第3話「臨時雇用、月給銀貨二十枚」
地方都市グレイヴンは、王都から馬で三日ほどの距離にある小さな街だった。
石畳はところどころ欠け、門番の鎧も年季が入っている。活気がないわけではないが、どこか疲れた空気が漂っていた。
レオンは役所の受付に立つ。
「臨時雇用を希望します」
受付嬢は目を瞬かせた。
「え……冒険者の方ですか?」
「いえ、総務です」
「そうむ……?」
聞き慣れない職種に、受付嬢は困った顔をする。
「剣は?」
「持っていません」
「魔法は?」
「最低限の生活魔法のみです」
「えっと……盗賊が出るんですが」
「承知しています」
レオンは掲示板に貼られていた依頼書を指す。
《盗賊被害増加。商隊壊滅三件。騎士団派遣未定》
「現状の被害総額は銀貨換算で約三百枚。対策予算は?」
受付嬢は慌てて書類をめくる。
「よ、予算は……銀貨四十枚が上限です」
「十分です」
即答だった。
奥から町長が出てくる。小柄な初老の男だ。
「本当に戦わずにどうにかできるのか?」
「戦う必要はありません」
レオンは淡々と続ける。
「盗賊団は組織です。組織は資金で動きます。資金は流通で動きます。流通は契約で縛れます」
町長と受付嬢は、ぽかんとする。
「……つまり?」
「合法的に干上がらせます」
その言葉は穏やかだったが、内容は物騒だった。
◆
その日の午後。
レオンは市場を歩いていた。
視界に、細い線がいくつも走る。
商人A――盗賊に“通行料”を支払っている。
商人B――裏で盗品を買い取っている。
橋の管理者――盗賊団と親戚関係。
点と点が線になる。
「まずは橋ですね」
橋は街の外へ出る唯一の大型商道。ここを封じれば、盗賊団の移動と物流が止まる。
だが封鎖はできない。正規商隊が困る。
レオンは橋の管理者を訪ねる。
「通行税の徴収記録を拝見したい」
「は? なんでだ」
「税務監査です」
「この街にそんな制度はねぇぞ」
「今日からあります」
レオンは町長印の入った臨時委任状を差し出す。
町長は半ば流される形で判を押していた。
管理者は渋々帳簿を出す。
案の定、数字が合わない。
「過少申告ですね。三年分で銀貨六十枚ほど」
「なっ……!」
「分割納付で構いません。ただし――」
レオンは静かに続ける。
「盗賊団との接触を断つこと。違反した場合、王都へ通報します」
管理者の顔色が変わる。
「王都だと……?」
「現在、勇者部隊が無許可侵攻で問題になっています。監査は厳しい時期です」
嘘ではない。
管理者は観念したようにうなずいた。
◆
三日後。
盗賊団の拠点。
「おい、なんで橋が厳しくなってんだ!」
「商人が金を払わなくなりました!」
「裏の買い取り先も税務が入ったと……!」
盗賊団長は机を叩く。
「なんだと!? 俺たちは街を守ってやってたんだぞ!」
実際、彼らは凶悪な殺戮集団ではない。通行料を取り、最低限の秩序を保っていた。
だがそれは、合法ではない。
さらに悪いことに、内部から不満が噴き出す。
「最近、取り分が減ってます」
「団長、帳簿が合いません」
仲間割れが始まる。
◆
街の役所。
「……解散?」
町長は報告書を読み上げる。
「盗賊団、自主解散。団員は農地へ再就職を希望」
「合法的再雇用手続きは完了しています」
レオンはいつも通りの口調だ。
「え、えぇ……戦闘は?」
「ありません」
受付嬢が恐る恐る聞く。
「どうやったんですか?」
「資金源を断ち、内部不正を可視化し、合法的圧力をかけただけです」
それを“だけ”と言うのは、彼だけだ。
町長は頭を抱える。
「……怖いな、総務」
「よく言われます」
レオンは書類に判を押す。
「臨時雇用、継続希望です」
「も、もちろんだ! 月給は銀貨二十枚で……」
「定時帰宅は可能ですか」
「は?」
「残業が常態化する職場は避けたい」
町長は力なく笑った。
「盗賊がいなくなれば、平和だ。残業はない」
「では、契約成立です」
そのやり取りを、遠くの丘から眺める影があった。
銀髪が風に揺れる。
「戦わずに解散させる……」
セレネ・ヴァルディアは小さく息を吐く。
「合理的ですが、容赦がありませんね」
手元の報告書には、勇者部隊の資金凍結と撤退の記録。
「勇者は感情で動く。彼は制度で動く」
対照的だ。
「面白い」
唇にわずかな笑みが浮かぶ。
「少し、話をしてみましょうか」
街では、子どもたちが走り回っている。
「盗賊いなくなったんだって!」
「総務のお兄さんがやったらしい!」
「そうむって何?」
レオンはその声を聞きながら、窓を閉める。
机の上には、新しい依頼書。
《隣村との水利権争い》
視界に、また線が走る。
最短解決ルート。
だが、その線はほんの少しだけ、前よりも色が薄い気がした。
「……気のせいでしょう」
そう呟いて、彼はペンを取る。
世界は静かに回り始めている。
戦わない総務を中心に。
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