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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第13章 恋愛は甘いだけじゃない

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第6話 君と一緒に次の春へ歩きたい

 数日後の昼休み。陽射しはまるで校舎を特別に愛しているみたいに降り注ぎ、風までほんのりと柔らかな温もりを運んでくる。生徒たちは廊下や校庭、教室の隅に三々五々集まり、私はいつものように星奈と一緒に屋上へと向かった。


「今日の天気、最高すぎない? 完全に休日でしょ」


 星奈は伸びをしながら首を軽く回し、陽に揺れる髪をきらめかせる。


 私もつられて顔を上げた。青空は水で洗い流したみたいに澄みきっていて、陽光が灰白の床タイルに降り注ぎ、足取りまで軽くなる。


 欄干のそばのベンチに腰を下ろすと、風が膝の上の弁当布をふわりと持ち上げた。


「え、今日も手作り?」


 星奈が身を寄せてきて、目を輝かせる。


「うん……星奈の好きな卵焼き、入れてあるよ」


 少し照れながら蓋をずらし、自然を装って中身を見せる。


 彼女は一目で声を上げた。


「わ~っ、この卵焼き完璧すぎるでしょ! しかもハート型のニンジンまで? これ、完全に恋人専用サービスじゃん!」


「ち、違うって……たまたま切っただけだから……!」


 顔が一気に熱くなり、マフラーに身を潜めて、目だけを彼女に向ける。


 私たちは笑いながら弁当をつつき合い、おにぎり一つが会話のきっかけになっていた。星奈と一緒だと、どんなにありふれた日常も、不思議と楽しくて温かいものに変わっていく。


 食べ進めている途中で、星奈がA4の紙束を取り出した。見覚えのある文字に、私は思わず目を輝かせる。


「これ……新しい原稿?」


「うん。昨日の夜、一時まで書いちゃって……つい夢中になっちゃった」


 彼女は笑いながら、膝の上に原稿を広げて見せる。


 私はすぐに身を寄せ、期待を隠せない瞳で見つめる。


「ちょっとだけ……見せてくれない?」


「ん~だめ」


 彼女はあっさりと原稿を引っ込め、まるで宝物を隠すみたいに後ろへ回した。


「えぇぇ~お願いっ! 一段落だけでいいから! 主人公がヒロインとどうなるのか気になるんだよ!」


 懇願しながら手を伸ばすけれど、星奈はするりと身を翻してかわしてしまう。


「だ~め~。これはまだ初稿。そんな簡単に見せられないよ。神秘感は残しておかないとね~」


 わざと焦らすように笑う彼女は、まるで小悪魔みたいな猫。顔には「絶対見せないよ」と書いてあるような得意げな表情が浮かんでいた。


「……星奈のいじわる」


 私は頬を膨らませ、ぷいとそっぽを向いた。


 数秒後、星奈はそっと私の耳元に顔を寄せ、小さな声で囁いた。


「でもね、特別に一部だけ読んであげてもいいよ」


 思わず目を瞬かせて振り向くと、彼女はさらに近づいて、さっきよりもずっと優しい声で言った。


「物語のヒロインにはね……私がずっと守りたいと思う瞳があるんだ」


 呼吸が一瞬止まった。それは小説の一節のようでいて、言葉を超えて、真っ直ぐに私の胸を打ち抜いた。


「……星奈」


 俯いたまま、耳が焼けるように熱い。心臓はリズムゲームの難関ステージみたいに、制御不能なほど跳ねていた。


 彼女はぱちりと瞬きをして、いたずらっぽく微笑む。


「だめ?」


「……反則だよ」


 小さく答えながら、箸を握る手にぎゅっと力が入る。けれど、口元に浮かぶ笑みは抑えきれなかった。


 食べ終わった後、私たちは肩を並べて座り、風は静かに屋上の欄干をすり抜けていく。陽射しは影を長く伸ばし、二人の輪郭をやわらかく重ねていった。


「気づけば、もう高一も終わりだね……」


 私は校舎の方を見つめながら、ぽつりと呟く。


「うん、本当に早いよね」


 星奈も前を見つめながら答える。その横顔は淡々としているのに、奥にはかすかな揺れが見え隠れしていた。


「最初は全然慣れなくて……でも今は、どの思い出も手放したくないんだ」


 私は彼女を見つめる。すると、彼女はふっとこちらに微笑んだ。


「だからね、高二になったら新しいことに挑戦してみたい。例えば……生徒会に立候補するとか。何かを変えてみたいし、誰かのために動ける場所に立ちたいんだ」


 少し言葉を切り、彼女の瞳がかすかに輝く。


「それと……もしよかったら、一緒にやってほしい」


「わ、私? でも……」


 目を丸くし、思わず慌ててしまう。


「私なんて何もできないし、役に立てるかどうか……」


「遥がいてくれるだけで、十分なんだよ」


 その声は静かで、けれど確かな安心を運んでくる。


 私は視線を落とし、小さく頷いた。


「……星奈と一緒なら、やってみたい」


「それからね、もう一つ小さな願いがあるの」


 横を向き、少しだけ期待をにじませた瞳で言った。


「高二も同じクラスになりたいな。できれば、ずっと同じクラスがいい」


 その瞬間、陽射しが急に眩しすぎて、思わず俯いてしまった。手のひらをきゅっと握りしめながら。


「……私も」


 願いは何度も口にする必要なんてない。その一言があれば、私はずっと、ずっと心に刻んでいられる。


 ——私も、ずっと君のそばにいたい。小説の中のヒロインでも、現実のまだ未完成なこの物語でも。君が紡ぐ物語なら、私はその登場人物のひとりでありたい。

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