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14.5

 ガタンと馬車が揺れる。エマの体が傾きそうになる前に肩を抱いて支える。

 エマの顔を覗き込めば、すやすやと穏やかに寝息を立てて眠っていた。その前髪を梳く。まろい額に唇を落とした。


「おやすみ、エマ」


 馬車の中にはヴァイスとエマしかいない。きっと許されるだろう。そう考えてエマの肩を抱く腕の力を少しだけ強めた。

 柔らかく温かなエマの体からは甘い香りがする。


「……食べたなるくらいかわええなあ」


 ぽつりと呟いて、車窓から外を見る。流れていく景色は夕焼けに染まっていた。

 馬車は、港町からいつもの街へとヴァイスとエマを運んでいる。


 今回の視察、エマを連れてきて本当によかった。

 ユーニスの成長にも繋がったし、いつもよりスムーズに支所長と話し合いが進んだのは間にエマが入ってくれたからだろう。

 特にサメに関する予算の件は助かった。

 今回はフカと呼ばれる大きなサメ三頭が出たため、来期のサメ対策予算の増額を嘆願されたがあそこは内海だ。今回たまたま海流に乗って三頭も現れてしまっただけで、基本的にサメの被害というのはない。そうであるのにそれに乗じて予算増額をふっかけてくる爺さんに困らされていた。

 しかし、エマが昨年までのサメ被害の統計と海流についての資料を出してくれ、支所長は大人しく引き下がったのだった。


「ホンマに優秀で困るわ」


 そっとヴァイスは苦笑する。

 エマは優秀だ。だから、ギルド長としてエマをギルドに引き留めておかねばならない。それはきっと結婚してからもだ。

 エマの左手にある指輪が光る。ヴァイスの愛おしい人であるという証しだ。そして二人で決めた寄り道の約束。


 夕焼けの中、涙ぐみながらも笑うエマは美しかった。ヴァイスの記憶の中でも一、二を争う美しさだったと言える。

 そうして、そのエマの美しい姿はこれからどんどんヴァイスの記憶に刻まれていくのだろう。


「敵わんなあ」


 勝ち負けで言うのならヴァイスはずっとエマに負けている。初めて告白されたときも、プロポーズをしたときも、今日だってそうだ。

 いつもと違う髪型で、ヴァイスのプレゼントとした髪留めをつけて、白いワンピースを翻して楽しそうに笑うエマは本当に可愛かった。


 エマは静かに微笑んでいることが多い。

 子供のころやヴァイスが再び街に帰ってきたときはそうでもなかったと思うのだが、いつの間にかすっかりと落ち着いた雰囲気の女性になってしまっていた。

 勘違いならば恥ずかしいが、おそらくヴァイスとの年齢差を埋めるために必要以上に大人ぶっているところはあるのだろう。

 それがヴァイスにはおもしろくない。エマは澄ました顔もいいが、笑っている顔が一番可愛いのだ。

 だから、港町ではしゃぐエマを見られたことがヴァイスが嬉しかった。嬉しくて、やはり笑顔のエマが可愛くて、敵わないなと思った。この連敗記録は一生止められそうもない。


 エマの右手を取る。髪留めをつけた後、イタズラをするようにヴァイスの指先に口づけたエマ。

 その可愛いイタズラにどれだけヴァイスの心が乱されたか、エマは知らないのだろう。

 そうっとエマの手のひらに口づける。

 ヴァイスとは違って、つるつるで肉球もない柔らかな手だ。


「……ん」


 ふるふるとエマの睫毛が震える。ゆっくりと瞼がひらいて、草原の色をした瞳が夕焼けに照らされた。


「おはようさん」

「……すみません、私寝ちゃってましたね」

「かまへんよ。もう着くし、ええときに起きたな」


 ぎゅっとエマの肩を抱く。まだ起きたばかりでぼんやりとしているのか、エマはヴァイスにおとなしく体を預けた。

 街に着くまであと少し。隣にある体温をきっと幸福と呼ぶのだろう。そう思ってヴァイスは小さく笑った。

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