第40話:注記の中の注記(ヘッダ二段目)
保管庫の空気は、言葉が少ない。
扉が閉まる音も足音も、ここでは石の内側に吸い込まれていく。残るのは、紙と金属の匂いだけだ。
ミナトアヤメは入口で足を止め、息を吐いた。
吐いた息が胸の内側を一度だけ撫でる。撫でられたら、順番が戻る。
足元に輪が薄く浮かび、白い表示が重なる。
【Zone restriction: 3m】
【Observer role: active】
【Role: Log Preservation (temporary)】
【Scope: archive + sealing records】
【Role timer: 00:16:44】
【Log streaming: enabled】
刃が近い。
数字が減るだけで心が勝手に急ぐ。急ぐと手順を飛ばしたくなる。飛ばした瞬間に混ざる。
混ざらないために、今日ここへ来た。
目的は一つ。
“表だけ”を、もう一段だけ。
中身は見ない。見るのは題名だけ。題名は「何があるか」を示す。それだけで現場の手順が作れる。
アヤメの横でリオが小さく頷く。
エドは紙とペンを用意し、書く準備を終えている。
ユウトは入口の影に立ち、落ち着かない指先を布の端でこすっていた。
ガンゾとレイは外。見えない位置で入口の空気を押さえている。
机の上には封印袋の束。
番号札。署名。蝋印。三つの印。近い・近い・遠い。
“残す”ための道具だけが揃っている。
アヤメは胸の奥に短い言葉を置いた。
(開けない。触れない。見たら声にする。すぐ紙に落とす。)
扉の前に青い光が立っていた。
【Unit: MASK】
【ID: M-01】
少し遅れて、もう一つの青。
【Unit: MASK】
【ID: M-02】
青が二つ並ぶと空気が硬くなる。硬い空気は喉を固くする。
喉が固いと声が出なくなる。声が出なければ手順が止まる。
止めないために、アヤメは最初の一言を短くした。
「お願いがあります。ヘッダだけ。二段目だけ見たい」
M-02がすぐに口を開いた。声は揺れない。
「拒否。不要。危険」
リオが即座に返す。
「危険を減らすため。中身は見ない」
「見ること自体が危険」
エドが淡々と言う。
「見るのは題名だけ。題名が分かれば手順が作れる。混乱が減る」
“混乱が減る”。
その言葉に、M-02の青い光がわずかに強くなる。嫌がっている。
嫌がるなら、効いている可能性が高い。
でも効いているからこそ、刃が来る。刃はもっともらしい言葉で落ちてくる。
M-02は言った。
「情報は拡散する。拡散は被害を増やす」
アヤメは首を振る。
「拡散しない。封印して残す。……現場の人には“短い手順”だけ渡す」
リオが補う。
「誰が見ても同じになる形にする。立会い、署名、時刻。封印は二重。範囲も限定」
M-01が淡々と聞いた。
「二段目とは何を指す」
アヤメは言葉を整える。整えると長くなる。長いと穴になる。だから短く。
「注記の題名です。中身じゃなく、注記の“見出し”。そこに“鍵”と“ずれ”が書いてある可能性がある」
M-01の光が一拍揺れた。
揺れは、検討の合図だ。
「条件を提示する」
条件が出るなら、手順が作れる。曖昧より怖くない。
M-01が淡々と続ける。
「閲覧範囲:題名のみ(注記の表題)
時間:六十秒
立会い:三名以上
記録:紙に即時
封印:二重
閲覧後:退出」
リオが即答した。
「受ける」
エドも頷く。
「受ける」
ユウトも小さく言う。
「……受ける」
M-02が言った。
「異議。危険は消えない」
M-01は同じ調子で返す。
「危険の低減を優先する。条件下で実施」
許可が出た。
許可が出た瞬間が一番危ない。緊張がほどけて、手順が抜けやすい。
アヤメはすぐ、紙に太字で書いた。
『ヘッダ二段目(短い)』
1 題名だけ
2 六十秒
3 立会い:リオ/エド/ユウト
4 見たら声にする
5 紙に落とす
6 封印二重
7 出る
机の端に置く。置いた紙が、今日の鎖になる。
M-01の青い光が扉の内側へ滑る。
石の奥から薄い白い線が現れ、文字になって浮かんだ。
【Access: header-only】
【Duration: 00:01:00】
【Log streaming: enabled】
数字が減り始める。
六十秒。短い。短いけれど、焦るには十分だ。
焦りは穴。穴は塞ぐ。
アヤメは読むより先に、声を出す準備をした。
息を吐き、言葉を短くしておく。
白い文字が次の行へ滑る。題名が出た。
【Attached note: “KEY SPLIT / token mismatch”】【
背中がぞわりとした。
英語のままでも意味が刺さる。
刺さったままにしない。現場語に落とす。
「……題名。『キー・スプリット』。鍵が分かれてる。
『トークン・ミスマッチ』。トークンが合ってない、ずれてる」
リオが即座に言う。
「聞いた」
ユウトも言う。
「聞いた。鍵が分かれてる」
エドのペンが紙を走る。
「題名:KEY SPLIT / token mismatch(アヤメ読み上げ)
