第十六章
夏の日差しが、校門を越えて容赦なく降り注いでいた。
集合時間ぴったりに来たのは、俺と天城先生だけ。
「……あれ? 他のメンバーは?」
問いかけた瞬間、先生の肩がぴくりと震えた。
サングラスの奥から、ふつふつと煮え立つような怒気がにじみ出ている。
どうやら――三人とも、遅刻しているらしい。
「……なるほどな。なるほど、いい度胸してるじゃねぇか……」
天城先生が腕を組み、ニヤリと笑った。
笑ってはいるが、目だけはまったく笑っていない。
「魔宮くん」
「は、はいっ!」
「連帯責任って、知ってるかい?」
「いや、その、知らなくていいです!」
「いいや、知ってもらう! “聖心部の鉄の掟その二”――部員の罪は、部全体の罪だぁぁぁ!!」
……地獄の夏、開幕の音がした。
そのとき――背後から、能天気な声が響いた。
「やっほー! おまたせ~!」
振り返ると、そこには神崎が立っていた。
見た瞬間、俺は思わず絶句した。
白いノースリーブにショートパンツ。
胸元にはやたら派手なビーチアクセサリー、そして――
極めつけは、クラブでしか見ないような蛍光グリーンのサングラス。
「……お前、どこ行くつもりだよ」
「え? 合宿でしょ? だからバカンス仕様☆」
「お前の中で“合宿”と“バカンス”は同義なのか!?」
天城先生の頬がピクピクと引きつる。
サングラス越しでもわかる。完全に“ブチギレ五秒前”だ。
「……神崎さん?」
「は、はいっ!?」
「いいセンスだ。――あとで特訓追加ね」
「えっ、なんでぇぇぇ!?」
その後、遠くの道の向こうに二つの影が見えた。
綾瀬と黒崎だ。
黒崎は黒を基調としたゴスロリ服の“夏仕様”。
陽射しの中でも不思議と浮かない、不健康なまでの白い肌。
……おい、普通に可愛いな。
一方、綾瀬は白いワンピースに麦わら帽子という、王道ヒロインスタイル。
眩しい夏の光をそのまま身にまとってるみたいだ。
俺は思わず、天城先生の隣でため息をついた。
――地獄の夏合宿、メンバーのビジュアルだけは最高だ。
•
どうやら今回の合宿は、聖桜学園の神父さんの紹介で決まったらしい。
行き先は、町外れにある古い孤児院。
子どもたちの手伝いをしながら共同生活を送る、“奉仕活動型の合宿”だとか。
天城先生が用意したワゴン車に乗り込みながら、俺はため息をもうひとつ。
どうやら――活動中は“シスター服”着用が義務らしい。
「なあ先生、なんで男子の俺まで……?」
「心配するな、似合うと思うぞ?」
助手席に座りながら、俺はため息をついた。
後部座席では、相変わらず三人娘が騒がしい。
車内は冷房が効いてるのに、やけに熱気がこもっていた。
「てかさー先生、この辺、山もあるし海もあるし、なんでもできるじゃん!」
後ろの席で神崎が、やたらテンション高く言った。
「バーベキューして、海で泳いで、夜は肝試しとかどう? 完璧じゃない?」
「合宿の目的、完全に遊びだな……」俺はぼそっとつぶやいた。
「肝試し……!」黒崎が目を輝かせる。
「闇の儀式か。いいな……我が漆黒の魂が疼く」
「黒崎、それただの夜の散歩だからね?」
「でもでも!」と綾瀬が身を乗り出す。
「朝はお祈りして、お昼はみんなで子どもたちのお手伝いして、夜は花火とかできたら素敵だよね!」
「いや、花火の前に“修行”があるぞ」
天城先生がハンドルを握ったまま、低く言った。
「掃除、洗濯、炊事、そして子どもたちの世話――すべてシスターの務めだ」
