第41話:配布経路(光る札の回収網)
港の朝は、音が多い。
荷車の軋み。縄の擦れ。呼び声。水音。
音が多いと、ひとつの異音が紛れてしまう。紛れた異音は、あとから刺さる。
ミナトアヤメは詰所の机の前で、封印袋の列を見た。
列は整っている。番号札も揃っている。蝋印も割れていない。
整っているのに胸が落ち着かないのは、数字が減っているからだ。
足元に輪が薄く浮かび、白い表示が重なる。
【Zone restriction: 3m】
【Observer role: active】
【Role: Log Preservation (temporary)】
【Scope: archive + sealing records】
【Role timer: 00:07:12】
【Log streaming: enabled】
七分。
短い。短いほど、人は余計なことをしたくなる。余計なことをすると、相手の誘いが入る。
今日は余計なことをしない。
やることを一つに絞る。
――“光る札の回収口を絞る”。
集める場所を増やすと、混ざる入口が増える。
入口が増えると、相手の手が入りやすい。
だから逆に、入口を減らす。減らして、手順を太くする。
アヤメは紙を一枚出し、太い字で書いた。
『回収網(短い)』
1 回収窓口を絞る(箱を増やさない)
2 回収は二か所だけ
3 受け取りは立会い必須
4 封印して番号
5 箱の口は封で固定(勝手に開けたら割れる)
6 箱の外に印(三つ:近い・近い・遠い)
7 割れ・混入が出たら止める(止めたことも残す)
8 移送も立会い(箱→詰所机)
書き終えたところで扉が開き、リオが入ってくる。
続けてエド、ユウト。
外からガンゾの声が落ちた。
「噂がまた増えてる。余計に触るやつが出るぞ」
リオは紙を見て、すぐ頷く。
「二か所。いい。絞ろう」
エドが淡々と言う。
「絞ると文句が出る。文句は混乱を呼ぶ。文句を減らす言い方が要る」
ユウトが不安そうに言った。
「箱が少ないと並ぶよな……怒られないかな」
アヤメは短く返す。
「並ぶ。並ぶのは混ざらないため。混ざらなければ、あとが楽になる」
“あとが楽になる”は現場で効く言葉だ。
今だけを見ている人にも届く。
アヤメは掲示用の紙も作った。短く、強く。
『お願い(短い)』
・光る札は「ここ」へ
・手で折らない
・水で洗わない
・箱の口は触らない
・並ぶ(順番)
・困ったらガンゾへ
リオが頷く。
「ガンゾの名前を入れるのは強い。現場は現場の声に従う」
エドが付け足す。
「“順番”の字は太く。目に入るように」
ユウトが小刀と木片を確かめる。
三つの印の型。回収箱にも押す。
「箱の口、封で固定する。勝手に開けたら割れるようにする」
「割れたら止める」
アヤメが言うと、リオが即答した。
「止める。誰が急いでても止める」
止めることを口で決める。
口で決めたら紙に残す。紙に残せば、現場の盾になる。
—
回収場所は二つ。
詰所前と、荷が集まる広場の端。
人の流れが自然に通る場所だけにする。散らばらせない。
最初の回収箱を詰所前に置く。
箱の口に封をかける。封の上に封。
蝋で留めて、印を三つ。近い・近い・遠い。
箱の外側にも同じ印。揃っていると真似が難しい。
ユウトが型を押す。リオが確認する。エドが紙に残す。
アヤメは声にして周りへ通した。
「回収箱。封は二重。印は三つ。勝手に開けたら割れます」
近くの人が怪訝そうに見る。
知らない目には、短い説明だけ。
「混ざらないためです。混ざったら止まります。止まる方が困ります」
その言葉に、ガンゾが太い声を重ねた。
「聞いたか! ここに入れろ! 勝手に触るな! 順番だ!」
声で空気が決まる。
決まった空気は流れになる。流れができれば、相手は入りにくい。