現場語:鍵が分かれている/トークンが合っていない
立会い:リオ、ユウト、エド。時刻――」
M-02が一歩前へ。光が強くなる。
「解釈するな」
アヤメは首を振らない。対立が濃くなるから。
代わりに、言葉を短く戻す。
「解釈じゃない。言い換え。混乱を減らすため」
残り時間が減る。
【Duration: 00:00:43】
白い文字がさらに一行滑った。
題名の下に、短い“参照”が見える。中身ではない。入口の言葉だけ。
【Ref: “split-key requires all parts”】【
【Ref: “mismatch triggers deny”】【
アヤメは読むだけ。読んだら声にする。
声にした瞬間、紙に落ちる。紙に落ちた瞬間、消しにくくなる。
「……参考。『分割鍵は全部が必要』って書いてある。
『ずれてると拒否が出る』」
ユウトが息を呑んだ。
「全部……必要」
リオがすぐまとめる。
「鍵は揃ってないと使えない。ずれてると拒否」
エドが紙に落とす。
「注記入口:分割鍵は全部が必要/ずれは拒否を出す」
M-02がもう一度言う。
「危険だ。記録を止めろ」
エドが淡々と返す。
「止めない。止めたら混乱が増える。混乱が増えるのが一番危険だ」
残り時間。
【Duration: 00:00:21】
アヤメの視界の端が、少しだけ白く濃くなった。
欠片が近い時の感じに似ている。
(……今、何かが反応してる)
反応していても触らない。
触らないで残す。
視線を机へ落とす。欠片の封印袋。
蝋印は割れていない。番号札も正しい。
袋の端が、ほんの少しだけ瞬いた。
ユウトが小さく漏らす。
「光った」
リオも言う。
「見た」
アヤメは息を吐いて、声にした。
「欠片の袋、反応。今」
エドが書く。
「欠片袋端、瞬き。ヘッダ二段目閲覧中に反応」
残り時間がもうほとんどない。
【Duration: 00:00:08】
白い文字が最後に一行だけ滑った。
題名でも参照でもない。“条件”の短い表示。
胸が跳ねる。跳ねた瞬間に焦りが湧く。
焦りは穴。穴は声で塞ぐ。
「……条件。『三つ必要』って出た。分割鍵、三つ」
言った瞬間、白い表示が消えた。
六十秒が終わった。
M-01が淡々と言う。
「終了。退出」
リオが即答する。
「退出する。封印を先に」
退出より先に封印。
封印がないと言葉が散る。散った言葉は変えられやすい。
エドは紙を二枚に分けた。
一枚は“記録”(英語のまま)。
もう一枚は“現場語”(短い言い換え)。
二枚に分ければ、片方を否定されてももう片方が残る。
リオが封印袋を用意し、紙を入れる。
蝋で封をする。封の上に封。番号札。署名。立会い。
ユウトの署名は少し震えた。
でも書けた。書けたことが強い。
M-02が冷たい声で言う。
「記録は危険。没収が必要」
リオが即座に返す。
「没収するなら手順で。封印番号、移送ルート、立会い、署名。全部示して」
M-02の光が硬くなる。
手順を嫌がっている。
M-01が淡々と言った。
「没収は現段階では不要。封印物は保管棚へ。アクセスは禁止」
禁止。怖い言葉だ。
でも、封印袋がある限り、今日の六十秒は消えない。
退出の途中、アヤメは一度だけ足元の表示を見た。
【Role timer: 00:10:58】
【Log streaming: enabled】
刃がさらに近い。
近いのに、今日の六十秒で得たものは大きい。
鍵が分かれている。
トークンが合っていないと拒否が出る。
そして――三つ必要。
詰所へ戻る道は短い。
短いのに背中が冷える。見られている気配がある。
壁際で、紙を擦るような音がした。
今度は“気がした”ではない。確かに、近い。
レイが影のように現れて低く言う。
「近い。追ってこない。……触らせたい距離」
アヤメは頷く。
「触らない。追わない」
追わないと言った瞬間、胸が少しだけ楽になる。
誘いに乗らない戦い方だ。
詰所へ戻ると、机の上の封印袋の列が待っていた。
列は崩れていない。崩れていないなら、次の手順が組める。
アヤメは壁に新しい紙を貼った。字は短く、太い。
『今日の収穫(短い)』
・題名:鍵が分かれてる
・題名:トークンが合ってない
・全部が必要
・ずれると拒否
・鍵は三つ
貼った瞬間、欠片の袋が封印の中で小さく瞬いた。
そして、アヤメだけに読める短い表示が滑った。
【Maintenance key: 1/3 → requires 3 fragments】
【EXEC: denied】
【WRITE: denied】
“三つ集める”。
目標が、数字になった。
アヤメは息を吐き、封印袋の列へ視線を落とす。
触らない。触らないで残す。残すために次の手順を組む。
小さく呟く。
「……ログ取ろ。三つ要るってことも、改ざんできない形で残す」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
続きが気になりましたら、ブックマークや★評価をいただけると、とても励みになります。




