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 十二時半、エマの昼休憩の時刻だ。今日の受付は比較的平和だったため、時間通りの休憩が取れそうだった。

 エマは今朝買ったBLTサンドが入った包みを手に取って立ち上がる。


「休憩行ってきます」

「はーい、エマ先輩いってらっしゃい」


 朝からかなり体調が回復したらしい顔色のよくなったクラリッサが笑顔で手を振る。

 それにエマも手を振り返したところで名前を呼ばれた。呼ばれた方に振り返る。


「エマ、ちょおこっち来てや」


 執務室から顔と手だけを出してエマを手招いているヴァイスがいた。

 ヴァイスは結局午前中の間は執務室にこもりっきりで出てこなかった。それが今はおいでおいでと手招きをしている。


「はい、今行きます」


 ひとつ息を吐いて、エマは行き先を休憩室からギルド長の執務室に変える。

 昨日もたしかそんな話をしたし、きっと書類整理の手伝いだろう。そう思って気合いを入れた。




 執務室に入るといつもの書類の山は見当たらなかった。

 エマは首を傾げる。


「あのギルド長、書類は?」

「そんなもん午前中に苦しみながら片付けたわ……ま、座りや」


 おずおずと執務室のソファーに腰掛ける。ふかふかとした座り心地のいいソファーだ。


「エマ、紅茶でええやろ?」

「あ、私が淹れます」

「ええから、ええから。座っとき」


 執務室に備え付けられたミニキッチンでヴァイスが紅茶を淹れている。ブンブンと尻尾が大きく揺れていた。

 元々この執務室にミニキッチンはなかった。

 ギルド内の休憩室にもミニキッチンはあるし、そもそもギルドには併設されている食堂もあるからだ。しかし、書類を溜めては残業ばかりして執務室にこもることになるヴァイスがいつの日かやけになって自費で設置したのだった。


「ほい、紅茶な」

「ありがとうございます」

「昼飯持ってきたんやろ? 食いながら話そか」


 ヴァイスのその言葉に持ってきたBLTサンドが入った包みをテーブルに置く。紅茶が入ったカップを二つ並べたヴァイスも続けて紙袋をテーブルの上に置いた。

 その紙袋の中からBLTサンドが四つと、あの季節限定のブルーベリージャムとホイップのコッペパンが二つ出てきた。

 体の大きさも理由の一つだが、ヴァイスは健啖家だ。それに本人は隠してはいるようだが甘党でもある。

 いつも休憩と称して併設された食堂でおやつを食べている姿は、ギルド職員ならよく見る光景だった。


 それからヴァイスはエマの隣に腰掛けた。そのせいでソファーのふかふかな座面が傾いて、エマの頭がヴァイスのたくましい二の腕に触れる。


「わ、すみません」

「別に好き同士なんやしええやろ」


 咽せた。それからエマは慌ててヴァイスから距離を取る。


「な、なんっ」

「そないに離れんでもええやん」


 しょんぼりと耳が垂れ下がったヴァイスがエマを見る。

 エマはなんとなく罪悪感に襲われてヴァイスから視線を逸らした。


「……大体、話ってなんの話ですか」


 BLTサンドの包みを開けながらエマが言う。

 すでに一つ目のBLTサンドを平らげたヴァイスは指先についたマヨネーズを舐めとると口を開いた。


「そら昨日の話やろ」

「その話、今ですか」


 休憩中とはいえここは職場なのだ。その話をするのは相応しくないだろう。

 そう思ってヴァイスを見たが、思いがけず真剣な金色の瞳と目が合った。


「今、ここでやないとアカンねん」


 そうして真面目な声音で返ってきたので、エマはまばたいた。

 けれどヴァイスがそこまで言うのなら何か理由があるのだろう。そう思ってエマは頷く。


「わかりました」

「物分かりがよくてええんやけど……プライベートの話やのに、エマはなんでそないに仕事モードのままなん?」


 ヴァイスの疑問にエマは苦い顔をした。

 そして絞り出すように言った。


「……仕事モードじゃないと、アルコールによる昨日の自分の醜態を思い出して今すぐにここから逃げ出したくなるからですよ」

「あ、やっぱし昨日は酔ってたんやな」

「酔ってなかったらあんなこと無理です!」


 そう言ってエマは手で顔を覆う。なぐさめるようにヴァイスに頭を撫でられた。

 うう、とエマの口からうめき声がもれる。


 たしかにクラリッサに釣られて飲みすぎた自覚はあった。昨日は自分のアルコール許容量ギリギリだった。でないと、だって、あんな道端で告白なんてしなかった! もっと花畑とか海とかロマンチックなシチュエーションで告白したかったのに!

 まあ、ずっとそう思っていたせいでエマは二十年以上も初恋を拗らせることになったのだが。


「ほらエマ、終わりよければすべてよし言うやろ」

「勝手に終わらせないでください! んんっ……それで、今ここでその話をしないといけない理由があるんですよね」


 咳払いをして、どうにか落ち着いたエマがそう切り出す。ヴァイスは大きく頷いた。


「ここ防音やからな」

「その話をするために防音なわけではないですけど」


 ギルド長の執務室は防音室になっている。

 それはギルドの機密を守るためであり、今朝のように各地ギルド長との会合のためであり、たまに冒険者ギルドを訪れるこの地の領主様のためだ。決して男女の仲の話をするためではない。


「都合がええっちゅうだけや」

「都合……そうですか」

「せやせや。ほな話すけど、まず僕らが付き合うのはなしや」

「その理由を聞いても?」


 ヴァイスが頷く。それから人差し指を立てた。


「理由はいろいろあるけど、僕がギルド長でエマがギルド職員っちゅうのが一番まずい」


 まずい、とはなんだろう。ギルド長とギルド職員が交際した場合に起こる不利益を考える。

 プライベートのことだから特に問題はないように思えるが。そう考えてからエマはひとつ不利益を思いついた。


「噂には、なりますよね」


 ギルド長とギルド職員の交際。いくら当人同士が秘密にしていても小さな街だからそれはすぐにバレるだろう。それにヴァイスは目立つ。


「この街の人やこの街を拠点にしとる冒険者共はええとしても、外から来る冒険者はなあ」

「人の口に戸は立てられませんしね」

「せやねん」


 そうなると根拠のない憶測も、出どころのわからない噂も回り始めるに違いない。それがいい噂ばかりならいいが、きっとそうではない。

 ガシガシとヴァイスが頭をかく。


「あそこのギルド長は簡単に自分とこの職員に手を出すちゃらんぽらん……まあ手を出してんのは事実なんやけど、そないな噂が出たらギルドの信用問題に繋がるやろ」

「さすがに……いえ、言われかねませんね」

「冒険者にとって情報は命や。噂好きも多い。それに……まあ、それはええか。せやから僕らが付き合うんはちょこっと問題があんねん」


 冒険者は命懸けだ。信用のおけないギルド長のいる冒険者ギルドの依頼を受けなくなるかもしれない。そうなればギルドの運営は厳しくなる。

 それにヴァイスは言葉を濁したけれど、きっと悪く言われるのはヴァイスだけではない。エマもギルド長を体で籠絡したくらいは言われるだろう。

 しかし、それなら解決法がある。


「私、ギルド辞めます」


 エマの言葉が執務室に響いた。

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