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14

 トーストをかじりながら、三つ目のベーコンエッグマフィンを食べるヴァイスを見る。

 ぱちり、と目が合った。ヴァイスの顔がぱあっと輝いて、パタパタと尻尾を振っている音が聞こえる。

 トーストを飲み込んだエマが小さく笑う。狼なのになんだか犬みたい。


「どないしたん?」

「いえ、なにも」

「ホンマに? なんや悪いことでも考えてたんとちゃう?」


 エマをからかうように言いながらもヴァイスの金色の瞳は柔らかに細められ、頬はゆるんでいる。愛おしさを煮詰めたような甘い熱を孕んだ視線に、エマの胸がきゅうっと締めつけられた。


 ヴァイスは言葉だけではなく、こうして態度でも気持ちをエマに伝えてくれる。それが嬉しいのにエマはなかなか素直になれない。

 ヴァイスみたいに気持ちを素直に相手へと伝えるのは照れるし、恥ずかしい。けれど、と左手の薬指に触れる。つるりとした感触の指輪に愛おしさを覚えた。


「……そういえば、観光の前に支所長とユーニスさんにちゃんと挨拶をしに行きましょうね」


 結局、勇気が出ずに話を逸らした。

 ヴァイスがまばたいて、首を傾げる。


「昨日挨拶したやん」

「あれを挨拶とは呼びません」


 じと、とヴァイスを見る。

 挨拶もそこそこにエマを抱え上げ、町中を疾走したのを忘れたとは言わせない。


 そういえばフカ討伐の件でエリオットにもお世話になったけれど、ヴァイスはちゃんとお礼を言ったのだろうか。

 心配なのでギルドに戻ってからお礼状を書いてもらうことにしよう。エマはそう心に決める。

 そんなエマを尻目にヴァイスは唇を尖らせて、拗ねたような顔をした。


「せやけど日が落ちる前に行きたかってんもん」

「可愛こぶってもダメなものはダメですよ」


 ぺしゃんと耳を垂れさせる姿は可愛いとは思うけれど、それでエマが絆されると思ってもらっては困る。

 たしかに昨日の夕焼けのプロポーズはエマにとっても特別なものだ。けれど、仕事は仕事。ギルド長としてちゃんとこなしてもらわないと。


「これもお仕事ですよ」


 苦笑しながらヴァイスに告げる。

 そうするとヴァイスは眉間にぎゅっとシワを寄せて渋々頷いたのだった。







「支所長、ユーニスさん、三日間お世話になりました」


 そう言ってエマが頭を下げる。それにデレクは頷きを返して、ユーニスは慌てたように何度もぺこぺことエマに頭を下げていた。


「ま、討伐もあったし、世話したんは僕やけどな」

「ギルド長!」

「ホンマのことやんか」

「……坊主、少しはエマを見習ったらどうなんだ」


 そのデレクの言葉を合図にヴァイスとの言い合いが始まってしまった。その光景にエマとユーニスは目を合わせて苦笑する。

 せっかく挨拶に来たのに、この二人は最後までこうらしい。それが二人らしいと言えば二人らしいけれど。


「支所長、ギルド長もその辺で。そろそろ冒険者の方も来られるんじゃないですか」


 エマとヴァイスが支所に訪れたとき、すでに受付開始の時刻になっていたが、幸いまだ冒険者は来ていなかった。しかし、そろそろ誰か依頼を受けに来てもおかしくない時間だ。


「そ、そうですね! ギルド長さん、エマさん、三日間いっぱいお世話になって、ありがとうございました!」

「そうだな。エマはまた来いよ」

「僕は来年も来るで」

「俺は坊主じゃなくてエマに言ってんだよ、エマに」


 また言い合いになりそうな雰囲気にユーニスは、おろおろとしている。エマはそれに苦笑して、ぱちんと音を立てて手を合わせた。


「さ、支所長もユーニスさんもお仕事もあるでしょうから、そろそろ私たちはいきましょうか」

「ん? おん、せやな」


 あからさまに安心した顔をしたユーニスに小さく笑う。そしてエマは、ヴァイスと並んで支所を後にしようとした。


「エマ」


 ふと、デレクに呼び止められた。

 振り返ると、ガシガシと頭をかいたデレクが照れ臭そうに笑った。


「俺は結婚もしちゃいねェがよ、勝手にお前さんを娘みたいに思ってんだ」


 デレクの言葉にエマはまばたく。

 エマのそんな様子にデレクは頰をかいて、少し複雑そうに笑った。


「坊主と結婚すんだろ。相手が坊主じゃ不安だが、俺はお前さんの幸せを願ってるよ」

「……支所長、ありがとうございます」


 デレクの言葉がエマの胸を温かくさせる。

 ヴァイスはデレクの言葉に唇を尖らせていたけれど、しかしどこか嬉しそうに目を細めていた。


