第4話 罪状は殺人未遂じゃない
「たすけて、お願い……」
私が震える声を漏らすと、またエリシアさんの口角が持ちあがった。
「そうだ。言い忘れてたけど、あなたの彼氏も捕まえたわよ」
「え? 彼氏って……?」
「あの赤毛の、目立ってるやつ」
「か、彼氏じゃない……!」
「そうなんだ。友達以上恋人未満ってやつ? なんか余計むかつくわね」
「まさか……。オルフェルもこの封印に?」
彼女はなにも答えず、ただ口元を不気味に歪ませる。
オルフェルは炎魔法が使えるから、氷結封印のなかでも、すぐに死んでしまうことはないのかもしれない。
彼なら封印のなかからでも、ランプに火を灯せる可能性も高い。
でも、封印の解除法を間違えれば命はないのだ。最悪の結果が頭をよぎる。
溢れた涙は落ちることなく、目の端で凍り付いた。氷結の封印は残酷なほど冷たい。
「お願い、オルフェルだけでも出してあげて! 恨んでるのは私なんでしょ?」
「ふふ。ほんとうに偽善者ね。そうやって男をだましてるんだ? でもあんな男、やめといた方がいいんじゃない? 調子乗ってるし、すぐ女を殴りそうだわ」
「なっ、なんでそんなこと言うの!? オルフェルは優しいよ!」
「へー、面白い」
「面白くなんかないよ!」
エリシアさんのふざけた態度に、急激に怒りが込み上げてきた。
私が悪いのかもとも思ったけれど、ここまでされる理由はない。
気が付くと私は、怒りに任せて叫んでいた。
「あなたね!? 幽霊だって言われるのが嫌だったんじゃなかったの!? 自分から幽霊になりすまして、こんなことするなんて間違ってるよ!」
「なによ。どうせ私は幽霊なんでしょ。だから私をバカにしたやつらに、幽霊の怖さを教えてあげてるのよ」
「オルフェルはあなたのこと、バカにしたりなんてしてないでしょ? 私だって、相談に来てくれたあなたのこと、すごい子だって思ってたよ!? 変わりたくても変われなくて、それでも変わろうって一歩踏み出して……! そんなあなただから、応援したいと思ってたよ! それをそんなふうに居直って、人を陥れるなんて間違ってるよ!」
「間違ってる間違ってるってうるさいのよ!」
それまで怪しい微笑みを湛えていたエリシアさんは、突然大声をあげて髪をかきあげた。
窓からの月明かりと魔法障壁の光に照らされて、彼女の顔が浮かび上がる。その顔は目の上が腫れ上がり、青黒い痣がたくさんできていた。
あまりに痛々しい彼女の姿に、私は思わず息をのんだ。
「ねえ、エリシアさん、いったいなにがあったの? 今度こそしっかり相談に乗るから! お願い。ここから出して!」
「残念だったわね。私は本当にこれの解除方法を知らないわ。でもそんなに私が間違ってるって言うなら、自分でこの暗号を解読してみたら? 学年主席のミラナさん」
彼女はそう言うと、一枚の紙を広げて見せた。そこに書かれていたのは、アリアさんの日記に書かれていた断章だ。
だけど、それには、日記にはなかった文章が追加されている。
『ただ一度、夜明けの空に祈りをささげ
すすり泣き、凍える手を胸に抱く
けだるい体、思い返すは過去の記憶
てのひら広げ求めるは愛のぬくもり
四つのランプに火を灯し、
生前の姿を思い出せば、氷結の封印は解かれるだろう』
――生前の姿……?
私がその答えを考えようとしたそのとき、エリシアさんの後ろから、ぬっとオルフェルが現れた。
彼の無言のゲンコツが、ゴツンとエリシアさんの頭に落ちる。
「ぎゃふっ!」「オルフェル! 無事だったの!?」
私が叫ぶと同時に、エリシアさんは床に倒れた。
オルフェルが封印の壁に手をついて、私の無事を確認している。
その顔は、ひどく青白くてずいぶん焦っているようだった。
きっと私を心配して、探し回ってくれたのだろう。
「ごめん、遅くなった……。なかなかミラナの言ってた順番が思い出せなくて」
「あの解釈、あってたんだ……」
「大丈夫? すぐ開けるから」
彼は手のひらに小さな火炎球を作り出すと、次々にそれをランプへ飛ばし、順に火を灯していった。
「東、北、西、それから南だな」
私が解釈したとおりの順番だ。私には自分がいま向いている方角がわからない。
だけどオルフェルは、なぜか自信があるようだった。
「あれ? 火はつけたのに封印が解けねぇ……!」
「大丈夫。ちゃんと解けるから」
「本当に?」
オルフェルはまだ少し青い顔で、封印の障壁に手をついて私の顔を覗き込んでいる。
私も冷たい壁に手をついて、彼の顔を少し見つめた。
障壁が消え去っていく。
同時に崩れ落ちそうになる私を、オルフェルがしっかりと支えてくれた。
凍り付いた身体に、彼のぬくもりが心地いい。
「あの断章の解釈、間違ってるかもって言ったのに」
「でも、賭ける価値は十分だろ。ミラナが考えたんだぜ?」
オルフェルの言葉に、なんだか胸が温かくなった。彼は私の解釈を、信じて賭けてくれたのだ。
少しじーんとしていると、彼が私の前にしゃがみ、背中に乗れと言ってきた。
私が素直に手をかけると、オルフェルは私を背負い立ちあがった。
「来てくれてありがとう……」
「来るに決まってるだろ」
「ねぇ。初めてきた部屋なのに、どうして方角がわかったの?」
「え? だって俺、方向音痴じゃねーし……」
「どういうこと……」
