第五話 問題児たちの聖心部
天城と魔宮は指導室で向かい合って座っていた。
机の上には紅茶のカップと、少しシワの寄った部員申請書。
魔宮は椅子の背にもたれながら、少し得意げに言った。
「先生、部員、一人集めましたよ」
天城は目を丸くした。
「まさか……もうこの短期間で見つけてくるとはな。魔宮のことだから、どうせ諦めて飽きて、バックれると思ってたんだが」
(おいおい、俺の信用どんだけ薄いんだよ)
魔宮は内心で苦笑いしつつ、紙を差し出した。
「ほら、これです」
天城は受け取り、目を細めながら名前の欄を読む。
――神崎瑠花。
一瞬、天城の眉がピクリと動いた。
(神崎瑠花……あの神崎か。魔宮と同じクラスの)
天城は指で机をトントン叩きながら、心の中で整理する。
(普段はクールで人を寄せつけないタイプ。授業態度は真面目だが、協調性ゼロ。クラスでも少し浮いている。教師が話しかけても、目を合わせようとしない。あれは“反抗”というより、自分の世界を守ってるような目だったな……)
(そんな神崎が、よりによって魔宮と? よりにもよって、あのトラブルメーカーと?)
天城目を細め、ゆっくりと口の端を上げた。
「……ははーん。なるほど。面白いじゃないか」
(問題児と問題児。磁石の同極同士か……それとも、爆発的化学反応か)
天城はニヤリと笑い、手にした書類をパンッと机に置いた。
「これは“更生プログラム”も一石二鳥だな」
そして、勢いよく魔宮の背中をバンッと叩いた。
「いってぇっ!」
「期待してるぞ、魔宮。――聖心部、これでようやくスタートだな」
天城に確認を終えると、魔宮はスマホを取り出した。
「先生、部室って、あの修道院の空いてる部屋使えばいいですか?」
「そうだ、あそこなら静かだし、誰も寄りつかん。好きに使いなさい」
「了解です」と言いながら、魔宮はスマホを操作し、神崎にメッセージを送った。
『どうやら修道院の空いてる部屋使うらしいぞ。』
送信を押した瞬間、トーク画面の上にある神崎のアイコンが目に入る。
――金髪ギャル風、自撮りピース。
「……誰だよコイツ」
思わず口に出してしまった。
(いや、神崎だよ。間違いなく神崎だよな……?)
普段のクールな雰囲気とのギャップに、脳が処理を拒否する。
そしてふと、苦い記憶がよみがえった。
――一年の春。まだ“高校デビュー”という言葉に夢を見ていた頃。
隣の席の男子に、俺は勇気を出して声をかけた。
「な、なあ……連絡先、交換しない?」
「え? ……い、いいよ」
(……おお、いけた!? いや、これたぶん怖がられてるやつだよな? 笑ってるけど目が死んでるもん)
テンパりながらも、なんとかLINE交換に成功した。
ただ――問題は、そのあとだ。
当時の俺のアイコンは、家の前で祖父と並んで撮った集合写真。
その背後には、なぜか半裸の“若い衆”がズラリ。
しかも全員、肩に見事な刺青入り。
(……そりゃあ、次の日から距離置かれるわ)
それ以来、俺のアイコンはずっと“柴犬”だ。
――無難こそ、最強。
ドアを開けた瞬間、ポケットのスマホが震えた。
画面を見ると、神崎からの返信が届いている。
(返信、早っ。……まあ、たぶんこいつも俺と同じで友達いないんだろ)
軽くニヤつきながら開いてみると――
『おけー じゃあ放課後そっち行くわ〜!』
普段の冷静なトーンとの落差に、思わず目を細めた。
「ギャップ、強すぎだろ……」
スマホをポケットに戻し、校舎を出る。
春の名残りを惜しむように、桜の木の下では花びらがまばらに舞っていた。
もうすぐ、全部散ってしまう。
修道院へ向かう道すがら、ふと考えていた。
――入学式の日、倒れた俺に膝枕してくれたあの人は、誰だったんだろう。
そして、あの聞き覚えのある鼻歌。
あれは、子どもの頃、喧嘩を止めてくれた“あの子”なのか?
