15
よく晴れた秋の昼下がり、エマは荷物を運んでいた。引っ越しの荷物だ。
ふう、と息を吐いて額に滲んだ汗を拭う。夏にこの作業をやらなくて本当によかったと、エマは胸を撫で下ろした。
いらないものは人に譲ったり処分したりしたが、エマが一人暮らしを始めてから十二年。荷物はそれなりの量となっていた。
「エマ、これこっちでええのん?」
「あ、はい! 大丈夫です」
それでもヴァイスがいるおかげで無事今日中には片付きそうだった。
ヴァイスの家に荷物を運んで来る時も、ヴァイスに荷車を引いてもらったので本当にヴァイス様々である。
「一応はこれで終わりですね」
粗方片付いた荷物を見てエマが頷く。それを見たヴァイスが伸びをした。パタパタと尻尾が振られる。
しかし、ヴァイスにも手伝ってもらったのに結局荷物を片付けたらすっかり日が暮れてしまった。
ぐう、とどちらからともなくお腹が鳴る音がした。それに二人顔を見合わせて笑う。
さて、昼は簡単に買ってきたもので済ませたが、夜はどうしようか。作ってもいいけれど、少し面倒な気持ちもある。
「今日は疲れたし夜は外行こか」
「いいんですか?」
「ええやろ。エマの引っ越し祝いや」
パタパタと尻尾を揺らしながらヴァイスが笑う。それにエマも笑みを返した。
ヴァイスの家の近くにある酒場は、近所の人たちで賑わっていた。顔見知りに軽く挨拶を交わして席に着く。
そうしてそれぞれ注文を済ませて、運ばれてきた飲み物で乾杯をする。
「おつかれさん」
「お疲れ様です」
エマはジョッキに入ったエールを飲む。その苦味とアルコールが今日の疲れを吹き飛ばしてくれるようだった。
そんなエマを見ていたヴァイスは肩を震わせている。じと、とヴァイスを見た。
「なんですか」
「いや、ホンマうまそうに飲むな思て」
そうしてヴァイスもグラスを傾ける。中身はオレンジジュースだ。
なんだかヴァイスさんの方が可愛いものを飲んでいる気がする。
そう思いながらエマはジョッキを傾けるのだった。
「エマがお酒好きなんは完全に親父さんの血やな」
「でしょうね」
互いに注文したソーセージやチーズ、パンなどをつつきながら話す。ちなみにヴァイスはすでに分厚いステーキを平らげていた。
そのヴァイスの見事な食べっぷりにエマも酒が進む。好きな人の食べるところはいくらでも見ていられる気がした。
「ヴァイスさんってきれいに食べますよね」
「さよか?」
「はい、食べ方がきれいです」
食べづらそうな分厚いステーキもきれいにペロリと食べ切っていた。その食べ方は上品とまではいかないけれど、見ていて気持ちがよくなる食べ方なのだ。
そう思いながらエマは追加のエールを注文する。
「あー、そらアレや」
「どれですか?」
「白って汚れが目立つやろ。せやから、ウチそういうの厳しかってん」
エマはまばたく。
たしかにヴァイスは白い。全身が純白の美しい毛に覆われている。けれど、まさかそんな理由とは。
アルコールも入って少し陽気になっているエマが笑う。ヴァイスは拗ねたような顔をしてみせて、それからエマに釣られるように笑った。
「そういえば、ヴァイスさんのお家に式の日取りは連絡したんですよね?」
「おん、したで」
最初は相手が人間でいいのかと心配していたのだが、無事にヴァイスの家族にもエマは受け入れられている。遠方に住んでいるため、まだ手紙でのやりとりだけで実際には会ったことはないのだが。
新しいエールを持ってきた店員に空のジョッキを渡して、新しいエールを受け取る。
泡のきれいさにエマは目を細めてエールを口に含んだ。おいしい。
「ご両親、式には来られそうですか?」
「来る言うてたで。エマに会うのが楽しみやって」
「……緊張します」
「ま、そんな気張らんでもええて」
「緊張しますよ。ただでさえ領主様もいらっしゃいますし」
エマとヴァイスの式にはエリオットも来ることになっていた。
平民の結婚式に貴族が出るなど聞いたことないが、ギルド長の結婚式ということで殆ど無理矢理に出席することになったのだった。
そのため最初は小さな教会で式を挙げることにしていたのに、結局街で一番大きな教会で式をすることになった。
「いろいろ想定外でごめんなあ」
「想定外ですけど、式の準備してるの楽しいですよ」
結婚式の準備を少しずつ進めるたびに、ヴァイスとようやく結婚できるのだという実感が湧いてくる。
今日から本格的に一緒に住むことになったし、もしかしたらエマは今が一番楽しいのかもしれない。
左手を伸ばして、机の上に置かれていたヴァイスの大きな手に触れる。ふわふわの感触が気持ちいい。店の照明できらりと指輪が光った。
「……ヴァイスさん、今日から毎日一緒のお家に帰れるんですね」
目を細めてヴァイスを見る。そうするとヴァイスも同じように目を細めた。
ブンブンと尻尾が振られる音がする。
「せやな。楽しみや」
「はい、楽しみです」
こうして楽しみを日々ひとつずつ積み重ねていくのだろう。
そう思って、ほどよい疲労感とアルコールで少しだけうとうととしながらエマは笑った。




