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第45話 確定する(反応を逃がさない)

 朝の詰所は、紙が冷たい匂いをしていた。

 潮の匂いとは違う。木と墨と蝋が混ざった、乾いた匂いだ。


 アヤメは机の前に立ち、まず“並び”を見る。


 封印袋の列。

 回収箱の封。

 掲示板の短文。


 どれも、昨日と同じに見える。

 同じに見えるのは安心じゃない。見えるだけのこともある。


「……点検、開始」


 声に出してから、紙に一本線を引く。

 点検は気合じゃない。順番でやる。


「封印袋、数。十六。並び、番号どおり」


 指は出さない。触らない。目で追う。

 蝋のヒビ。札のズレ。角の欠け。光の角度で拾う。


「回収箱の封、割れなし。蝋の欠けなし」


 回収箱は大きい。封は弱い。

 割れたら終わる。終われば揉める。揉めれば時間が溶ける。


「掲示……」


 板には短い紙が三枚。


『触るな』

『順番』

『立会い』


 余計な飾りがない。港の言葉だ。


「……よし」


 そこでようやく、アヤメは息を吐いた。


 ――吐いた瞬間。


 足元に細い表示が浮いた。


【Timer: 00:09:58】


 細い。控えめ。

 だから余計に怖い。見なかったことにできそうな表示ほど、心の奥に刺さる。


(……何のタイマー)


