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第51話 暴く(消し方が同じ)

 港の朝は、数字から始まる。

 荷の数。縄の本数。人の列。

 そして、回収袋の番号。


 番号は並ぶだけで守りになる。

 順番があると、混ざりにくい。戻りやすい。


 詰所の机の上で、帳面が開かれていた。

 アヤメは鉛筆を持ち、今日の列を目で追う。触らない。目だけで追う。


「……ん?」


 列が、飛んだ。


 連番の中に、ひとつだけ空白がある。

 あるはずの数字が、抜けている。


 胸の奥が、冷える。

 列が飛ぶのは危険だ。列が飛ぶと、次に来るのは混乱じゃない。混ざりだ。


「欠けてる……」


 隣でエドが覗き込み、息を呑んだ。


「昨日、確かに並べたよね」


「並べた。受領印も押した」


 リオが即答した。

 即答できるのは、胸が覚えているからだ。現場の記憶だ。


 外ではもう回収口が動き始めている。

 人の声が増え、袋が運ばれ始める。

 今止めないと、止められなくなる。


 アヤメは言った。短く、迷いなく。


「止める」


 その一言で、空気が変わった。


「えっ」

「なんで止める!」

「もう列動いてるぞ!」


 止めるのは嫌われる。止めた瞬間、文句が湧く。

 でも止めないと、もっと嫌われる。


 ガンゾが入口へ出た。

 背中ひとつで現場を止める男だ。


「回収、停止!」


 声が落ちる。

 港の人間は、規則より声で止まる。


「下がれ。触るな。並べ」


 三つだけ。余計な説明はしない。

 説明は混ざる入口になる。


 レイが端へ回った。

 人の流れを閉める。逃げ道じゃない。混ざり道を閉める。


 詰所の机に戻り、アヤメは帳面を指で押さえた。

 風でめくれるだけでも、紙は混ざる。


「照合します」


 ユウトが頷いた。


「封印番号、受領印、立会い署名。順番に」


 エドが別の帳面を開く。

 記録は一つじゃない。写しがある。写しが守る。


 アヤメは欠けた番号の前後を確認する。

 前はある。後もある。欠けはひとつだけ。

 だから、意図がある。


「この番号、袋は?」


 リオが比較台の列を見る。

 袋は並んでいる。番号札も見える。

 でも――やっぱり一つ足りない。


「受領印の一覧を見る」


 ユウトが言って、印のページを開いた。


 そこにも、空白があった。


 そして、さらに嫌なものが見つかる。


「……薄い」


 エドが言った。

 欠けた番号のところだけ、印が薄い。

 丸が“途中”で止まっているみたいに残っている。


 診療所の女が外から覗き込み、言った。


「押し損じじゃないの?」


 アヤメは首を振った。


「押し損じじゃないです」


 そして、一段だけ言い切った。


「薄くされた」


 空気がざわつく。

 ざわつきはすぐ“犯人探し”に変わる。


「誰だよ!」

「昨日の最後にいたのは誰だ!」

「荷役のやつじゃないのか!」


 声が増える。口が増える。

 増えるほど混ざる。


 アヤメは、短く強く言った。


「今は人じゃない」


 声が止まった。

 止まった隙に、アヤメは続ける。


「今は手順を直す」


 リオが頷き、ガンゾが低く言う。


「聞いたか。騒ぐな。戻れ」


 怒りは消えない。

 でも“次の動き”が作れる空気になる。


 アヤメは薄い印を見つめた。

 薄いのに形は残っている。丸い形だけが、弱く残っている。


(擦った……)


 頭の中に、箱の縁の浅い線が浮かぶ。

 蝋印は割れていないのに、縁だけ擦られていた痕。


 同じ。

 消し方が同じだ。


「消し方が一致してます」


 ユウトが眉を寄せる。


「一致?」


「擦って薄くする。薄いと、受領じゃない扱いにできる」


 アヤメは現場語で言い直した。


「押した“ふり”にできる」


 整備の男が口を開く。


「受け取ってないって言えるってことか」


「そうです」


 アヤメは頷いた。


「印が薄いと、気づきにくい。でも証拠として弱い。だから後から弾ける」


 リオが歯を噛んだ。


「列を飛ばしたかったんだ」


「列が飛ぶと、現場が焦る。焦ると勝手な判断が増える」


 アヤメは短く繋げる。


「勝手な判断が増えると、混ざる入口が増えます」


 狙いはそこだ。

 混ぜるためじゃない。混ぜやすくするため。


 アヤメは顔を上げた。


「対策します。今ここで」


 すぐ。今日。今。

 迷ってる暇はない。


「受領印を二段にします」


 ユウトが即座に聞き返す。


「二段?」


「袋の外と、番号札の裏」


 アヤメは紙に簡単な絵を描いた。

 袋。札。裏。

 絵は現場で強い。


「外が薄くても、裏が濃いなら受け取る」

「外が濃くても、裏が薄いなら止める」


 エドが頷く。


「どっちかが薄いと、受け取らない」


「そう」


 アヤメは続ける。


「薄さで弾けるようにしてた。でも二段なら弾けません」


 リオが、噛み返す顔で笑った。


「相手の逃げ道を先に塞ぐってことね」


 ガンゾが低く言った。


「やれ。今決めろ」


 アヤメは掲示用の短文を書いた。

 誰でも貼れる形。誰でも守れる形。


『受領印は二段』

・袋の外

・番号札の裏

『どちらか薄い袋は受け取らない』


 リオが紙を受け取り、回収口へ走る。

 ユウトが続き、学舎の先生が貼る役を引き受ける。


 診療所の女が腕を組んだまま言った。


「面倒増えたね」


 アヤメは否定しない。面倒は盾だ。


「面倒が必要です。混ぜないために」


 整備の男が笑う。


「面倒っていうか、分かりやすい。やることが決まってる」


 それが一番大事だ。

 やることが決まっていると、人は勝手に動かない。勝手が減る。


 ガンゾが回収口に向かって声を落とした。


「再開する。二段印、守れ」


 列が動き始める。

 さっきより静かだ。静かな列は混ざりにくい。


 アヤメは机に戻り、欠けた番号の空白を見る。

 袋は見つからない。

 でも、結論は出せる。


 欠けた袋は、盗まれたんじゃない。

 箱から消えたんじゃない。


 最初から、受け取っていない形にされた。


 アヤメは帳面の下に短く書き残す。

 紙は後から守る。


『欠けは受領前の可能性が高い』

『印の薄さが鍵』


 そして、息をひとつ吐いて呟いた。


「消されたんじゃない。受け取ってない形にされた」


 港の音が戻ってくる。

 縄の擦れる音。荷車の軋み。呼び声。波の音。


 今日の港は、止まって戻った。

 止めたから、戻せた。


 アヤメは鉛筆を握り直し、次の列を追い始めた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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