理解できずにつぶやくと、オルフェルが「くくっ」と小さく笑った。
大きくて頼もしいその背中に、私は頬を擦り寄せる。
「とりあえず帰ろーぜ。ミラナ早く治療しねーと」
「でもエリシアさん、どうしよう。ほっといていいのかな?」
「まぁ、ここの生徒だからな。別に逃げたりはしねーだろ。先生にでも言っとけば大丈夫じゃねーか」
「そうだね……」
オルフェルの背中は、温かくて眠くなる。
小さな欠伸を漏らしながら、私はその場を離れたのだった。
△
事件のあと、私は休養や取り調べのために三日ほど授業を休んでいた。
あちこち凍傷ができていたけれど、保健室にあった魔法回復薬のおかげで、もうすっかり治っている。
それでも心の疲れは簡単には癒えず、ようやく今日五日ぶりに、相談窓口へ戻ることができたのだった。
窓口に座っていると、依頼者のルシアン君が顔を見せてくれた。彼は私の顔を見るなり、深々と頭を下げた。
「僕が無理を言ったせいで、二人を危ない目にあわせちゃって、ごめんね」
彼の謝罪に、私は首を横に振った。この件で謝るべきなのは、むしろ私の方なのだ。
「ううん。私がエリシアさんを怒らせたせいで、お姉さんが悪い噂を立てられちゃったみたいで……。私の方こそ、ごめんなさい」
「え?」
私の謝罪に、ルシアン君はきょとんとして、少し目を瞬かせている。
「ミラナさんが謝ることはないよ。捜査に来た治安部隊の人から聞いたんだけど、エリシアは実は、姉さんの研究仲間の妹だったんだ。うちの父さんがいじめだの殺人だのって騒いだせいで、その人、学校をやめたらしくてさ……」
「えぇ? そうなんだ……。だからエリシアさんは、あの封印解除の文章を知ってたんだね……」
「うん、結局姉さんの件は事故だったから、その人は悪くなかったんだけど、いろいろとショックを受けたみたいでさ。いまではすっかり引きこもりになって、家で暴れて家族を殴ることもあるらしくて……」
「そっか、それでエリシアさんの顔が痣だらけだったんだ……」
エリシアさんのつらい日々を思うと、私も少し心が痛んだ。私が肩を落としたのを見ると、オルフェルが不満そうに口を開く。
「ミラナが気に病むことはねーよ。あんなことして、俺はいまだにむかついてるぜ。ミラナ、ちょっと甘すぎじゃねーか?」
「そんなことないと思うけど……」
治安部隊の人の話によると、エリシアさんはランプに火を灯せるように火種を用意していたらしい。
だから私は、「エリシアさんが封印解除の方法を教えてくれました」と、治安部隊に伝えたのだ。
それでエリシアさんの罪状は、『殺人未遂』から『傷害罪』に変更された。
実際封印解除のための文章を見せてくれたのだから、間違いではないと思うんだけれど、オルフェルはそれが不満のようだ。
「文章を見せたって、ミラナじゃなきゃあんな暗号解けねーだろ。俺だって、四つのランプに火を灯し……まではミラナに聞いてたからわかったけどさ、そのあとの、『生前の姿を思い出せば』って、なんだったんだ?」
「うーん、なんだろうね……」
オルフェルが天井を見上げて考え込んでいるけれど、私はつい、知らないふりをしてごまかしてしまった。
あの氷結の封印は、魚を冷凍するためのもの。つまり『生前の姿』というのは、水の中を泳ぐ魚の姿だ。
そして『魚』は、魔法の世界では『愛』の象徴。要するにあれは、愛する人を思い浮かべろという意味だった。
オルフェルが答えを知らなくても封印を解除できたのは、つまりそういうことである。
「ん? なんかミラナ、笑ってねー? 本当はなんか知ってんじゃねーの?」
「し、知らないってば……」
「うーん、あやしい……」
――もうこれ以上、詮索しないで……!
△
季節が巡り、あの恐ろしい夜の記憶も、ずいぶん私の中で薄れてきた。
エリシアさんはあれから、ずっと学校を休んでいる。聞いた話ではお兄さんと一緒に入院し、心を治療しているようだ。
その間に幽霊塔の取り壊しが決まり、工事の日も近づいてきた。
今日は久しぶりに、ルシアン君が相談窓口に来ている。彼は丸椅子に座ると、神妙な顔で報告してきた。
「どうやらね、姉さんはやっぱり、幽霊塔にいるらしいんだ。だから、幽霊塔の取り壊しの前に、除霊式をしようって話になってるよ」
「そういや、『幽霊塔のアリア』の噂って全然下火にならねーよな。前みたいに、悪霊なんて言われることはなくなったけど」
「そうなんだよ。エリシアが入院中なのに、幽霊の目撃情報があとを絶たないからね」
「そういやあの噂って、四年前からあったらしいもんな」
――え? それじゃぁ、あの場所には、エリシアさんだけじゃなくて、本物の幽霊もいたってこと!?
ルシアン君とオルフェルの会話を、私は青ざめた顔で聞いていたのだった。
==FIN==
お読みいただきありがとうございました!
こちらは「春チャレンジ2025」のテーマ「学校」で書かせていただきました。
学園ものといえば相談窓口があるじゃないかということで。
サスペンスなので恋愛要素は控えめ?にしてます。
2人の関係が気になった方はぜひ、本編の『三頭犬と魔物使い~幼なじみにテイムされてました~ 』を4章までお読みください(って長いわこのやろうですよね汗)
第一弾の『カタレア一年生相談窓口!〜恋の果実はラブベリー〜』もぜひよろしくお願いします。