靴底が石畳を踏む音だけが、静かな境内に響く。
風が抜け、古い鐘楼の影がゆらいだ。
気づけば、修道院の古びた扉の前に立っていた。
手を伸ばす指先が、ほんの少しだけ震えていた。
ドアを開けながら、小声で「失礼しまーす……」とつぶやく。
中は薄暗く、長い間使われていないような静けさに包まれていた。
そのとき――。
「ごめんなさーいっ!」
勢いよく扉の奥から声がして、
シスター姿の少女が飛び出してきた。
「うわっ!?」「ひゃっ……!」
バランスを崩した彼女が、そのまま魔宮にぶつかる。
顔の前に、柔らかい感触。
(……あ、あれは、たぶん、そうだ。いや、言わないでおこう)
「ご、ごめんなさいっ!」
少女は顔を真っ赤に染めて、慌てて立ち上がると、
裾を翻して走り去っていった。
残された魔宮は、ぽかんと立ち尽くす。
(なんだ今の……?)
部屋に入り
部屋の電気をつけると、蛍光灯が一瞬チカチカと明滅し、やがて静かに灯った。
窓際に近づき、外を見下ろす。
古びた修道院の二階からは、校舎の屋根越しに春の終わりの空がよく見えた。
「……景色、悪くないな。二階ってのも、ちょうどいいか」
独りごちたそのとき、背後でドアの開く音がした。
「おつ〜」
軽い声とともに、神崎がひょいと顔を出す。
一応シスター服を着てはいるが、フードは相変わらずかぶっていない。
ゆるく巻いた髪が肩にかかり、妙に似合ってしまっているのが腹立たしい。
「で、結局この部活ってなにするの? “聖心部”とか名前だけ見ると、怪しさ満点なんだけど」
「顧問曰く、人助けがメインらしいぞ。掃除とか、相談とか……まあ奉仕活動系だな」
「ふーん、意外とまともなんだね」
「顧問はうちのクラスの桐生先生だしな」
「――げぇっ、結衣ちゃんが顧問!?」
神崎がわかりやすく引いた顔をする。
「名前呼びかよ……。とりあえず、ここの修道院あんまり使われてなかったらしいから掃除するぞ」
「えー、いきなり労働!?」
「部活だろ。働け」
渋々といった様子で、神崎はほうきを手に取る。
俺たちは修道院の掃除を始めた。
使われていなかっただけあって、埃の層は分厚く、
カーテンを開けると、細かな粒が光の中を舞った。
「うわ、なんか神聖っていうより……ホラーだね」
「言うな、それ今から使う部屋なんだぞ」
そう言いつつ、俺は笑っていた。
どうやら修道院に人がいること自体が珍しいらしく、
廊下を行き交うシスターたちが、
物珍しそうにこちらをのぞいていく。
あらかた掃除が終わり、ようやく部屋らしくなってきた。
机の上に積もっていたホコリも消え、
窓から差し込む光が床に反射して眩しいほどだ。
「よし……これで、だいたい終わりだな」
魔宮は満足げに腰に手を当てると、
ドアの前に貼った一枚のポスターを眺めた。
手書きの文字で――
『聖心部 お悩み募集中!』
文字の横には、神崎が描いたハートマークと、
なぜか天使の羽が落書きされている。
「なんだよそれ……変に可愛くするなって」
「だって“聖心部”って名前、ちょっと宗教っぽくて怖いじゃん?
こういうのがあった方が親しみやすいって〜」
「……まあ、確かに“お悩み募集中”って言葉のわりに、
雰囲気はお祓い屋みたいだったしな」
「でしょ?」
神崎はくすくすと笑い、マーカーをクルクル回す。
その笑い声が、静かな修道院の中でやけに響いた。