「支所長、私も支所長のこと第二のお父さんだと思ってました」


 そうして告げられたエマの言葉にデレクはまばたいて、それから嬉しそうに笑った。




 支所での挨拶を終えたエマとヴァイスは、漁港近くの広場に来ていた。潮の香りと、海鮮が焼ける香ばしい匂いがする。

 広場には、海鮮をメインとした屋台が多数出ているのだ。


「どこから行くか悩みますね」

「お、アレええやん。ホタテの網焼きやて」

「おいしそう! 行ってみましょう」


 二人の観光のメインはこの屋台での食べ歩きだった。ヴァイスはわりとしっかり食べていたような気もするが、そのためにエマは朝食を控えめにしていたのだ。


 定番のイカ焼きにたこ焼き、少し豪華なクルマエビの串焼きなどもあり、たくさんの屋台に目移りをしながら分け合って食べる。

 そんな中、布を広げ海鮮ではなく雑貨を置いている店を見つけた。


「ヴァイスさん、少し見てもいいですか?」

「かまへんで」


 しゃがみ込んで並べてある雑貨を見る。貝殻やシーグラスを使ったアクセサリーをメインで置いているようだった。


「いらっしゃい、お嬢さん。安くするよ」

「わ、ありがとうございます」


 イヤリングにネックレス、指輪。可愛いアクセサリーに心惹かれる。

 ふと、あるバレッタが目に留まった。

 白い花が四つ並んでついているバレッタだ。よくみるとその花弁は、白い小さな貝殻でできている。買うならこれにしよう、とエマは値段を店主に尋ねる。


「あの、これおいくらですか?」

「それかい? 銀貨二枚と銅貨五枚だけど、そうだねぇ……銀貨二枚でいいよ」


 銀貨二枚。少し悩むけれど、せっかくの旅行だ。記念になるし、買ってもいいだろう。

 そう思ったエマが財布を出そうとしたけれど、それよりはやくヴァイスが支払いを済ませてしまった。


「はい、まいどあり」

「……ヴァイスさん」

「ええやん。僕もこれ着けてるエマが見たなってん」

「もう、ありがとうございます」


 こういう時のヴァイスは引くことはない。後でお返しはするとして、今はおとなしくお礼を言っておく。

 ヴァイスのこういうところにエマは少し困っているのだが、いつか改善される日は来るのだろうか。


「な、これ僕がエマにつけてもええ?」


 そんな風に考えていると金色の瞳をキラキラと輝かせたヴァイスにそう言われた。

 エマはまばたいて、小さく顎を引く。そんな風に言われたら断れるはずもなかった。


「いいですけど、それなら少し隅に寄りましょうか」


 屋台のない場所に移動して、ヴァイスに背を向ける。

 ヴァイスの手が髪に触れ、指先が耳に触れた。ふわふわとした毛がくすぐったくて小さく笑う。


「ハーフアップでええ?」

「はい、お願いします」

「おん、お願いされました」


 エマの頭を撫でるようにヴァイスの手が動く。そうして髪がまとめられて、パチンとバレッタを留める音がした。旋毛に唇が落とされる。


「ん、完成や」

「……ありがとう、ございます」


 屋台から外れた場所にいるとはいえ屋外だ。人目がないわけではない。

 人目があるところでは風紀を乱す行いをしない。そんな決まりをしたから、いつもの街ではエマとヴァイスに普段こうした触れ合いはない。自然と頬が熱を持った。


「ここ、外なのに」

「でも街やないやろ?」

「それは、そうですけど」


 左手の薬指にある指輪に触れる。ここは街ではないからエマも、少しだけ素直になってもいいのだろうか。

 くるり、と振り返ってヴァイスと向き合う。金色の瞳がエマを映した。


「あの、似合ってますか?」

「かわええで。よう似合っとる」


 向き合っているからバレッタは見えないはずなのに自信満々にそんなことを言うヴァイスに笑う。笑って、その手を取った。


「ヴァイスさん」

「どないしたん?」

「ありがとうございます。バレッタも、指輪も、本当に嬉しいです」


 そして、ヴァイスの指先に口づけた。

 ヴァイスがまばたく。なにかを言われる前にその手を握って、引いた。


「ほら、ヴァイスさんはまだ食べるんですよね。行きましょう」

「……せやなあ、次はどこがええやろか」


 握ったヴァイスの手のひらにある肉球が熱い。けれど、それ以上にエマは自身の顔が熱かった。

 さあっと、潮風が吹く。エマの熱い頰を撫ぜるその風がひどく心地よかった。

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