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そこはかとないプチ同窓会

作者: 仲瀬充
掲載日:2026/01/14

飲食店の料理人はすごい。

「日替わり定食ください」

ものの5分で運ばれてくる。


家庭の主婦はそうはいかない。

買い物に始まって下ごしらえから調理。

それなのに夫は無表情で数分の内に食べ終わる。


「僕好みの味付けだね」

「も少し薄味でもいいな」

そんな一言でも報われるのに。


「煮込みがちょっと足りなかったかしら」

「初めて作ったにしてはいい出来だわ」

作る側の思いも色々とあるのだけど。


何をどう作ろうが夫は黙々と食べ進める。

テレビを見たり新聞を読んだりしながら。

後片付けと洗い物がいっそう虚しくなる。


出来合いの総菜を皿に盛るだけにしようか。

毎日冷凍食品でも気づかないのではないか。

冷凍食品どころか食品サンプルでも口にするのでは。


うっ憤晴らしの妄想がエスカレートしていく。

そうだ、夫をサスペンスドラマの被害者にしよう。

クライマックスは食事中に突然(のど)をかきむしるシーン。


カレーなら異物を混入させても気づかれにくいだろう。

妄想は具体的な計画となって決行する日を迎えた。

夫はいつものように無表情でスプーンを口に運んだ。


妄想で描いたシーンが現実のものになった。

夫が顔を歪めながら(のど)を手でつかんだ。

スプーンを取り落とし私をにらむ。

紀子(のりこ)、おまえ何をした?!」


※上記は文芸サイトに投稿した実話です。

警察に通報しないでねww

じゃ明日 (^^)/



「(有)谷岡製陶所営業部課長後藤正則? へぇ、課長なのか」

「偉いのね」

町田大介と高田紀子は後藤が差し出した名刺を物珍しそうに見ている。

「田舎の会社だから大したことないよ。課長と言ったって部下は2人しかいないんだから」

「今回の出張はいつまでなんだ? 商品売り込みのコンペとか言ってたが」

「今日プレゼンが終わったから明日帰る」

「10年ぶりなのに慌ただしいわね」

「地元に戻らず僕も東京で就職すればよかったな。そしたら君たちといつでも会えるのに」

「あら、同じ都内でもそんなに自由はきかないわよね。私も町田くんも所帯持ちで子供もいるし」

「うん、近ければ会えるってもんでもないな。じゃ乾杯といくか。(のり)ちゃん音頭をとって」

町田が生ビールのジョッキを手にして促した。

「それじゃ再会を祝して!」

3つのジョッキが音を立てて触れ合いそれぞれの口元に直行した。

「クーッ、(のど)にしみる! そうだ、喉と言えば投稿オタクの紀ちゃん」

町田の発言を後藤が引き取った。

「そうそう、びっくりした! 昨日LINEを開いたらずらずらっと文字が並んでて」

「ワードで打って添付してもよかったんだけど。知ってる? LINEは1万字まで送信できるのよ」

「いやいや紀ちゃんも後藤もズレてる。旦那さんの喉だよ喉、あれが本当に実話なら殺人事件だろ」

「フフ、毒殺って思ったでしょ? 隠し味にたっぷりハバネロを入れたの」

お通しの茄子の煮びたしに一味の小瓶(こびん)を振っていた後藤の手が止まった。

「紀ちゃん、ハバネロたっぷりは隠し味にならないし殺人未遂だよ」

「でも効果はバッチリ。あれから主人、料理の味付けに興味が出てきたみたい」

「僕が思うにそれは怯えて用心してるだけじゃないかな。お、来た来た」

注文の料理を運んで来た店員に3人とも酎ハイをオーダーした。

「ところで紀ちゃん、俺たち今年33だから紀ちゃんは女の厄年(やくどし)だろ?」

「厄の年齢は満じゃなくて数えだから今年は後厄(あとやく)よ」

「それならなおさらだ。本厄(ほんやく)より後厄が要注意らしいね。けど中には災厄を旦那さんに背負わせる女性もいたりして」

「ほんと女って怖いわ」

町田の当てつけが通じなかったのか紀子は他人ごとのように同意して続けた。

「歌手の〇〇、知ってるでしょ? トーク番組に出てたけど2度の離婚で学んだのは人は変わらないってことだって言うの。人は誰でも良いところと悪いところがある、結婚で夫の悪いところは少しずつ良くなるはず。そう思ってたけど変わらなかったって。あ、酎ハイ来た」

ビールのジョッキを片寄せて酎ハイを配る紀子に後藤が言った。

「女は怖いって話じゃなかった? 今の話は男運が悪いようにしか聞こえなかったけど」

「うん、他の出演者も最初のうちは同情してた。でも結婚生活の中身を具体的に聞いていったら旦那さんへの彼女の束縛が異常すぎるの。みんな呆れて突っ込んだけど本人はピンとこないのよ」

「怖い怖い、変わらなきゃならないのは彼女自身だったってことか。紀ちゃん、それ投稿小説のネタに使えるぞ」

「でもなあ……」

「どうした後藤?」

「そんな束縛癖の強い彼女が変えようとしても変わらなかったんだから別れた二人の夫もよっぽどだったんじゃないかな。紀ちゃんの旦那さんと同じで男の鈍さも問題だと思うよ」