「えぇーっ!」神崎が頭を抱える。
「あたし、掃除とか一番苦手なんだけど!」
「知ってる」と先生が即答。
「先生、ひどっ!」
後部座席の笑い声と悲鳴が入り混じる中、
車は海沿いの道をゆるやかに進んでいく。窓の外には、濃い緑の森と、その向こうできらめく海。
潮の匂いが風に混じり、夏の気配が一層強くなってきた。
「……でも、ほんとに海見えてきたな」
俺がつぶやくと、
「わあ、きれー!」と綾瀬が窓に顔を寄せた。
無邪気な声が車内に響き、どこか和やかな空気が流れる。
そんな賑やかな声を背に、車はサービスエリアへと滑り込んだ。
「よし、ここで休憩だ。トイレと飲み物、十五分で済ませろ」
天城先生がハンドルを切りながら言うと、
「はーい!」
綾瀬と神崎が元気よく返事して、仲良くトイレの方へ駆けていった。残ったのは、俺と黒崎。
「行くか、売店」
「ふふ……我が漆黒の力を癒す“聖水”を手に入れに行こう」
「……飲み物のことだよな?」
肩をすくめながら売店に入ると、冷房の冷気と甘い香りがふわりと漂ってきた。
アイスの冷凍ケースの前で立ち止まると、黒崎が真剣な眼差しで中を覗き込む。
「アイスクリーム……食べるか?」
俺がそう言うと、黒崎はぱっと目を輝かせた。
「い、いいのか!? 我のような闇の眷属に、光の甘味を……!」
「いいよ、奢るよ」
「じゃあ……この“漆黒のチョコ”で!」
「それ、ただのチョコアイスな」
レジに向かいながら、俺は小さく息を吐いた。
「……この前は、病室で心配かけて悪かったな」
黒崎は一瞬だけ目を見開いたあと、少し視線を逸らして言った。
「だ、大丈夫だ。あの聖桜の悪魔がそう簡単に死ぬものか。ただ……ちょっとだけ、心配しただけだ」
その言葉に、胸の奥がわずかに熱くなる。
普段の“中二病全開”の黒崎じゃなくて――
今のは、年相応の少女の顔だった。
「お、おい、早く食べないと溶けるぞ」
「わ、わかってる!」
その時、ちょうどトイレ組の二人が戻ってきた。
「うわー! 魔宮と黒崎、アイス食べてる!? ズルいー!」と神崎。
「……ズルくはないだろ」と俺。
「いいなぁ~あたしも魔宮の奢りでバニラ食べたい~!」「わ、私も……!」結局、全員分のアイスを買うことになった。
ベンチに並んで座る俺たちの前で、天城先生は嬉しそうに抹茶アイスを舐めている。
「……先生、それ」
「うむ。抹茶、うまいな!」
「なんで俺、先生の分まで買わされてるんすか!」
「細かいことは気にするな。リーダーとは、部員の財布を信頼するものだ」
「そんな信頼いらないです!」
後ろで神崎が笑いながら言った。
「先生、ずる~! しかも一番高いやつ食べてるじゃん!」
「む? そうなのか?」
「そうだよ! “宇治抹茶プレミアム”って書いてある!」
綾瀬はそんなやり取りを見て、くすくす笑った。
「でも、なんか……こうやってみんなで食べるの、楽しいね」
その一言に、なぜか全員の動きが少し止まった。
風が吹き抜け、アイスの甘い香りと夏の匂いが混ざる。
――なんだかんだで、悪くないスタートかもしれない。
「よーし!」と神崎が立ち上がる。
「お腹も冷えたし、そろそろ出発しよ! バカンス――じゃなくて、合宿のはじまりだー!」
「お前、今“バカンス”って言ったよな!?」
「言ってな~い☆」
天城先生は立ち上がり、ハンドルを握りながらぼそりと呟いた。
「……このメンバー、今年の夏は本気で騒がしくなりそうだな」




