表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第13章 恋愛は甘いだけじゃない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/115

第4話 ラブレターのサプライズ

 夜の部屋で、私はひとり机に向かい、あの想いが詰まった小さな箱を開けた。


 《遥へのラブレター》


 そのタイトルを見ただけで、いまだに体中が熱くなる。手稿を両手で抱えると、紙の端がわずかに反り返っていて、それが星奈が一枚一枚心を込めて綴った証のように思えた。


 部屋の中は静まり返り、聞こえるのは時計の針が刻む音だけ。ページをめくるたびに映し出されるのは、彼女が描いた架空の登場人物と私の物語。初めて出会ったときから、少しずつ近づいて、初めて手をつないだときのときめきまで……どの場面も甘くて恥ずかしくて、何度も両手で顔を覆わずにはいられなかった。


 けれど、最後のページをめくったとき、そこに書かれていた文字は印刷ではなく、星奈の直筆だった。まるで私のために用意された「おまけ」のように。読み進めるうちに、自然と目頭が熱くなる。そこにはこう綴られていた。


「遙へ」


「これは小説だって言ったけど、このページだけは違う」


「いつもそばにいてくれてありがとう。いつもあんなに優しい眼差しで見てくれてありがとう。私にたくさんの欠点があっても、それでも好きでいてくれてありがとう」


「私は完璧な人間じゃないし、いつだって遙を笑顔にできる恋人でもない」


「でも、もし遙が望んでくれるなら、迷って不安になるたびにその手を掴むよ。『大丈夫』って下を向いて言うたびに抱きしめて、ずっとそばにいるって伝えるよ」


「このページは小説じゃなくて、遙へのラブレター。私の本心」


「ハッピーバレンタイン。私は遙のことが好きだよ」


 気づかないうちに涙が頬を伝い、紙の上にぽたりと落ちた。慌てて袖で拭ったけれど、文字は少しにじんでしまった。


「……ばか星奈……」


 思わず呟いた声は震えていたけれど、口元は自然と緩んでいた。


 窓の外には静かな夜が広がり、月の光が机の上の紙面をやさしく照らす。指先でそっとなぞったのは、最後の一行。


 ──好きだよ。


 手の中にあるのは小説なのに、そのまま私の心に直接刻まれていくようだった。今年のバレンタインは、私の人生で初めて受け取った、私だけの告白。そして、ずっと心の奥にしまっておきたい愛の形だった。


 ***


 翌朝、私は鞄を抱えながら、その原稿をノートの一番奥の層に大事に挟み込んだ。小説の最後に星奈が自筆で書いた「好きだよ」という一言を思い出すたびに、心の中が羽でそっと撫でられたみたいにくすぐったくなって、ほんのり熱を帯びる。


「小説で告白してくるなんて……」


 思わず小さく笑ってしまい、頬が熱くなる。けれど足取りは雲の上を歩いているみたいにふわふわと軽かった。


 午前中の授業は、まるで頭に入ってこなかった。いや、正確には、斜め後ろの席に座っている星奈が笑いながらこちらを見るたびに、頭の中が真っ白になってしまうのだ。


 昼休み、彼女はお弁当を手に私の席の前に立った。


「一緒に食べよ?」


 私は頷いて立ち上がろうとした。けれどそのとき、隣の席の女子がちらりとこちらを見て、顔を寄せ合いながらひそひそと囁き合っているのに気づいた。


「……あの二人、最近仲良すぎじゃない?」


「昨日、神崎さんが佐藤さんに小説を書いて渡したって……本当なの?」


 私の動きが止まった。指先が無意識に強く握りしめられ、全身が何か見えない視線に包まれているような感覚に陥る。


「どうしたの?」


 星奈が小首をかしげて尋ねる。


「な、なんでもないよ……行こ」


 笑顔を作り、彼女と一緒に教室を出た。けれど廊下を歩きながら、私の足取りは自然と遅くなっていく。胸の奥のどこかで、淡い不安が広がりはじめていた。


 これまで、私と星奈との距離を気にする人なんていなかった。なのに今は、ほんの少し近づくだけで、誰かの視線が突き刺さり、誰かの囁きが背中にまとわりつく。その見えない拡大鏡のような視線が、あまりにも慣れなくて、私は思わず俯いてしまう。


 ――これが、「恋人」になった後の現実なのかもしれない。幸せだけじゃなく、言葉にできない重さまで一緒に背負うことになるんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