「そう言ってもらえば私も救われるわ」

「さすが後藤だ、結婚できないフェミニストだけのことはある」

「おいおい、結婚できないは余計だろ」

「ま、確かに男は人情に(うと)いところがあるな。嫁さんに出て行かれた俳優の□□、離婚に応じないで訴訟まで起こされたろ? 往生際の悪い男だとずっと思ってたんだが最近テレビで彼の話を聞いたら印象が変わった」

「どんなふうに? あ、店員さん来たからもう一杯ずつ頼むわね」

「嫁さんがなぜ離婚したかったのか、いまだによく分からないってさ。嘘を言ってる顔つきじゃなかった」

「後藤くんの男の鈍感説が当てはまりそうね」

「も一つあるんだ。タレントどうしの△△夫妻、別居したあげく別れたけど最近テレビにそろって出てた。そしたら元奥さんが別居の何年も前から離婚を考えてたって言ったんだけど、それを聞いた元旦那の驚きようったらなかったよ。えーっ!って絶叫して」

「男ってなんか哀れだなあ」

「だろ? 男が鈍いならお互いの幸せのために女がはっきり指摘すればいいのにな」

町田の言葉に紀子が飲みかけの酎ハイのグラスをテーブルにタン!と音をさせて置いた。

「あなたのお給料がも少し上がると嬉しいな。例えばの話だけどそんなふうに女は男のメンツを潰さないように心がけてるのよ。それをはっきり言った方がいいわけ? あんたの安月給じゃとてもやってけないわよ、この役立たず! 別居ってのはもうそのレベルなのよ」

「降参、降参、やぶへびだった。バトンタッチだ後藤、話を変えてくれ」

「僕は独身だから薄っぺらな話題しかないよ。この居酒屋に来る途中子供に声をかけられたことくらいだ」

「知らない子供にか?」

「うん、交差点で信号待ちしてたら幼稚園児くらいの子が『後藤さん』って呼ぶんで振り向いたって話さ」

「どういうことなんだ、それは?」

「その男の子は近くにいた父親を呼んでたんだ」

「なんだ、『お父さん』が『後藤さん』に聞こえたってオチか」

「ウケなかったな、僕に限らず後藤さんあるあるなんだけどね」

「勘違いするなんて後藤くんも鈍いのね。子供なら親戚の子でも『後藤さん』って呼ばないでしょ、『おじさん』なら分かるけど」


午後8時半過ぎ、後藤の次回の上京時にまた集まることにして3人は散会した。

後藤は二人に手を振って宿所のビジネスホテルに向かいながら今日のプチ同窓会を振り返った。


久しぶりに会っても気持ちはすぐに学生時代に戻るものだな。

町田は西武新宿線、紀ちゃんは京王線、それぞれの路線の駅を目指しているだろう。

町田は奥さんと子供への手土産を買ってから乗るかもしれない。

僕らの前では強がっても家ではたぶん奥さんの尻に敷かれている。

紀ちゃんはどうだろう。

男友達との飲み会からの帰宅に旦那さんはいい顔はしないかも。

いやそれはないか、紀ちゃんを逆ギレさせれば致死量のハバネロが待っている。

さてと腕時計は9時ちょっと前、ホテルに戻る前にもう1軒行くか。

新宿のこの時間は宵の口だ。

おっと危ない、赤信号なのに危うく車道に足を踏み入れるところだった。

ここだったな、後藤さんあるあるの交差点は。

あの男の子の父親の年格好(としかっこう)は僕とそう変わらないように見えた。

ということは僕もあれくらいの子供がいて不思議はないってことか。

おじさん……か、紀ちゃんが言ったとおりだ。

同じゼミ仲間の町田や紀ちゃんと熱く意見を戦わせていたのはもうひと昔も前だ。

取るに足りない過去を置き去りにして未来が根拠もなくまぶしく見えた青春時代。

町田と紀ちゃんはこの後最寄りの駅で降りて家族の待つ家に向かうんだな。

僕だけが取るに足りない過去の延長を生きている。

今後上京することがあってももう彼らに連絡しないほうがいいのかも。

今にして分かる、根拠がないゆえに未来はまぶしかったのだと。

出張の復路を思い浮かべると気が滅入る。

今夜はホテルに泊まって明日の朝は品川から新幹線。

名古屋でJR中央西線に乗り換えて土岐へ、土岐市駅前からはバスで駄知町へ。

バスを降りると会社まで歩いて数分。

2次プレゼンに進めなかったことを部長にどう言いわけしよう。

販路拡大に向けて会社の大きな期待を背負ってのコンペ参加だったのに。

会社に行く前に寮に寄ろうか。

部屋の窓を開けてかび臭い空気を入れ替えたい。

キッチンの三角コーナーも気にかかる。

コバエが飛び回っていたら殺虫スプレーを吹きかけねば。

そろそろ信号が変わる。

渡って真っすぐ明治通りを行けばホテル、飲むなら靖国通りを左に曲がればゴールデン街はすぐだが。

時間は……9時か。


後藤が腕時計に目を落としたちょうどそのとき信号が青になった。

大勢の歩行者たちがいっせいに横断歩道を渡り始める。

1歩遅れた後藤はすぐに後ろからの人波に飲みこまれた。

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