第六話 聖心部、初の依頼
聖心部が本格的に始まって一週間。
……とはいえ、人の悩みなんて、そう都合よくは転がってこない。
いつもの部室では、俺が椅子に座って本を読み、神崎は隣でスマホをいじっている。
平和っちゃ平和だが、なんかこう――活動してる感ゼロ。
まあ、この一週間で神崎のことも少しわかってきた。
こいつ、初対面の人間にはなかなか心を開かないタイプらしい。
自分を守るために強がってる。
けど、一度心を開いた相手にはちゃんとフレンドリーになる。
意外と、根は真面目なのかもしれない。
……ただ、ギャル要素が強すぎて、それを帳消しにしてるだけで。
そんなことを考えながら、いつものように修道院の廊下を歩く。
古びたステンドグラスから差し込む光が、床に色のついた影を落としていた。
部室の前に着き、ドアノブに手をかける。
――静かだ。
珍しいな、いつもならTikTokの音が漏れてるのに。
「おーい、神崎ー。いるかー?」
ガチャリと扉を開けた瞬間、部屋は真っ暗だった。
カーテンがすべて閉められ、ほこりっぽい空気が漂っている。
そのとき、カチッと音がして――
ぽつん、と一つだけ照明が灯った。
そこにいたのは、いつものギャルとはまるで別人の神崎だった。
黒いシスター服に身を包み、フードを深くかぶっている。
目の前の机には、小さな聖母マリア像――たぶん、百均で買ったやつ。
神崎はその前で両手を組み、静かに祈っていた。
「……神よ、どうかお救いください」
その声は、どこか震えていて、
俺は思わず立ち尽くした。
「また、彼が人を殴ってしまいました」
「私の祈りは届かないのですか?」
「あの子の中に棲む“悪魔”を、どうか導いてください」
長い沈黙。
照明の下で、神崎のまつ毛がわずかに震えているのが見えた。
やがて、彼女は小さく息を吐き、
ほんの少しだけ、笑ったように見えた。
「……彼の名は、魔宮辰巳」
――その瞬間。
「ぷはっ……あははははっ!」
神崎が、腹を抱えて笑い出した。
「お、お前……!」
「も〜、ずっと堪えてたんだけど! マジで真顔でやるのキツかった〜!」
笑いながらフードを脱ぐ神崎。
中からは、いつもの派手な髪とピアス。
祈りのポーズのまま、ニヤニヤこちらを見上げてくる。
「いやお前これ、全部そのために仕込んでたのか!?」
「だってさぁ、最近部活ヒマじゃん? たまには“悪魔祈祷ごっこ”でもしないと退屈で死ぬし」
「お前が一番悪魔だろそれ!」
呆れて言うと、神崎はケラケラ笑いながら机に突っ伏した。
「でもさ、魔宮。
“また彼が人を殴ってしまいました”ってとこ、わりとリアルだったでしょ?」
「……いや、俺もう喧嘩してねぇし」
「ほんと〜?」
「マジだ。次やったらどうなるかわかんねぇし……」
思わず声が小さくなる。
神崎はそんな俺を見て、ふっと笑った。
部屋を片付け、いつもの部室に戻る。
照明も明るくなり、さっきまでの厳かな雰囲気はどこへやら。
神崎は「あははっ」と笑っている。
相変わらずスマホの音がうるさい。
――いい加減イヤホンしろ、こら。
内心でツッコミを入れながら、俺は椅子に腰を下ろす。
そのとき――
コンコン、と控えめなノック音が響いた。
「失礼します」
入ってきたのは、黒の短髪にシスター服をまとった女の子だった。
ぱっと見、俺たちと同じ年くらい。どこか緊張した面持ちで、両手を前で組んで立っている。
……それにしても、可愛い。
(いや、見た目の感想は置いとけ俺)
「今、活動中ですか?」
その声は小さく、それでいて透き通るように澄んでいた。
神崎が振り向く。
さっきまで大声で笑ってたのが嘘みたいに、表情が一瞬で切り替わる。
完全に、冷静で落ち着いた“聖人心部”モードだ。
「そうだけど……どうしたのかしら?」
――てか、切り替え早っ!
「ドアの前に“相談募集中”と書いてあったので……来てみたんですけど」
短髪のシスターが、少しおずおずと答えた。
――おお、マジで来た。
あの落書きみたいなポスター、ほんとに効果あるんだな。
「へぇ~、やっと来たじゃん。初の依頼者ってわけね」
神崎がスマホを机に置き、にやっと笑う。
もう完全に“聖人モード”というより、“面白がりモード”。
「で、どんなお悩みなの?」
「まず、私の名前は綾瀬 澪奈と言います」
――綾瀬?聞いたことあるぞ。
確か同じクラスで、神崎と並ぶ整った顔立ち。
それに、男子人気も高い。
けどお茶目なところがあるらしく、
“クールな神崎派”と“天然な綾瀬派”に分かれてるとかいう噂も――。
そんな“学園の人気者”が、なんで聖心部に?
綾瀬は続ける。
「昔、この修道院はよく使われていたんです。でも、ある噂がきっかけに、誰も使わなくなっちゃってて……」
「使わなくなった?」
神崎が言う。
その瞬間、空気が少しだけ変わった。
俺と神崎、どちらともなく唾を飲む音が響く。
綾瀬は、まっすぐこちらを見て言った。
「この修道院夜になると――“声”が聞こえるんです」
その噂以降誰も利用しなくなっちゃって
……え、なんかいきなりホラー展開?
「でも最近この修道院で“人の出入り”があるって聞いたので、それで気になって……ついこのあいだ、様子を見に来たんです」
――たぶん、それ俺たちだな。
内心でそっとツッコむ。
「一人で入ったのですが中が真っ暗で、電気のスイッチも見当たらなくて。だからスマホのライトで探索してたんです」
澪奈の声が少し震える。
「そしたら――“声”がして」
部屋の空気が、わずかに冷たくなった気がした。
神崎が俺の方をちらりと見る。俺も無言で頷く。
「びっくりして、外のドアに向かって走ったんですけど……そのとき、人とぶつかっちゃって」
「……ぶつかった?」
「はい。相手が誰だったのか、いまだに分からないんです。でも――あのときは、本当にすみませんって、伝えたくて」
――あ。
なんか……心当たりある。
(おっぱいの、感触が……)
――おっと。
危ない、危ない。口に出すところだった。
神崎が、じとーっと俺の顔を見た。
「……魔宮」
「な、なんだよ」
「まさかとは思うけど――あんた、ぶつかった相手って……」
「い、いや!?知らねーし!?知らねーけど!?」
「ふぅ〜ん?」
にやっと笑って、肘をつく神崎。
「ま、いいけどさ。じゃあ――“声”の正体、確かめてみる?」
「え」
「だって気になるじゃん。“修道院の怪”とか、めっちゃ聖心部向きでしょ?」
「おい、それ絶対ホラー展開になるやつだろ……」
神崎の目が、わずかにきらめいた。
いたずらっ子みたいな笑顔で、彼女は言う。
「じゃ、決まり。
次の依頼――“修道院の夜鳴き声”の調査、開始ね」




