第15話 彼女が可愛すぎて心臓が跳ねた
席に戻って鞄を膝に乗せたまま、ついぼんやりしてしまう。指先はまだノートの上に置かれているのに、頭の中は昨日のことでいっぱいだった。
あの河川敷。夜風は少し冷たくて、頬に触れるとわずかに刺すような感覚があったのに、胸の奥はどうしようもなく温かかった。私たちは並んで腰掛け、夕陽が地平線に沈んでいくのを見ていた。世界の半分が深い紫と橙色に染まり、あたりは驚くほど静かで、残っているのは夜の気配と、ときおり頬をなでる風、それからかすかすぎて聞こえないほど小さな私たちの呼吸だけ。
やがて空が暗くなり始めると、星がひとつ、またひとつと瞬きはじめた。いつもよりはっきりと、そして強く輝いて見える。まるで今夜の私の、抑えきれずに跳ねる心臓に呼応して、きらきらと光っているみたいだった。
その星空の下——私は遥に口づけをした。夢みたいだった。いや、違う。それは夢よりもずっと鮮やかで、夢よりも少し甘かった。
本当はすごく緊張していた。あのとき表面上は落ち着いて見えたかもしれないけれど、実際に顔を近づけるまでに、心の中では少なくとも十回は自分に問いかけていた。
「こんなに早くていいの?」
「引いてしまわないかな?」
「私、欲張りすぎ?」
でも……遥がぱちりと目を見開いた瞬間、その顔がゆっくりと赤く染まっていくのを見て、まるで怯えた小動物のように固まった姿に、私の心はふわりと柔らかく甘い感情に包まれた。
やっぱり……遥も、私に少しだけ特別な気持ちを持ってくれているのかな。彼女は私を突き放すことも、背を向けることもなかった。ただ、かすかに震える声で私の名前を呼んだだけ。
その声は、風のように細く、心に降り積もる雪のように軽やかだった。今でも、まるで耳元で囁かれたかのように、はっきりと鮮明に思い出せる。
キスをしたとき、初めて気づいた——遙の唇はとても柔らかい。これが女の子の唇の感触なんだ。女の子とのキスって、こんなにも違う鼓動をもたらすんだ。その瞬間の感覚は、今までのどんな経験とも違って、彼女だけの温もりと香りに満ちていた。
もう一度顔を近づけ、二度目のキスをしたとき、遥は少し震えていたけれど、それでも目を閉じて、おとなしく受け入れてくれた。
あの瞬間、本当に可愛かった。可愛すぎて、何度でもキスを重ねて、彼女が恥ずかしそうに戸惑う姿を全部、心の奥にしまい込みたくなった。
帰り道、街灯が長い影を落とす中、私はスマホをぎゅっと握りしめて歩いた。力が入りすぎて指先が少し白くなる。画面には、私たちのトーク画面が開かれている。
長く悩んだ末に、ようやく一番シンプルなメッセージを打ち込む。
「もう家に着いた?」
そうして間もなく、画面がぱっと明るくなった。遥からの返信だった。
私はその短い一行を、長い間じっと見つめていた。心臓は速く、不規則に跳ね続けている。その文面は、いつもの彼女らしく控えめで、それでいてほんの少し柔らかさとためらいが混ざっているように見えた。まるで送信ボタンを押すべきかどうか、何度も確かめているみたいだった。私は想像できた。きっと彼女はスマホを手に眉を寄せ、言葉を選んでいる——まさに今の私と同じように。
本当はこう返したかった。「さっきの反応、本当に可愛かったよ」って。それから、「今、すごく会いたい」って。
でも、あまり多くを言えば、遥を恥ずかしがらせてしまうかもしれない。それに、急ぎすぎてしまえば、怖がらせてしまうかもしれない。だから私はこらえた。だけど、私の気持ちは、もう余計な言葉なんてなくても溢れ出していた。
