第1話「あなたは戦っていない」
王都を追放されました。
理由は「戦えないから」。
ですが、問題ありません。
戦争は戦場で終わらせるものではありません。
制度で終わらせます。
市場で終わらせます。
外交で終わらせます。
――そして気づきました。
最短で解決し続けると、世界から“色”が消えていくことに。
これは、剣ではなく合理で無双する総務の物語です。
戦闘は少なめですが、市場は大荒れします。
魔王城攻略を翌日に控えた夜、勇者パーティーの会議室は珍しく熱気に満ちていた。
「ついにここまで来たな」
赤髪の勇者アルドが、机に広げられた王都製の地図を拳で叩く。重厚な鎧がかすかに鳴った。
「明日の正午、正面突破だ。俺が前に出る。魔王は必ず仕留める」
「援護は任せて。奇跡は三回まで使えるわ」
聖女ミリアが胸元の聖印を握りしめる。
「補給は?」
「回復薬は十分。爆裂弾も残ってる」
「よし、完璧だ」
盛り上がる声の中で、ただ一人、紙をめくる音だけが静かに響いていた。
レオン・クラウゼルは、会議卓の端で書類を整えている。契約書、補給明細、討伐許可証、臨時徴税の免除申請。彼の前には、戦場よりも分厚い紙束が積み上がっていた。
「……完璧ではありません」
誰も聞いていない声量で、彼は呟く。
討伐許可証の更新期限は、明日の正午。
魔王城は王都と魔族領の中立地帯。
交戦は法的に“侵攻”扱い。
正面突破は、最短ではない。
「なあ、レオン」
不意に、アルドの声が飛んだ。
部屋の視線が、ようやく彼に集まる。
「お前ってさ」
一拍。
「戦ってないよな」
軽い口調だった。冗談の延長線上のような声。
部屋に小さな笑いが漏れる。
レオンは視線を上げる。眼鏡の奥の黒い瞳に、波はない。
「戦闘職ではありませんので」
「だよなあ」
アルドは肩をすくめる。
「いやさ、ずっと思ってたんだよ。総務って、ぶっちゃけいなくても回るんじゃないかって」
空気が、ほんの少しだけ止まる。
「そ、そんなこと……」
ミリアが困ったように笑うが、強くは否定しない。
他のメンバーも視線を逸らす。
回復薬の発注は誰が?
遠征費の申請は誰が?
王都との契約は?
だが、それを言葉にする者はいない。
「俺たち、もう魔王城まで来たんだぜ?」
アルドは続ける。
「ここからは純粋な戦いだ。地味な事務仕事は、正直いらないだろ?」
地味。
その言葉だけが、やけに鮮明に響いた。
レオンはゆっくりと書類を揃え、机に置く。
「了解しました」
あまりにもあっさりとした返答に、アルドのほうが一瞬戸惑う。
「引き継ぎ書は机の上にまとめてあります。補給契約は第七条の更新が必要です。討伐許可証は明日の正午で失効しますので、それまでに王都へ伝令を」
「いや、細かいって」
アルドは笑う。
「そういうとこだよ。お前が地味なのは」
部屋がまた笑う。
レオンは立ち上がった。
「では、私はこれで」
「え?」
「追放という理解でよろしいですね」
静かな確認。
アルドは腕を組み、うなずく。
「まあ、そうなるな。悪く思うなよ。お前は悪いやつじゃない。ただ……勇者パーティーには、合わなかった」
レオンは一礼した。
「これまでの雇用、感謝します」
怒りも、悲しみも見せない。
ただ、机の端に置かれた分厚い資料だけが、場違いに重かった。
廊下に出ると、夜風がひんやりと頬を撫でた。
城下町の灯りが、遠くに瞬いている。
「……定時で帰れる職場を探しましょう」
ぽつりと呟く。
胸の奥に、わずかな空洞がある。
だが、それを埋めるための言葉は持っていない。
翌朝。
「なあ、レオンどこだ?」
会議室でアルドが周囲を見回す。
「もう出ていきましたよ」
「ふーん。まあいい。最終確認だ」
副官が慌てて駆け込んできた。
「勇者様、大変です!」
「なんだ?」
「討伐許可証が失効扱いになっています! 更新申請が未提出で……!」
「は?」
「それと、補給契約の第七条が凍結されています! 王都からの支援金も停止と……!」
「なんでだ!?」
副官は震える手で書類を差し出す。
「更新手続きは、総務担当の専任印が必要で……」
部屋の空気が、ゆっくりと冷える。
「……そんなの、後でいいだろ!」
「規定上、違法侵攻になります!」
鎧がきしむ音がやけに大きく響く。
その頃、城門の外。
レオンは背負い袋を整え、最後に振り返った。
王都の旗が風に揺れている。
「最短で終わらせるなら、交渉三手でしたが」
誰も聞いていない独り言。
彼の視界の奥に、細い線のような“道”が見えている。
魔王降伏。
戦争回避。
予算黒字化。
最短ルートは、常にそこにある。
だが今は、もう関係ない。
「業務外です」
そう言って、彼は歩き出した。
背後で、鐘の音が鳴る。
それが討伐開始の合図なのか、
あるいは何かの終わりなのか、
まだ、誰も知らない。
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