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第十話 封印完了(たぶん)

階段を降りる途中、ふと気づいた。---両腕に、何か重みがある。


見れば、綾瀬と神崎が俺の腕にしがみついていた。


(……こりゃ両手に花、ってやつか)

正直、ちょっと嬉しかった


綾瀬はいまだにでかいリュックを背負ったまま。

中の銀のスプーンやら十字架やらがガチャガチャ鳴ってる。

神崎はというと、胸の前でスザンヌ(割れたマリア像)を抱え、

腕に巻いた数珠がカラカラうるさい。


「おまえその数珠、マラカスかよ……」


「うるさい!これがないと落ち着かないの!」


そんなやりとりをしながら奥へ進むと――問題なくトイレの前に着いた。


「じゃ、外で待ってるからな」

そう言うと、綾瀬と神崎はおそるおそる中へ入っていった。


俺はドアの前に立って待つ。


俺はトイレの前で腕を組み、静かに待った。

……シーン。

建物の中は、風一つ吹かない。

さっきまであんなにうるさかった神崎の数珠の音も、今は何も聞こえない。


代わりに、トイレの蛇口の“ポタ……ポタ……”と水の音が響く。

いや、それだけじゃない。

今のは――足音か?


廊下の奥から、ゆっくりと“誰か”が近づいてくる気配。

俺は懐中電灯を構えた。

光を向けた先に――


……誰もいない。


ただ、床の上に、濡れた足跡が続いていた。

それは2階のほうへ向かっていた。


「……この水、まだ新しいぞ」

しゃがみこんで触れると、冷たい。

ほんの数分前に、誰かが通ったばかりのようだ。


足跡をたどっていく。

それは右側の廊下――噂で“声が聞こえる”とされていた方角へ。


暗闇の奥。

何かが……しゃべっている。


「……っ、誰かいるのか?」


耳を澄ますと――


「ʃʊru… ʃʊru… gɘɘr… mɘh…」


声というより、“濁った何か”。

男か女かもわからない。

言葉の形をしているのに、脳が理解を拒むような音。


その音が次第に明瞭になっていく。


「ʃʊru… magyu… ʃʊr… magyuuuun…」


ぞわっ、と背中に寒気が走った。

今、たしかに“魔宮”って言った。


俺は恐る恐るドアを開けた。

……そこにいたのは、

古びた仮面をかぶった“誰か”。


全身を黒い布で覆い、両手を胸の前で組み、

何かをぶつぶつと――唱えている。


「ʃʊru… magyuu… rahl…」

呪文のような声が、空気を震わせた。


そのとき、背後から――「ちょ、何してるのよ!?」神崎の声。

「ちょっと勝手にどっか行かないでよ!」綾瀬も重なる。


「うわぁぁぁっ!?」

俺が驚いて声を上げた瞬間、

仮面の人物がビクッと振り返った。


「ど、どこから来た!?」


仮面の低い声。

それを見た神崎と綾瀬が、同時に悲鳴を上げる。


「で、でたぁぁぁ!! 仮面のお化けぇぇ!!」


綾瀬は持っていた聖水を反射的にぶっかけ、

神崎はパニックになって、手に持っていた割れたスザンヌ(マリア像)を――投げた。


「おいおい、それ投げていいのかよ!?」


カンッッ!


スザンヌの片割れが、

仮面の顔面にクリーンヒット。


バキィン!


