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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第12章 昨日より、もう少しだけ君が好き

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第6話 私の笑顔は君だけのもの

 昼休みの陽射しが斜めに教室へ差し込み、ガラス窓を通って整然と並ぶ机の上に柔らかな光のグラデーションを落としていた。空気にはお弁当の香りと気怠い空気が漂い、机に突っ伏して居眠りする人、数人で集まって楽しそうに話す人。教室には静かで穏やかな日常の音が満ちていた。


 私は自分の席に座り、弁当の蓋を開けたところだった。箸を取る前に、見慣れた人影が近づいてくるのが見えた。高橋先輩だ。手にお弁当を持って軽やかに歩み寄る動きは、いつも通り自然で親しげだった。


「遙、今日もお弁当?」


 先輩は笑顔で腰をかがめ、私の机の端にお弁当を置いて、何事もなかったかのように軽やかに声をかけてくる。


「うん、今日は玉子焼きと野菜ロール」


 私も頷いて、笑顔で返した。


「えー、すごく美味しそう! 一口もらってもいい?」


「いいよ。先輩は今日は……?」


 私たちは以前と同じように会話を続けた。まるで特別なことなんて何もなかったみたいに自然な口調で。ただ、視線の端で教室のドアの方を何気なく見たとき、廊下に立ってこちらをじっと見つめる、あの見慣れた姿が目に入った。


 星奈だった。


 窓の向こうに真っ直ぐ立って、何も言わずにこちらを見ていた。その姿は教室の中の世界から切り離されたようで、まるで遠い風景を眺めているみたいだった。


 星奈の表情は静かだった。口元には微笑さえ浮かんでいた。でも——あのいつも輝くような目の光は、そこにはなかった。


 彼女はただ黙って私と先輩の会話を見つめて、それから風のように静かに身を翻した。何の音も残さずに去っていったのに、私の胸には細い棘のような痛みが残った。何か柔らかいのに冷たいものが心臓を掴むような感覚。


 私は反射的に弁当を閉じた。言葉も早口になる。


「先輩、ごめんなさい、ちょっと用事を思い出して……!」


「ん? あ、いいよ。また今度一緒に食べようね」


 先輩は少し驚いたように目を見開いたけれど、すぐに穏やかな笑みで私を送り出してくれた。


 私は教室を飛び出し、廊下の奥まで駆けた。星奈はそこにいた。壁に寄りかかって腕を組み、まるで私を待っていたかのように立っていた。


「……先輩とすごく楽しそうだったね」


 先に口を開いたのは星奈だった。その声は穏やかだったのに、私の息を止めさせた。


「ただの普通の会話だよ……」


 私は小さな声で答えたけれど、その声色には自分でもわかるくらいの後ろめたさが滲んでいて、まるで自分ですら信じきれていない言葉だった。


「そう?」


 星奈はゆっくりと一歩近づいてきて、声を少し低く落としながら、じっと私を見つめた。


「でもさ、すごく甘い顔で笑ってたじゃん」


「そんな笑顔、私の前じゃ見たことないんだけど」


「星奈……」


 名前を呼ぶのがやっとだった。口を開いたのに、何も言い返す言葉が出てこなかった。


 星奈はふっと笑った。その笑顔はいつものように明るくて眩しかった。でも、どこか切なくて、私の胸をきゅっと締め付けた。


「私、ちょっとヤキモチ焼いた方がいいのかな?」


 星奈は首をかしげて、わざと軽い調子でそう言った。まるで何でもない風を装っているみたいに。


 でも、その瞳の奥に滲んでいた感情は隠し切れていなかった。温かくて、でもちょっと切ないものが、滲み出してしまっていた。


 私はほとんど本能のように手を伸ばした。繋ぎたい、埋め合わせたい、何かを返したい。けれど彼女はひらりと身をかわして、逆にもう一歩近づいてきた。


 そして私の耳元に身体を寄せてくる。その唇が、私の耳の縁をかすめた。風みたいに柔らかくて、でも火みたいに熱かった。


「その笑顔……私だけにちょうだい?」


 私はその場で固まった。頬が一気に熱くなって、耳まで真っ赤になっていくのが自分でもわかった。


「……そ、そんなことない……私、私だって……ちゃんと星奈に笑うもん……それにその笑顔は、全然違うんだから……」


 私はうつむいて慌てたように答えた。声はかすかでほとんど聞き取れないほど小さくて、自分でもはっきりとは口に出せない、壊れそうなくらい弱い告白みたいだった。


 星奈はじっと私を見つめた。見極めるように、でもちゃんと聞いてくれるように。その自信に満ちた瞳が、少しだけ柔らかくなって、水面が風で揺れるみたいにきらきらと光った。


 それから、そっと私の頬を指先でつまんだ。


「わかってるよ。ただ……ちょっと気になっただけ」


 声はすっかり柔らかくなって、ふわっと落ちてくる雲みたいだった。


「私もだよ」


 私は小さな声で返した。


「ん?」


「私だって……気になるもん……誰かが星奈に優しくしたり、星奈が他の人に優しくしたりすると、なんか……モヤモヤして」


 制服の裾をきゅっと掴む指先に、勇気を込めるようにぎゅっと力を入れる。


「だって……好きだからだよ、すごく」


 星奈はすぐには返事をしなかった。代わりに、いきなり腕を伸ばして私を抱き寄せた。その動作は素早くて、そしてしっかりと強くて、まるで私をもう一度彼女の世界へ引き戻そうとするみたいだった。


「私も同じ。信じなきゃって思ってても、全部独り占めしたくなる」


 耳元で囁く声は、風みたいに優しくて、でもどうしようもなく心に触れてくる。


 私たちはそのまま廊下の角に立ち尽くしていた。まるで交わることのなかった二本の軌道が、この静かな午後についに重なったみたいに。彼女の抱擁はとてもあたたかくて、不安も嫉妬も全部、言葉にできないほど親密なぬくもりに変えてしまうようだった。


「次は、もっとたくさん笑ってあげる」


 私は星奈の肩に顔を埋めたまま、小さく呟いた。


「ダメ」


 彼女は突然返事をして、わざと私を見上げさせるような声を出した。


「私が欲しいのは笑顔だけじゃない。……遙の心を、独り占めしたい」


 思わず笑ってしまったけど、そんな風に何も隠さずに欲しがってくれる彼女の言葉に、胸の奥がじんわり熱くなった。


 恋って、きっとこういうものなんだろうな——いつもキラキラしているわけじゃなくて、優しいだけでもなくて。嫉妬も、不安も、ちょっとした酸っぱさも、相手を心ごと閉じ込めたくなるわがままもあって。それでも、そういう気持ちがあるからこそ、私たちは本物になれるし、もっと近づけるんだ。


 その日の昼休み、私たちは手をつないで廊下を歩いた。陽射しはちょうどよくて、風は穏やかで、私たちの顔にはようやくまた笑顔が戻っていた。

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