第2話 断章の解釈は確定じゃない
「どうしてこの日記で、いじめを受けていたことになったんですか?」
「それが、これのせいなんだ……」
ルシアン君が日記の最後のページをめくると、そこには暗号文のような文章が書かれていた。
『ただ一度、夜明けの空に祈りをささげ
すすり泣き、凍える手を胸に抱く
けだるい体、思い返すは過ぎし日のこと
てのひら広げ求めるは愛のぬくもり』
「これか……? 確かになんか、もの悲しい感じはするな……。でもこれだけで、いじめられてるなんてことになるか?」
オルフェルが不思議そうにその古い日記を覗き込むと、ルシアン君は日記に書かれた文字を指差して、ゆっくりと縦になぞった。
「それがね、この文の各行の最初の一文字を縦読みすると、『たすけて』って読めるんだ。これを見たうちのお父さんが、娘はいじめられて殺されたんじゃないかって、大騒ぎして……。
ほかに証拠がないから、結局その話は認められなかったんだけど、いじめの噂だけが残ったんだ」
「なるほどな……」
いつも賑やかなオルフェルが、腕を組んで唸っている。その表情はすごく真剣だ。
アリアさんは本当の気持ちを日記に書くことができず、ひっそりとこの詩を残したのだろうか。
そう思うとなんだか切なくて、胸が締め付けられるような気持ちになった。
真相はわからないけれど、とにかくこれがきっかけで、彼女は不名誉な噂を立てられることになってしまったらしい。
――でもこの文章、どこかで見たことがある気がするんだよね。
――なんだっけ……?
ふと気になった私は、その詩を心のなかで反芻しながら、自分の知識を探ってみた。
――あぁ、そうだ。図書館で見た文章に似てるんだわ……。
あらためて文章を一文一文確認する。
やっぱりそうだ。文章自体は違うけれど、いくつか同じ単語が使われているため、雰囲気が似ているように感じるのだ。
――間違いない。
そう思った私は、いま気づいたことを、二人に説明し始めた。
「もしかして、これは、封印解除の断章かもしれないですね……」
「え? 断章?」「なんだそれ?」
「断章っていうのは、文章の一部という意味です。つまり、封印を解くための暗号の一部ですね」
「ふむ……?」
不思議そうな顔で私を見詰める二人。私は少しドキドキしながら、日記の文字を指差して、一行ずつ指でなぞっていく。
「多分この一文一文は、方角を示しているんじゃないかと。
『ただ一度、夜明けの空に祈りをささげ』は、神に祈るときに体を向ける方角、闇属性魔法では東とされています。
『すすり泣き、凍える手を胸に抱く』は、寒い方角で北。
『けだるい体、思い返すは過ぎし日のこと』は、過去を表す方角、すなわち西。
最後の『てのひら広げ求めるは愛のぬくもり』は、愛を表す方角、つまりは南ですね。
だからこの文章は、東、北、西、南の順番でなにかをすることで、封印が解除されることを示して……」
私が文章を読みあげながらそこまで言うと、二人の瞳がキラキラしはじめた。
「ミラナすげー……」
「驚いた。さすが、学年主席だ……!」
「そ、そんな……。大したことでは……」
感心しきった二人の声に恥ずかしくなり、私は思わず真顔を作った。
この解釈を思いついた瞬間は、本当に確信めいた自信があった。
これまでの勉強で得た知識が、まるでパズルのピースのように綺麗にはまり、気持ちよく答えが浮かびあがるような。
普段から真面目に勉強している自負はあるし、その知識が役立つときには、私は大きな達成感に満たされる。
だけどこんなにキラキラした顔で見詰められると、急に自信がなくなってきた。
学年主席だなんて言っても私はまだ一年生だ。魔法の知識を深めるのは、まだまだこれからだといえる。
ついつい調子に乗って、自信満々に解説してしまったけれど、これは本当に正解なのだろうか。
私の口は、もごもごと言いわけを並べはじめた。
「や……闇属性には封印魔法がたくさんあるから、たまたま、ちょっと勉強してただけなの……。それに、封印解除には例外もたくさんあるから、この答えが絶対だなんて言えないし……。
そもそも断章だから、ここだけわかっていても仕方がないっていうか、私は闇属性だから氷結の封印なんて専門でもないし……」
「ぷは。そんなに必死にならなくていいのに。ミラナさんって案外面白い人なんだね。もっとツンとした人なのかと思ってたよ」
「だろ。ミラナって可愛くて賢いのに、一生懸命で可愛いよな」
