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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第12章 昨日より、もう少しだけ君が好き

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第7話 夜と朝の鼓動

 夜が更けた。部屋の中は机のライトだけがぼんやりと灯っていて、壁に淡い影を落としている。暖かみのある黄色い光が布団の端を照らし、私はスマホを抱えたままベッドに横になっているのに、どうしても落ち着けなかった。


 頭の中では、今日の廊下でのあの瞬間ばかりが何度もリピートしていた。星奈が急に近づいてきて、吐息が耳に触れるほどの距離で、あの囁くような声で言った――「その笑顔……私だけにちょうだい」


 思い出しただけで、顔が真っ赤になった。あの瞬間は現実味がないほどで、でも心臓が痛いくらいにときめいた。


 スマホの画面を見つめて、指を止めたまま長い時間が過ぎた。そして、ついに送信ボタンを押した。


「今日のこと……怒らないでいてくれて、ありがとう」


 すぐに返信が来た。


「怒ったわけじゃないよ。ただ、どれだけ遥のことが好きか知ってほしかっただけ」


 その文字を何度も読み返した。まるで心に刻み込むように。


 続けて、もう一通届いた。


「遥の笑顔、ずっと守るから」


 それを見た瞬間、思わず布団に顔を埋めた。体ごとくるんと丸まって、スマホを胸に抱きしめたまま、震える指で返事を打った。


「私も……全部、星奈だけに見てほしい」


 送信したあとも、しばらく枕に顔を埋めて動けなかった。やっとの思いで画面を覗くと、「入力中…」の文字が表示されて、私の心臓も少しずつ高鳴っていった。


「毎日ずっと見てるから。どんな遥でも好きだよ」


 ただの文字なのに、まるで隣で、あの優しい声で一言一言ささやいてくれているみたいだった。


 私は唇を噛んで、少しだけ笑った。そしてそっと返した。


「……おやすみ、星奈」


「おやすみ。夢でも会おうね」


 その最後のメッセージを見て、スマホを握ったまま、また顔を布団に埋めた。彼女がいてくれるだけで、こんなに安心して眠れるんだと思った。そして今夜の夢には、きっとあの笑顔が出てくるんだ。


 ***


 翌朝、雲の切れ間から差し込む陽光が校舎全体を柔らかな金色に染めていた。私は十分早く着いて、校門近くの通り沿いの木の下に立ち、無意識に鞄のストラップを指でくるくる回していた。掌にはうっすらと汗が滲んでいた。


 今日は、星奈が先に来るのかな?


 それとも、いつもみたいに、ちょうどいい時間に、ちょうどいい距離感で歩いてきて、ちょうどいい声で「おはよう、遙」って言ってくれるのかな。


 そんなことを考えていたら、街角を曲がったところに見慣れたシルエットが見えた。


「遙、おはよ〜!」


 手を振りながら駆け寄ってくる星奈の髪が風に揺れて、制服姿も相まって、とても爽やかで優しげに見えた。


 私は一瞬、言葉が出なくなった。ただ胸の奥で、心臓が「ドン」と強く跳ねた。


「お、おはよう……」


 私は小さく返事をした。


 星奈が近づくとき、その歩みはわざとゆっくりだった。そして視線が重なったその瞬間、彼女はそっと指を伸ばし、私の手の甲を軽く触れた。


「……昨日の言葉、夢じゃないよね?」


 まつ毛の影に隠すように微笑みながら、小さな声で言った。


 私はすぐに首を振った。頬が熱くなって、もうお湯でも沸かせそうなくらい。


「もちろん……夢じゃないよ……」


「じゃあ、今日の私も……手、つないでいい?」


 その声は優しいのに、ちょっと意地悪な悪戯っぽさが混じっていて、私はもう抗えなかった。ただ小さくコクリとうなずくことしかできなくて、まるでからかわれる小動物みたいだった。


 星奈の手がそっと私の指を包む。冷たかった私の掌を、彼女のぬくもりがゆっくりと溶かしていく。


 私たちは並んで歩いている間、互いに何も言わなかった。ただ静かに歩くだけで、微風と陽射しが交錯する朝の光の中、その沈黙でこの瞬間の甘さを閉じ込めるように約束していた。


 校門の前に着くと、私たちは自然と手を離した。星奈は振り返って私に微笑み。


「放課後にまた繋ごう。昼間はこっそり離すほうが……内緒の恋って感じ、するでしょ?」


「ほ、星奈、そういうの言わないでよ……」


 私は慌てて言い返し、顔が真っ赤になった。


 彼女はくすっと笑って、いつものように自然に私の頭を撫でた。


「今日もずっと見てるからね。だから教室であんまり可愛くしないでよ、じゃないと我慢できなくなっちゃう——」


「……もう無理、ホントに無理だから!」


 私は思わず下を向いて、そのまま逃げるように校門を駆け抜けた。


 でも、背後から聞こえる星奈の笑い声は、陽射しみたいに明るくて温かかった。


 恋って、こんなに心臓がドクンって鳴るものなんだね。教室の窓辺に差し込む光さえ、私たちだけの秘密の舞台みたいに見えた。今日の私は、もう昨日までの私じゃない。だって——朝いちばんの「おはよう」が、大好きな人からのものだから。

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