仮面が真っ二つに割れ、

黒い布がふわりと床に落ちた。


中から現れたのは――


「……ツインテールの、女の子……?」


年の頃は俺たちと同じくらい。

だがその目は、やけに鋭く光っていた。


彼女はゆっくりと立ち上がり、

割れた仮面の破片を足で踏みつけながら言った。


「お前たち……見てはいけないものを、見たな……」


低い声。

それだけで、空気が一瞬ピリッと張りつめる。


「我は“封印の守人まもりびと”、

この地に刻まれし穢れを鎮める者……」


黒いマントを翻し、指を俺たちに突きつける。


「愚かなる trespasser(侵入者)たちよ――

貴様らの魂、此処にて凍結フリーズせしめん!」


……え、なに言ってんのこの人。


俺と神崎は固まるが、

綾瀬だけは真っ青な顔で口を押さえた。


「や、やばいよ魔宮くん!魂凍らされるって!!」


「落ち着け綾瀬、これは――世に言う“厨二病”ってやつだ」


そう言った瞬間、ツインテールの少女がピクリと肩を震わせた。


「ち、ちゅ……厨二病じゃないからっ!!」


顔を真っ赤にしながら叫ぶ。

その声には、さっきまでの“闇の巫女”みたいな威圧感はまるでなく、

ただの恥ずかしがり屋の女子高生のそれだった。


「貴様……! 魔宮辰巳だな!」


少女は勢いよくマントを翻し、指を魔宮に突きつける。


「やはり……同じ“悪魔の因子”を持つ者!

この地に二つの穢れは要らぬッ!」


「いやいやいや! 勝手にみんな“悪魔”とか呼んでるだけで、

俺、穢れも因子も持ってねぇから!!」


魔宮のツッコミに、神崎が呆れたようにため息をついた。


「……これは重症ね。まさか同じ学年にこんな子がいたなんて、気づかなかったわ」「重症とか言うなぁぁぁぁっ!!」


少女の叫びが夜の校舎に響き渡る。


「……ま、まぁ。とりあえず命の危険はなさそうだし――これで解決ってことでいいよな?」


魔宮は胸をなでおろした。

まったく、悪魔より人間のほうがよっぽど手強い。


綾瀬もほっとしたように笑った。

「よかったぁ……これで“夜の聖桜学園の怪”も終わりだね」


――そう思った、その時。


バキィッ!!