「オルフェル君、好きがダダ漏れだね」
「もう。二人して揶揄わないで!」
ごちゃごちゃと言いわけしすぎて、今度は二人に笑われてしまう。
オルフェルが『可愛い』なんて言ってくるから、ますます顔が引きつってしまった。
自分でも嫌になるくらい、私は本当に不器用だ。
「こんなのほんとに、間違ってるかもしれないんだから、絶対信じないでね? 封印魔法って、解除方法間違えると、本当に危険なんだから」
「うんうん。わかったよ」
「確かに。前に封印解除に失敗したやつが、家ごと宇宙までぶっ飛んでったって聞いたことあるぜ。ただじゃすまねーって話だよな」
「それは大惨事だね」
オルフェルが冗談めかして話すせいで、ルシアン君まで微笑んでいる。
まったく本当にこの人たちは、封印解除の危険性をきちんと理解しているのだろうか。
あまりにあっさり頷かれると、逆に不安になってくる。
だけどさっきまでの重い空気は、なんだか少し和んだようだ。
相談室ではずっと敬語でとおしていたのに、気が付くと素に戻ってしまっている私がいた。
「ありがとう。正解かどうかは別として、ミラナさんのおかげで確信したよ。この文章はいじめの証拠なんかじゃない。姉さんは亡くなる日の朝もいつもどおり元気だったし、信じられないと思ってたんだ」
「そうだよな。この学校、魔法使えるやつばっかだし、幻覚魔法でもなんでも使えば、幽霊くらい見せられるだろ。きっと、悪霊はだれかのいたずらじゃねーか?」
「うんうん。あの優しい姉さんが、化けて出て人にケガさせるなんて、ありえないと思う」
「じゃぁ、噂がイタズラだって証拠を見つければ、幽霊塔のアリアの噂を消せるかもしんねーな!」
オルフェルの話に、ルシアン君はますます瞳を輝かせている。
私もここまで聞いた限りは、この問題を解決したい。
今度こそは相談者の悩みを解決し、元気になってもらいたい。
「じゃぁ私が幽霊塔に行って、幽霊の正体を調べてくるね!」
「え? ミラナが行くの?」
私の発言に、オルフェルが意外そうな顔をした。
この相談窓口は、基本的には相談の受付場所なのだ。
その場で解決できない問題は、スクールカウンセラーに紹介したり、生徒会の先輩たちが結成している調査班に任せることが多い。
だけど私は、先日エリシアさんに『冷たい』と言われてしまったことを、まだ引きずっていたのだろう。
簡単に人任せにはできないと、自分の心を奮い立たせた。
とはいえ、正直なところ、私は幽霊がかなり怖い。
きっとイタズラだと思っていても、足がプルプル震えている。
私はついつい、オルフェルのローブを掴んでいた。
「……オルフェルも来てね」
「っっ!? もちろん! ミラナが行くなら俺もいくぜ! 幽霊塔に乗り込んで、騒ぎを起こしてるやつを捕まえてやるぜ!」
オルフェルは突然立ちあがると、拳を握りしめて気合いを入れた。すごくやる気になっているようだ。
「二人ともありがとう! 期待してるよ!」
こうして私はオルフェルと二人、幽霊塔へ乗り込むこととなったのだった。
△
私たちはルシアン君と別れてから、さらに三件の相談を受けた。
そのあとは職員室に立ち寄って、幽霊塔への立ち入り許可を求めたのだけれど、これにはなかなか時間を取られてしまった。
そのうえほんの少し道に迷って、時間はもう夜に近づいている。
円形の塔になったその建物の上空には、どんよりとした暗い空が広がっていた。
――わぁ、本当に幽霊がでそう……。
恐怖心をオルフェルに悟られまいと、私は懸命に真顔を作っていた。だけど彼の方をちらりと見ると、なぜだかニヤニヤ笑っている。
「なによ……?」
「いや、ミラナって、本当に方向音痴だなと思って……」
「えっ? 方向音痴じゃないもん」
私は思わずムッとして、くるりと彼に背中を向けた。
確かにオルフェルの意見を無視して、少しだけ遠回りしたかもしれない。
だけど、一応は辿りつけたし、言われるほど酷くない。
……と思いたい。
「だって、ここ三年生しか使わない場所だよ。だれだって迷うよ」
「そうだな……。俺も初めてきたぜ」
あらためて幽霊塔を見あげる私たち。
近づくにつれ、どこからともなく不気味な音が響いてきた。
まるでだれかが助けを求めて、必死に叫んでいるかのようだ。
私が思わず足を止めると、オルフェルの冷静な声が背後から響いた。
「風の音だぜ」
「わかってる……」
思わずゴクリと唾をのむと、彼が片手を差し出してきた。