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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第12章 昨日より、もう少しだけ君が好き

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第8話 雨の中の距離は、思ったより近くて

 今日の放課後、空は重く沈んでいて、まるで雲の上に押しつけられた沈黙の重みみたいだった。教室を出たとき、校庭にはもうほとんど人がいなくて、廊下を吹き抜ける風は湿った匂いを運んできた。


 星奈と肩を並べて駅へ向かう小道を歩く。空はまるで洗い流した墨みたいに灰色で、胸が少し詰まるような重さがあった。


「なんか蒸し暑いね……雨、降るかな」


 私は不安げに低く垂れ込めた雲を見上げながら言った。


「傘、持ってないの?」


 星奈がこちらを一瞥する。その声色は強くないけど、予想してたって顔をしていた。


 私は唇を噛み、気まずそうに小さくうなずく。


「だって、ただの曇りかと思って……」


 星奈は特に何も言わずに、口角を少しだけ上げて淡く笑った。その表情は「本当にしょうがないな」って言ってるみたいだった。


 そして、その笑みがまるでフラグみたいになった。歩き出してすぐに、空が急に暗くなり、ポツポツと雨粒が落ち始めた。最初は探るように軽く叩く程度だったのに、すぐに音を立てて叩きつけるように降り出した。


 私たちは慌ててコンビニの軒先に駆け込んだ。歩道に落ちる雨粒は跳ね返り、灰色の景色を雨音が細かく急なリズムで切り刻む。


 私が何か言う前に、星奈はもうバッグを探り始めていた。そして、きちんと畳まれた灰色の折りたたみ傘を取り出した。開いた瞬間、傘の布を叩く雨音が響いて、私たちの世界は柔らかく仕切られた。ただ、互いの呼吸だけが静かに聞こえた。


「ほら、一緒に入ろ」


 私はこくんと頷き、慎重に彼女の側へ寄った。傘はあまり大きくなくて、入ってみると思った以上に距離が近かった。


 星奈が持つ傘は少し斜めに傾いていて、明らかに私側を多めに覆っていた。傘の端からは糸のように雨水が垂れ落ちて、外の世界をぼやかしていく。傘の下に残されたのは、私たち二人だけだった。


 肩がほとんど触れ合いそうで、服の布同士が擦れる感触がはっきり伝わる。彼女からは柔らかな洗濯の香りがした。清潔で、少しだけ陽に当たったような温もりを含んでいて、湿った雨の空気と混じり合い、どうしようもなく胸が高鳴った。


 私は必死で呼吸を整えながら、顔をそむけたまま、もし振り返ったらぶつかっちゃうんじゃないかと心臓をバクバクさせていた。


 けれど、そっと横目で星奈を見ようとした瞬間──ちょうど彼女も私を見ていた。視線が短くぶつかって、まるで空中で二つの水滴がぶつかって弾けるように、心の中が波紋を描いた。


 私は慌てて視線を逸らし、耳まで熱くなった。でも、星奈は口元をわずかに上げて、まるで最初から私の反応を知っていたみたいに笑った。


「何を隠してるの?」


「わ、私、別に隠してないし……」


「ふーん?」


 彼女の声がわざとらしく伸びて、少し意地悪そうな響きを帯びる。


「じゃあ、なんで顔赤いの?」


 私は何も言い返せなくなって、結局うつむいてしまった。まるで雨に濡れた子猫みたいに、慌てて、でもおとなしく黙っていた。


 星奈はもう笑わなかった。ただ、ふいに近づいてきて、耳元、ほとんど吐息が触れる距離でそっと囁いた。


「でもね、離れるつもりなんてないから」


 その声はとても軽くて、近くて、私の心のいちばん柔らかい場所に落ちた。その瞬間、心臓が何か温かいものでぎゅっと抱きしめられたみたいに熱く締めつけられて、胸の奥がじんと痛くなった。泣きそうなくらいだった。


 雨はまだ降り続いていて、外の世界は騒がしかったのに、傘の中は私たちの呼吸音しかなかった。喉が詰まってしまったみたいで、やっと絞り出した声は雨音に消えそうなほどか細かった。


「……そんなふうに言われたら、本当に無理だから……」


 星奈はすぐには答えなかった。ただ静かに手を伸ばして、ゆっくりと私の指を取ると、自分が握っている傘の柄を持つ腕へと導いた。湿った空気とひんやりした風を隔てて伝わる、その柔らかい体温を感じた瞬間、私の心はまるでこの雨の中に溶けてしまったみたいで、全身がそのぬくもりに包まれた。


「ねえ……知ってる?」


 彼女は私を見ずに、傘の中でそっと声を落とした。その声はとても小さいのに、水滴が心に落ちるみたいに、幾重にも優しい波紋を広げた。


「雨が止むより……この道がもっと長ければいいのに」


 思わず息を呑んで星奈を見上げた。彼女は笑ってもいなかったし、いつものような茶化す調子もなかった。ただ静かに前を見つめて、その瞳には少し滲むような光が宿っていた。世界に残っているのは、この雨と私たちだけみたいだった。その瞳の奥には深い海があって、彼女が簡単には言えない優しさや期待を全部抱え込んでいた。


 私は何も言えなかった。ただ胸がきゅっと締めつけられて、喉が詰まった。でも心の中で強く頷いた。


 ──恋って、派手にときめくことじゃなくて、こうして「もう少しだけ一緒にいたい」って思うことなんだ。


 雨はまだ降っていたし、冷たい風も吹いていたのに。小さな傘の下でそっと腕を組んだその瞬間、私たちの影は太陽よりも温かかった。傘の中の空気は相変わらず湿っていたけれど、もう寒さなんて感じなかった。だって彼女がここにいて、私もここにいるから。今、私たちはちゃんとお互いの世界にいるんだ。

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