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 冒険者ギルドの支所は港町の駅から徒歩二十分ほどの場所にあった。より海に近い場所にある箱型の白く小さい建物だ。

 その建物の前に人の姿があった。白髪を短く刈り上げた年配の男性である。その人を見たエマは顔をぱっと明るくさせた。


「ギルド長!」


 ヴァイスを置いてその人に駆け寄る。エマのネイビーのワンピースが翻る。

 腕を組み、気難しそうな顔をしていた男性はエマを見て快活に笑った。


「おう、エマじゃねェか」

「ギルド長、お久しぶりです。お変わりなくお元気そうでなによりです」

「ありがとよ。お前さんはまた背が伸びたんじゃねェか?」

「やだ、伸びるわけないですよ。私もう二十八なんですから」


 くすくすと笑うエマに男性も目尻を下げる。

 そこにヴァイスが追いついてきた。


「ったく、置いてくなんてひどいんとちゃう?」

「あっすみません。つい、ギルド長が見えたもので」

「エマ、ギルド長は僕やろ」

「それは、そうなんですけど」


 からからと笑う声がした。目の前の男性が大きな声で笑っている。それから口元を吊り上げた。


「おう、ご立派に嫉妬か坊主」

「その坊主言うのやめえや、支所長」

「支所長! 今は支所長をされているのですね」

「おうよ。街の冒険者ギルド港町支所、支所長のデレクと言やあ俺のことよ」


 ぱちん、と両手を合わせたエマにデレクはからりと笑う。

 デレクは街の冒険者ギルドの前ギルド長だ。

 エマが十六歳で冒険者ギルドに就職してから十年間、とてもお世話になった相手だった。


「で、わざわざ支所長自ら出迎えに来てくれたん?」

「そりゃァな。冬に視察の予定だったのに急に夏に視察するってェ言われたら何かあったかと気になんだろ」

「……いろいろあってん」

「ご領主様と少し。私もその関係で着いて来ましたが、いつもの視察と変わりはありませんよ」


 ヴァイスがエリオットの誘惑に負けた件は省いてざっくりとデレクに説明すると、納得したようにデレクは鼻を鳴らした。


「そうかい。あんまりジェラルドの奴に迷惑かけんじゃねェぞ、坊主」

「せやから坊主はやめえって」

「ま、ちょうど街の方に連絡しようと思ってた案件があんだ。飯でも食いながら話そうぜ。中、入んな」


 デレクが背後にある建物を親指で指した。




 中に入ると街にある冒険者ギルドの三分の一ほどの広さだった。小さな受付があるだけで、食堂も併設されていない。


「奥に休憩室があんだ。こっちから入れる」


 受付の端が自由扉になっているらしい。デレクに続いてエマたちもそこから受付の中に入る。

 受付の中も狭いけれど、配置は街のギルドとそう変わりなかった。支所を見渡せる位置にある席がおそらく支所長の席だろう。

 その席の奥に扉がある。そこが休憩室のようだった。


「ユーニス、客だぞ」


 扉を開けてデレクが言う。パスタを頬張っていた少女が振り返ってまばたいた。


「んぐっ……わ、本物の獣人だ」

「ユーニス!」

「あわ、すっすみません! えっと?」

「はあ……昨日言っただろうに。街の冒険者ギルドから視察で来たギルド長のヴァイスと、」

「ギルド長の秘書兼受付の指導に来たエマと言います」


 ヴァイスたちの紹介を聞くとユーニスと呼ばれた少女はフォークを置いて慌てて立ち上がった。しかし慌てて立ち上がったせいで椅子も一緒に勢いよく倒れている。


「あわ、あわわ」

「とりあえずお前さんは落ち着けユーニス。あー坊主とエマ、このユーニスが支所の受付なんだが、今年入ったばかりでな」

「そうなんですね。ユーニスさん、よろしくお願いします」

「よろしゅう頼むわ、ユーニス」

「は、はいぃ」


 エマたちの挨拶にぺこぺことユーニスが何度も頭を下げる。そして倒れた椅子につまずいて勢いよく転んだ。

 それを見たデレクは頭を抱え、ヴァイスはその様子に肩を震わせている。そしてエマは、どこかぶつけていないかとユーニスに慌てて駆け寄ったのだった。







「で、街の方に連絡入れよか思てた案件って何なん」


 ユーニスが作ったというホタテのパスタを食べながらヴァイスがデレクから話を聞く。

 パスタを飲み込んだデレクが頷いた。


「それが遊泳区域にフカが出やがってよ」

「ふか、ですか?」


 エマが聞き慣れない言葉に首を傾げた。それを見たユーニスが両手を大きく広げる。


「フカっていうのは、こぉーんな大きいサメのこと、です!」

「そうなんですね。ユーニスさん、ありがとうございます」

「あわっい、いえっそんな……えへへ」


 わかりやすく照れる素直なユーニスが可愛い。年はクラリッサと変わらないようだったけれど、後輩というよりは妹のようだと思う。エマにきょうだいはいないので、実際のところはわからないけれど。


「せやったら、ハントの依頼が出とんとちゃうの?」

「出とるがCランクでな。うちの支所じゃ取り扱えんから、そっちに頼もうと思ってよ」

「あー、支所はそういうとこが困んねんな」


 支所は簡単な依頼しか受付できない。具体的には最低ランクのFから二つ上のDランクまでだ。

 冒険者登録もできないので、大抵の者は街の冒険者ギルドに行く。支所を利用するのはこの港町に住んでいる者だけだ。


「わかった。Cランクの冒険者の派遣依頼でも出しとくわ。エマ、帰ったらよろしゅう」

「はい。しかし場所が海ですから、慣れた者でないと難しいかと」

「せやけどサメやろ? サメの討伐依頼にBランクつけんのはなあ」

「何言ってやがんだ、坊主。お前さんがやりゃ話がはやいだろうが」


 デレクの言葉にヴァイスの動きが止まる。そしてエマ、ヴァイス、ユーニスそれぞれ三人の視線がデレクに集まった。

 デレクは腕を組んで鼻を鳴らす。


「元Aランクだろうが。問題あんのか」

「元や元。爺さんが言うから僕は二年も前に引退してギルド長やってんねん。もうボケてしもたんか?」

「ボケちゃいねェさ。こっちは緊急時におけるギルド長の対応を要請してんだ」

「どこが緊急時やねん」

「緊急だろうがよ。出たのは遊泳区域とはいえ近くにフカがいるせいで漁ができねェんだ。生活に関わる。お前さんたちが街に帰ってから冒険者の野郎共に依頼すんなら、あと何日待ちゃいいんだ? 漁師共は一刻も待てねェよ」


 ユーニスはヴァイスとデレクのやりとりを見て顔を青くしている。だが、エマには懐かしいやりとりだった。

 デレクがギルド長を辞めるまで二人はこうしてよく言い合いをしていた。そして、最後はいつも同じ。


「そこまで言うならやったるわ! サメの一頭や二頭、僕が討伐したるわ!」


 デレクに煽りに煽られたヴァイスが怒って、デレクが思い描いた通りの言葉を叫ぶのだ。


「おっと、言い忘れてたがフカは三頭だぞ」

「それを先に言わんかいボケ!」


 ヴァイスの叫び声が支所の休憩室に響いた。

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