二つ目の回収箱は広場の端。
そこにはレイが立つ。目立たない立ち方。影みたいに端に立ち、流れだけを見る。
リオが小声で言った。
「レイがいると、変な歩き方が減る」
「減る。……でもゼロにはならない」
アヤメは広場の床を見た。
床には癖が残る。急ぐ癖。迷う癖。隠れたい癖。
隠れたい癖は壁沿いに出る。壁沿いは見張りで潰す。
レイが小さく顎を引く。
“見える”。
言葉はない。頷きだけで十分だ。
—
回収が始まると、人は札を持ってくる。
薄い札。端が淡く光る札。
光るものは目を引く。目を引くものは手が伸びる。
伸びた手が多いほど、混ざる。
だから箱へ落とす前に、ひとつだけ手順を足す。
「札は一回、袋に入れてから箱へ。袋に番号を付ける」
リオが薄い袋を配る。
軽いものは扱いやすい。扱いやすいと守られやすい。
エドが掲示を追加した。字は太い。
『札は袋へ(短い)』
・袋に入れる
・番号札
・立会い
・箱へ
人の顔が渋くなる。面倒が増えた顔。
面倒が増えると文句が出る。文句は混乱を呼ぶ。混乱は相手が好きだ。
ガンゾがすかさず押さえる。
「面倒でもやれ! 混ざったら終わる! 終わりたくないなら並べ!」
荒い。でも効く。
現場は止まるのが一番嫌いだ。
袋に番号札が付く。
小さいけれど強い。番号が付けば、どこから来たかが残る。残れば嘘が動きにくい。
リオが受け取り、声を出す。
「受領。番号、これ。立会い、リオ」
エドが続ける。
「立会い、エド」
アヤメも言う。
「立会い、アヤメ」
声が揃う。
揃った声は、紙より先に場に残る。
ユウトは箱の外の印を何度も確かめた。
確かめる癖は、手順を守る癖だ。
—
昼前、広場側で小さな引っかかりが起きた。
人の流れが一瞬止まる。止まる流れは渦になる。渦になると隙ができる。
レイが影のように動き、壁沿いへ視線を投げた。
アヤメも見た。
人混みの端で、誰かが札の端を“こすって”いる。
擦る。
紙を擦るような音。聞き慣れた薄い音。
背中が冷える。冷えると追いたくなる。
追えば隙ができる。隙ができれば、箱が空く。
箱が空くのが狙いだ。
だから追わない。
アヤメは声を落としすぎずに言った。
「追わない。……止めるのは流れのほう」
リオが即座に頷く。
「箱を守る」
エドが短く言う。
「記録を先」
ユウトが唇を噛む。
「でも……」
「でも、じゃない。今は“触らせない”。触らせない距離を作る」
アヤメはガンゾへ合図した。
ガンゾの声が流れを押し返す。
「並べ! 並べって言ってるだろ! 端でゴソゴソするな!」
人が一歩ずつ離れる。
離れれば、擦っていた手が見える。見えた手は隠れにくい。
レイはゆっくり近づく。走らない。
走ると、相手は逃げ道へ走る。走る逃げ道は見えない。見えない逃げ道はあとで刺さる。
レイは距離を保ち、ただ“そこにいる”圧を置いた。
それだけで、擦る手が止まる。
止まった瞬間、相手は札を箱へ投げ込もうとする。
その手を、リオが声で止めた。
「止まって。袋に入れて。番号。立会い」
触って止めない。
触ると関係ができる。関係ができるのは相手の狙いだ。
擦っていた人は舌打ちし、札を落として去ろうとする。
アヤメは追わない。追う代わりに、落ちた札を“布越し”に拾う。
「布。封印袋」
ユウトが布を出し、リオが袋を用意する。
布越しに札をすくい、袋へ落とす。
番号札。立会い。署名。
同じ手順。手順が同じだと、相手の爪が鈍る。
エドが紙に書く。
「落下札回収。状況:擦る行為あり。接触なし。立会い:リオ、エド、アヤメ、レイ。時刻――」
アヤメが短く言う。
「札、擦ってた。紙を擦る音。……追ってない。箱は守った」
ガンゾが鼻で笑った。
「よし。追うな。追うと負ける」
—
回収は続く。
袋に入った札が箱に溜まっていく。