夜空は、記憶のどの夜よりも深く、どの瞬間よりも美しかった。なぜなら、今夜の私は、もうはっきりと、そして確かに——遥を好きだと認めざるを得なかったから。
***
今朝、私はいつもよりずっと早く学校に着いた。
教室の窓辺に寄りかかり、落ち着いたふりをしていたけれど、本当は一晩中ほとんど眠れなかった。不安だからじゃない。頭の中で何度も繰り返されていたのは、彼女の声、彼女の表情、そしてあのキスの瞬間にゆっくりと目を閉じた姿だった。
どうやって遥に向き合えばいいのだろう。何事もなかったふりをするべきなのか。それとも……彼女は私の視線を避けるのだろうか。
指先で窓枠を軽くつかむ。冷たい金属に触れた手のひらがわずかに震えた。深呼吸をして、ぐちゃぐちゃになった考えを落ち着けようとしたそのとき、遥が教室に入ってきた。いつもより少しゆっくりした歩調。顔には何か確信の持てない感情が隠れていて、まるで何度も心の中で練習した台詞を抱えているのに、まだ言う勇気が定まらないようだった。
そして彼女が顔を上げ、私と目が合った瞬間、昨夜までのためらいや不安、夜中に自分に問い続けたことは、潮が引くように静まっていった。
彼女だ。昨夜、星空の下で私がキスをした女の子。毎日少しでも長く見ていたいと思う、佐藤 遙。
私は思わず笑みをこぼした。からかうためでも、平然を装うためでもない。ただ、本当に心から湧き上がる好意と期待のせいだった。
遥は一瞬きょとんとし、私の視線に驚いたように急いで俯き、自分の席へと向かった。その足取りは少し慌ただしくて、まるで秘密を見られたみたいだった。その反応が、たまらなく可愛い。
私は彼女の背中を見つめながら、抑えきれずに口元が緩むのを感じ、ゆっくりと彼女の席へ歩み寄った。そして少し身をかがめ、軽やかな声色にほんの少し悪戯っぽい優しさを混ぜて言った。
「おはよう、遙」
「……おはよう」
その声を聞いた瞬間、遥はまるで心の奥の一番柔らかい場所をそっと突かれたみたいに顔を上げた。小さな声で、その響きはまるで目覚めたばかりの子猫のように柔らかくて、その一瞬で私は思わず頭を撫でてあげたくなった。
私は笑いをこらえ、わざともう少し近づき、彼女の机の横で身をかがめ、声を落として問いかける。
「昨日放課後のこと、覚えてる?」
遥はぱっと目を見開き、顔が一瞬で真っ赤に染まった。熟れたリンゴのようなその表情は、いたずらしたくなるほど愛らしくて、それでいて抱きしめて慰めたくなるほど愛おしい。
私はやっぱり笑いをこらえながら、小さな声で言葉を添えた。
「私はね、はっきり覚えてるよ。あの可愛い表情」
口調は冗談めかして装ったけれど、心の中ではこれっぽっちも軽い気持ちじゃなかった。
遙、知ってる? 私はからかいたくて言ってるんじゃない。笑わせたいわけでも、照れさせたいわけでもない。ただ……本当に好きなんだ。好きすぎて、もう一度君の頬が赤くなるのを見たくなってしまう。君の視線を私に向けてほしい。君の声で私の名前を呼んでほしい。たとえほんの少し、たった一秒、たった一言、たった一度の視線のやりとりでも、私はきっとバカみたいに嬉しくなる。
だから、待つよ。少しずつ、この「好き」に慣れてくれる日まで。遥がいつか、その声で、その口から——私だけに向けてこう言ってくれる日まで。
「星奈、私……あなたのことが大好き」
そのときが来たら、私はもう軽くキスをするだけじゃ終わらせない。君を抱きしめて、この想いを、惜しみなく、すべて伝える。君がはっきりと感じられるようになるまで——私がどれほど遥を好きなのか。




