第10話「未処理案件、発生」
翌朝、役所の机には書類が山になっていた。
「レオン君! 一日休んだだけでこの量だ!」
町長が半泣きで訴える。
「想定内です」
レオンは淡々と椅子に座る。
だが視界は、以前よりもわずかに鮮やかだ。
書類のインクの黒。
封蝋の赤。
紙の黄み。
「未処理案件、三件」
ペンを取る。
線が走る。
だが以前よりも細い。
揺らぎを含んだ線。
「……最短ではない」
「え?」
受付嬢が顔を上げる。
「いえ、許容範囲です」
最短より一手多い処理を選ぶ。
水門調整は即断せず、両村の代表と再確認。
商隊契約は数字だけでなく、担当者の意見を聞く。
処理時間は増える。
だが損失は限定的。
「効率九五%で十分」
小さく呟く。
◆
そのとき、扉が勢いよく開いた。
「失礼します!」
王都の使者。
「勇者アルド様より伝言です」
書簡が差し出される。
《共同市場設立会議、出席要請》
セレネが横から覗き込む。
「第二手、開始ですね」
「予定より早い」
「揺らぎです」
レオンは書簡を閉じる。
「出席します。ただし日帰り」
「王都ですよ?」
「定時帰宅が前提です」
セレネは肩をすくめる。
◆
王都。
豪奢な会議室に、勇者アルド、財務大臣、教会代表、そしてセレネとレオンが並ぶ。
「共同市場設立により、戦費は三割削減可能」
レオンが資料を示す。
「魔王領の鉱石と王都の加工技術を組み合わせれば、双方黒字です」
「だが信徒が納得するか?」
教会代表が言う。
「魔王と手を組むなど……」
「表現を変えます」
レオンは淡々と続ける。
「“共同再建計画”」
アルドが小さく笑う。
「言葉遊びだな」
「制度設計です」
財務大臣が頷く。
「数字は悪くない」
だが教会代表の顔は曇る。
「信仰は数字では動かぬ」
その言葉に、レオンの線が揺らぐ。
合理では処理しきれない領域。
ミリアの姿が脳裏をよぎる。
「……象徴が必要です」
「象徴?」
「勇者と聖女が共同声明を出す」
アルドが目を見開く。
「ミリアを巻き込むのか」
「彼女の影響力は高い」
「彼女は迷っている」
その言葉に、レオンの視界に微かな色が戻る。
迷い。
非効率。
だが必要。
「……対話が必要です」
自分で言って、少し驚く。
セレネが横目で見る。
「最短ではありませんね」
「はい」
◆
会議後。
アルドが廊下で立ち止まる。
「レオン」
「はい」
「俺はまだ、お前のやり方に完全には納得していない」
「承知しています」
「だが、戦わずに守れるなら、それも選びたい」
「それが最短です」
「いや」
アルドは首を振る。
「それが“今の俺の選択”だ」
その言葉が、静かに胸に落ちる。
最短ではなく、選択。
視界の彩度がわずかに上がる。
◆
帰路の馬車。
セレネが静かに言う。
「あなたは変わり始めています」
「誤差です」
「いえ」
彼女は窓の外を指す。
「色が戻っています」
夕焼けの橙が、以前より鮮明だ。
「最短だけではない道を選ぶたびに、揺らぎが増える」
「効率は下がります」
「ですが、物語は続きます」
レオンは目を閉じる。
線はまだ視える。
だが絶対ではない。
「……均衡を探します」
「合理と揺らぎの?」
「はい」
馬車が町へ戻る。
グレイヴンの灯りが見える。
完全ではない。
だが、色は確かに存在している。
未処理案件はまだある。
信仰の問題も残る。
勇者の迷いも、教会の不安も。
最短では終わらない。
だが、それでいい。
総務は今日も机に向かう。
最短を知りながら、あえて一手増やす道を選びながら。