 瞬きをしても消えない。

 消えないなら、現実だ。現実なら、順番に戻す。


「アヤメ?」


 リオが入ってきた。腕に紙束を抱えている。写しログの控えだ。


「おはよう。今日、やる?」


「やる。今」


 迷うと時間が溶ける。

 足元の数字が静かに減っていく。


【Timer: 00:09:41】


 そこへ、若い見回りのユウトが頭を下げて入ってきた。


「失礼します。立会い、入ります」


「助かる。三人いれば言い逃れが減る」


 アヤメは今日の記録用の紙を出し、表に置いた。

 エドはまだいない。最初の項目だけアヤメが書く。


「時刻……九時十六分」


 書いたところで、外から小走りの足音。

 息を切らしたエドが入ってきた。


「すみません、遅れました!」


「大丈夫。紙、お願い」


「はい!」


 エドは筆を取った。字が崩れない人だ。こういうときに頼りになる。


 アヤメは封印袋の列の中から一つを目で示した。

 反応が出た欠片袋。封は二重。札はズレていない。


「再確認の手順、いくよ」


 声に出して揃える。

 声に出すと、みんなの目が同じ場所へ向く。


「触らない。近づけるだけ。距離は指三本。立会いはリオとユウト。記録はエド」


「了解」

 リオが頷く。ユウトも頷く。エドは紙を広げた。


 アヤメは保管係のトウマを呼んだ。

 トウマが封印袋を胸に抱えて近づく。真面目な顔をしている。余計なことを言わない顔だ。


「封印番号、読み上げて」


 アヤメが促すと、トウマが札を見る。


「……〇一三。二重封。札あり」


「時刻、九時十七分。封印番号、〇一三」


 エドがすぐ書いた。速い。迷いがない。


 アヤメは手を出さない。袋を持つのはトウマ。

 アヤメは距離を決める係だ。


「指三本。ここ」


 アヤメは自分の指を立てて、机の端を示した。

 欠片袋を、そこまで近づける。近づけるだけ。


 みんなの息が揃う。

 何かが出るなら今だ。


 ――ふっと、文字が浮いた。


【fragment detected】


 喉が鳴った。

 でも口は開けない。嬉しさも怖さも、断定につながる。


「出た?」


 リオが小声で聞く。ユウトも目を見開いている。


「出た。……検出だけ」


 アヤメは短く言った。


「断定しない。検出。『見つかった』じゃなくて『反応が出た』」


 ユウトが真面目に頷く。


「検出。反応。はい」


 エドが表示の文をそのまま紙に書いた。英語のまま。

 余計に訳さない。まず残す。


 足元のタイマーが減っている。


【Timer: 00:07:52】


 胸の奥がざわつく。

 焦りは手順を壊す種だ。壊れる前に、形を増やす。


「次。移し替え」


 アヤメが言うと、トウマが小さく息を呑んだ。


「二重封印袋に……?」


「二重の上に二重。封の上に封。面倒を増やす」


 アヤメは現場の言葉で言った。

 面倒は武器になる。


「やります」


 トウマが頷いた。


 アヤメは新しい封印袋を出した。空の袋。新しい札。新しい蝋。

 机に置いて、全員に見えるようにする。


「手順。いまから移す。触らない。開けない。袋ごと入れる」


「袋ごと?」ユウトが確認する。


「そう。中身に触れない。触れたら言い逃れが増える」


 トウマが封印袋を持ったまま、新しい袋の口へ滑らせる。

 袋を袋に入れる。単純で強い。


「封、する」


 アヤメが言う。


 蝋を垂らす。印を押す。札を貼る。番号を書く。

 署名は三人。


「署名、リオ。ユウト。エド」


「はい」


 リオが署名する。ユウトが署名する。エドが署名する。

 アヤメも最後に署名した。


「九時十九分。移し替え完了。新封印番号――」


 エドが番号を拾い、紙に落とす。

 アヤメは足元のタイマーを見ないふりをした。見れば焦る。焦ればほどける。


 それでも表示は減る。


【Timer: 00:06:31】


 そのとき、詰所の入口の空気が変わった。


 黒い外套が二つ。遠巻きの影。MASKだ。

 顔は見えない。けれど“立ち方”だけで分かる。


 アヤメは立ち上がらない。

 立てば相手の場になる。座ったまま、紙の上に線を引く。


 影の片方が声を落として言った。


「……危険物は隔離するべきだ」


 命令じゃない。匂わせだ。

 匂わせは疲れる。いつでも撤回できるから。


 リオが一歩前へ出た。珍しい。

 怖いはずなのに、今日は前に出た。


「没収するなら、手順で」


 リオの声は震えていなかった。


「立会い。署名。封印番号。移送ルート。棚番号。鍵管理。全部」


 MASKの影がわずかに動いた。

 嫌がっている。手順が嫌いだ。


 アヤメはリオに目で合図した。よく言った。引きずるな。

 リオが半歩下がる。


 その間に、エドが紙を一枚抜いた。


「……先に作ります」


「何を?」ユウトが聞く。


「移送手順。短い版です」


 エドはすぐ書き始めた。

 短い。でも必要な項目は落とさない。


『移送手順(短い)』

・対象:封印袋(番号)

・立会い:三名以上

・移送ルート:詰所→役所隔離棚

・棚番号:事前提示

・鍵管理:受け渡し記録必須


 文字が増えるほど、相手の言葉は鈍る。

 面倒が先に置かれるからだ。


 外からざわめきが入ってきた。


「光ったって!」

「箱が光ったらしい!」

「見た人がいるって!」


 噂が走る。

 噂は速い。混ざる。勝手に増える。


 詰所の前に人が寄り始めた。

 怖がる目。面白がる目。確かめたい目。


 ガンゾが入口に立った。

 背中が大きい。そこに立つだけで道が塞がる。


「寄るな。触るな。順番だ」


 港の声が通る。

 人が一歩引く。


 アヤメは掲示板へ行き、紙を一枚増やした。

 短く。説明しない。


『触るな』

『順番』

『立会い』

『見たいなら、詰所へ声をかけろ』


 これでいい。

 勝手に触らせない。勝手に触らせなければ、手順は崩れない。


 アヤメは机に戻り、二重封印袋を見た。

 袋の上に袋。封の上に封。札も署名も増えた。


(奪わせないのは、力じゃない)


 アヤメは心の中で言った。

 剣でも火でもない。


(面倒を増やすこと)


 奪いたい人が嫌がるものを先に置く。

 それだけで、手は鈍る。言葉も鈍る。


 足元のタイマーがまた減っている。


【Timer: 00:04:10】


 四分。

 なのに、やることは増えた。

 でも焦らない。焦るとほどける。


 アヤメは手帳を開いた。

 今日の紙とは別に、自分の手帳にも書く。二重ログだ。


 紙が奪われても手帳が残る。

 手帳が奪われても紙が残る。

 両方残れば、嘘は減る。


 最後に、アヤメは小さく呟いた。


「……ログ取ろ」


 声は小さい。けれど胸の奥は決まっている。


「奪えない形にした、って残す」


 鉛筆の音が、詰所の朝に静かに続いた。

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