第11話「聖女の揺らぎ」
王都・大聖堂。
高い天井に祈りの声が響く。
聖女ミリアは祭壇の前で目を閉じていた。
「どうか、人々の心に安寧を」
戦争は回避された。
数字は改善した。
だが信徒の不安は消えていない。
「魔王と協力など……」
「勇者は堕ちたのではないか」
囁きが波のように広がる。
ミリアはゆっくりと目を開ける。
迷いはある。
だが、戦わずに守れた命があることも知っている。
「合理は、神の御心でしょうか」
自問する。
◆
同日、グレイヴン役所。
「王都から正式な要請です」
レオンに書簡が渡される。
《聖女との対話、同席依頼》
「第三手の前提条件ですね」
セレネが淡々と言う。
「信仰は最後の壁です」
「数値化不能領域」
「ええ」
レオンは頷く。
「出席します」
「最短で?」
「最短では、崩壊します」
セレネがわずかに微笑む。
◆
王都・応接室。
ミリアとレオンが向かい合う。
間に置かれた机には、書類はない。
「お久しぶりです、レオンさん」
「お元気そうで」
「元気……でしょうか」
彼女は苦笑する。
「戦わずに終わるのは嬉しい。でも、何かが足りない気がするのです」
「達成感の欠如」
「違います」
即答。
「祈りが、置いていかれた気がするのです」
レオンは沈黙する。
線が揺らぐ。
最短は提示できる。
だがそれでは彼女は納得しない。
「……聖女として、何が必要ですか」
「意味です」
ミリアの瞳は真っ直ぐだ。
「なぜ和平を選んだのか。それを信徒に語れる言葉」
レオンは目を閉じる。
数字ではない。
制度でもない。
言葉。
「勇者は、戦わずに守る道を選んだ」
「それは事実です」
「ですが、人は事実だけでは動きません」
ミリアは小さく頷く。
「私が信じたいのは、恐れではなく希望です」
その言葉に、レオンの視界に色が差す。
淡い金色。
「……共同声明に、祈りの文を追加します」
「祈り?」
「和平は弱さではない。未来を守る強さである、と」
ミリアの瞳が揺れる。
「それなら……語れます」
◆
後日、王都広場。
勇者、聖女、魔王軍代表が並ぶ。
共同声明が読み上げられる。
「我々は戦う力を持つ。だが、戦わぬ選択もまた勇気である」
広場は静まり返る。
ミリアが続ける。
「祈りは、争いを求めない。命を守るためにある」
ざわめきが、次第に落ち着く。
信徒の顔に戸惑いは残る。
だが拒絶は減っている。
レオンは遠くから見守る。
線は複雑だ。
最短ではない。
だが安定している。
彩度は、以前より戻っている。
◆
式後。
ミリアがレオンに近づく。
「ありがとう」
「業務です」
「いえ」
彼女は微笑む。
「あなたも揺らいでいますね」
「誤差です」
その言葉に、ミリアは小さく笑う。
「揺らぎは誤差ではありません」
◆
王都を後にする馬車。
セレネが静かに言う。
「信仰の壁、突破ですね」
「完全ではありません」
「十分です」
夕焼けが窓を染める。
橙が、はっきりと橙に見える。
「回復率、六八%」
「順調です」
「ですが、最短ではありません」
「ええ」
セレネは微笑む。
「物語は、最短で終わってはいけないのです」
レオンは窓の外を見つめる。
戦争は終わりつつある。
市場は動き始めた。
信仰も揺らぎながら保たれている。
合理と揺らぎ。
どちらも欠ければ崩れる。
「……均衡を維持します」
それが、彼の新たな業務目標となった。
総務は今日も、線を見ながら、あえて一手増やす。
世界の色を守るために。