床に転がっていた割れたスザンヌ(マリア像)が、突然ひび割れた。

まるで内側から何かが這い出ようとするように。


神崎「ちょ、ちょっと!?今、スザンヌ動いたよね!?」

綾瀬「え、えっ!? なんで!?」


ツインテ少女が目を見開き、真顔で呟いた。

「……封印が、まだ解けていない……」


魔宮「いやいや、今度はお前の中二設定のせいじゃねぇだろ!?」

神崎「はぁ〜続きは礼拝堂で一人でやってなさい。神様に怒られなさい」

 ツインテ「ぐっ…神聖結界に閉じ込める気か!?」 神崎「うるさい、いいから歩け」


ずるずると引きずられるツインテ少女。

その姿はまるで、現世に強制送還される異界の使徒みたいだった。 


残されたのは、俺と綾瀬――ふたりだけ。


「……なんだったんだ、あの子」

「さぁ……でも、面白かったね」


綾瀬がほっと息を吐いて笑う。

けれどその足元で、彼女の表情がふっと曇った。


「……あれ、やっぱりちょっと痛いかも」


見ると、綾瀬は右足をかばうようにしている。


「おい、どうした」

「ごめん。さっき逃げるときに、ちょっと捻っちゃったみたいで……」


笑おうとするけど、少し無理してる顔。


「バカ、無理すんなって。ほら、乗れ」

「えっ?」

「おんぶだよ。階段多いし、これ以上歩いたら悪化すんだろ」


背を向けると、綾瀬は少し迷ってから――

そっと俺の背中に腕を回した。


「……ごめんね、重いでしょ」

「重くねーよ、これくらい余裕だよ」


歩き出す。

肩に触れる頬のぬくもり。

夏の夜風が、生ぬるく肌をなでた。


どくん、と心臓が跳ねる。

息をするたび、背中越しに伝わる体温が近くて、妙に落ち着かない。


「ほんと、私ってドジばっかりだよね」

綾瀬がぽつりとこぼす。


小学校のころも、縄跳びで転んで膝擦りむいたり、プリント忘れたり……

そんな話を照れくさそうに笑いながら続ける。


「綾瀬のそう言うところ、俺は好きだけどな」

「え?」

「ドジでもさ、ちゃんと笑ってるとこ。

 そういうの、なんか安心する」


一瞬の沈黙のあと、綾瀬が小さく笑った。


「……ありがと」


その声は、夜気の中でやさしく溶けた。


足音と虫の声だけが響く夜道。

ふたりの間に、ゆっくりとした沈黙が流れる。


そして――綾瀬が、かすかに囁いた。


「……魔宮くん。

 入学式のこと覚えてる?」


綾瀬の声が、夜の静けさを震わせた。

背中越しに感じる体温が、急に近くなる。



「入学式?」

思わず聞き返す。

でも、彼女はそれ以上何も言わなかった。


「俺、あの日……気を失ってて、何も覚えてないんだ」

軽く笑って誤魔化すと、綾瀬は小さく首を振る。

その髪が、俺の肩をくすぐった。


「……覚えてないんだ……」

彼女が、小さく――ほとんど聞き取れない声で呟く。


「ん? 今、なんか言ったか?」


綾瀬は一瞬だけ沈黙して、

次の瞬間には、いつもの笑顔を取り戻していた。


「ううん! なんでもないっ!」


ぱっと明るい声。

だけど、その声の奥に、ほんの少しだけ寂しさが混じっている気がした。


夏の夜風が二人の間をすり抜け、

遠くで鳴く蝉の声が、少しだけ切なく響いた。


翌日――。


俺はいつものように、部室の前に立っていた。

まだ朝の空気が少し眠たげで、廊下にはほとんど人影もない。


「……ん? なんか今日はやけに騒がしいな」


中から聞こえる笑い声。

この部室であんな楽しそうな声が響くなんて、ちょっとした異常事態だ。


嫌な予感を抱きつつ、ドアを開けた。


「おはよ――」「ねぇねぇ、それでさ~!」「わかる~!神崎ちゃんもそう思う!?」


……神崎と、綾瀬が仲良く喋っていた。


「……あれ? なんで綾瀬がいるんだ?」

思わず声が漏れる。

昨日、問題はきれいに解決したはず――の、はずだよな?


すると綾瀬は、少し照れたように笑って言った。


「えっとね、魔宮くん。私も――聖心部、入ったの」


「……え、マジで?」


神崎は満面の笑みで両手をぱんっと叩いた。

「そうそう! あやっちおめでと!! これで正式な仲間だね!」


「いや、ちょっと待って!昨日までホラーに巻き込まれてただけじゃなかった!?」

俺がツッコもうとした、その瞬間――


ガララッ!


勢いよくドアが開いた。


「待て、我を忘れるな!」


現れたのは――昨日の、あのツインテールの厨二病少女。


黒マントを翻し、堂々とした(つもりの)ポーズで立っている。


「我が名は――黒崎怜くろさき・れい

 この地に潜む穢れを監視する者……よろしく、悪魔!」


「……えぇ、お前も入るのかよ……!?」


俺が頭を抱えると、神崎は苦笑しながら肩をすくめた。


「いやー、この子放っとけなくてさ。どうせまた変な儀式とか始めるでしょ?」


「始めねぇし!あれは封印の儀だし!」


「はいはい、封印は放課後にね~」


――こうして、俺の静かな日常は。

昨日よりも確実に、騒がしくなったのだった。


三人が笑っていた。

神崎はテンション高くツッコミを入れ、綾瀬は楽しそうにそれに返し、

黒崎は例の決めポーズを披露しては二人にいじられている。


昨日までぎこちなかった空気は、もうどこにもなかった。

代わりにあるのは――やけにうるさくて、でも少しだけ温かい空気。


俺は机の端に腰をかけて、その光景をぼんやりと眺めていた。


……まったく。なんでこう、俺の周りは落ち着かないやつらばっかなんだ。


部活なんて、最初は気まぐれで入っただけだったのに。

気づけば、こうして“日常”が形を持ち始めている。


神崎の笑い声。

綾瀬の優しい表情。

黒崎のトンチキな決め台詞。


俺は小さくため息をついて、窓の外を見た。

春の陽射しが、部室のカーテン越しに揺れている。


「……聖心部、か」


正直、よくわからない部だ。

活動内容も、目的も、方向性すらあやしい。


けど、たぶん――俺がここにいる理由なんて、

そんな“正しさ”じゃなくていい。


誰かの笑い声があって、

それを見て、少しだけ心が軽くなる。


それだけで、きっと十分だ。


「……まあ、今日も騒がしくなりそうだな」


窓の外で風鈴が鳴った。

俺の静かな日常は、どうやらまだしばらく帰ってこなそうだ。


――でも、それも悪くない。

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