溜まる札は危険にも見える。けれど封と番号があれば、ただの“列”になる。
列は扱える。扱えるなら比較ができる。比較ができれば嘘が浮く。
詰所側の箱が一杯になったところで、一度止めた。
止めるのは怖い。だが止めないと溢れる。溢れた瞬間に混ざる。
止めるときも手順だ。
「ここまで。箱を閉じる。封を追加。立会い」
リオが言い、エドが時刻を書く。
ユウトが蝋を垂らし、印を押す。近い・近い・遠い。
ガンゾが人を下げる。
「ここまでだ! 次はあっちの箱へ! 順番な!」
流れが変わる。
変わる流れには隙が出やすい。隙は見張りで潰す。
レイが静かに立ち、端を見る。
見るだけで端の手が落ち着く。落ち着けば札は袋へ入る。袋へ入れば番号が付く。
—
詰所へ戻り、封印された袋の束を机に並べた。
机の上は回収されたものの列で埋まる。埋まる机は強い机だ。
アヤメは欠片の封印袋を机の端に置いたまま、動かさない。
動かせば余計な反応が出る。余計な反応は余計な手を呼ぶ。
でも、今日は確認が必要だった。
“回収された札の中に、欠片に近いものが混ざっていないか”。
混ざっているなら、次が近い。
近いなら、手順をさらに太くできる。
エドが言った。
「確認は誰でもできる形で。やるなら立会いを揃える」
リオが頷く。
「立会いは私とユウト。ガンゾは外。レイも外で端を見る」
アヤメは息を吐き、紙に書く。
『確認(短い)』
1 封は開けない
2 欠片袋を近づけるだけ
3 光ったら声にする
4 紙に落とす
5 封を増やす
机の上に回収袋を三つ並べる。
番号札。回収場所。時刻。立会い。
順番に、欠片袋を“指三本分ずつ”近づける。近づけるだけ。触らない。
一袋目、反応なし。
二袋目、反応なし。
三袋目――欠片袋の端が、ほんの少しだけ瞬いた。
背中がぞわりとする。
ぞわりは恐怖。恐怖は焦りを呼ぶ。焦りは手を出させる。
手は出さない。出すのは声。
「光った。……今。袋番号、これ」
ユウトが息を飲み、すぐ言う。
「見た。光った」
リオも短く言う。
「見た」
エドのペンが走る。
「反応あり。対象:回収袋番号――。距離:指三本。立会い:リオ、ユウト、アヤメ。時刻――」
アヤメは欠片袋を離す。
離して、もう一度近づける。
同じ距離。同じ順番。
反応は、また出た。
「再現した。……同じ袋」
ユウトの声が震える。
「これ、もしかして……」
「断定しない。今は“反応した”まで」
断定は穴。穴は刃になる。
そのとき、視界の端に白い文字が滑った。
短い。冷たい。読める。
【Maintenance key: fragment detected】
アヤメは息を止めかけて、すぐ吐いた。
吐いて、声にする。声にした瞬間、現場のものになる。
「……表示。『欠片、検出』。この袋の中、欠片に近いものがある」
リオが即座に言う。
「聞いた」
ユウトも言う。
「聞いた」
エドが紙に落とす。
「表示:fragment detected(アヤメ視認)。反応袋番号――。封印二重へ移行」
リオが動く。
その袋を二重の封印袋へ。封の上に封。
蝋印。番号札。署名。
立会いの声を揃える。
「封印。番号。立会い、リオ」
「立会い、ユウト」
「立会い、アヤメ」
封が増えるほど、相手は嫌がる。
嫌がるほど、こちらは正しい形に近い。
外で、紙を擦るような音が遠くで鳴った。
遠い。すぐには手が出せない距離だ。
アヤメは封印袋の列を見つめ、最後に小さく呟く。
「……ログ取ろ。二つ目が近いってことも、改ざんできない形で残す」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
続きが気になりましたら、ブックマークや★評価をいただけると、とても励みになります。




