れる。
線が、わずかに乱れる。
「仲間契約は、書面化されていませんでした」
静かな返答。
アルドの拳が震える。
「……お前は冷たいな」
「効率的です」
そのとき。
セレネが口を開く。
「勇者殿」
銀髪が陽光を反射する。
「停戦の提案があります」
広場が凍りつく。
「魔王軍財務官、セレネ・ヴァルディアと申します」
アルドの目が見開かれる。
「なぜ、ここに魔王軍が……」
「戦争は非効率です」
セレネは淡々と言う。
「あなたも、理解しているはず」
アルドはレオンを見る。
「……お前が裏で糸を引いてるのか」
「引いていません」
事実だ。
だが線は、確かに視えている。
広場の空気は張り詰め、今にも爆ぜそうだ。
その瞬間、レオンの視界の色が、また少し薄れる。
橙、赤、青。
すべてがわずかに遠い。
「……最短で終わらせます」
小さな呟き。
それは宣言でもあり、祈りでもあった。




