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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第12章 昨日より、もう少しだけ君が好き

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第5話 ゲームのあと

 私たちは午後ずっとゲームをして、笑い声が何度も響いたけれど、画面が少しずつ静かになって、ゲームの音楽も柔らかく変わった頃には、あの賑やかさは潮が引くようにすっと消えていった。部屋には、私たちの呼吸だけが残った。


 私はベッド脇の床に座り込んだまま、まだコントローラーをぎゅっと握っていたけど、顔はもうどうしようもなく赤くて、さっき星奈にからかわれたあの一言を思い出してはこっそり頬を赤らめた。心の中で「そんなこと言うなんてずるいよ……」と小さく文句を言いながら、それでも口元は勝手に緩んでしまう。


 まだ頭の中がぐちゃぐちゃで混乱が抜けきらないうちに——星奈が突然立ち上がった。まるで何の前触れもなく、私の目の前に歩み寄ってくる。いや、「目の前」なんてもんじゃない。もっと、もっと近い。


 そして、軽く私の両脚をそっと開かせると、その隙間に何の前触れもなく体を滑り込ませてきた。背中を自然に私の胸に預ける仕草は、まるで前からずっとこの位置に慣れていたみたいだった。


 私はその一瞬で完全に硬直してしまった。息の仕方すら忘れて、時が止まったみたいに動けなくなった。


「え……ほ、星奈……?」


 声をかけたけど、小さすぎて空気に溶けそうで、自分でもほとんど聞こえなかった。


「疲れちゃったんだもん、ちょっとだけこうしててもいいでしょ?」


 甘えるような声で、ふわっと、羽のように軽い響きで耳に落ちる。その頭が私の肩に預けられて、髪が頬をくすぐる。呼吸がすぐ耳元で聞こえて、規則正しくて落ち着いているのに、私の心臓はめちゃくちゃだった。


 手がどこに置けばいいのかわからなくて、結局自分の服を握ったまま、指先が白くなるほど力が入る。呼吸を整えようと必死になるけど、大きく息をするのも怖くて、この近すぎる空気を壊したくなくてたまらなかった。


「……静かだね、もしかしてまた照れてる?」


 耳元にそっと落ちる声はからかうようでいて、でも語尾は優しくて、私の返事を待つみたいにゆっくりで。


「そ、そんなこと……ない……」


 ほとんど反射みたいに返した声は震えていて、自分でもびっくりするほど頼りなかった。


 彼女は小さく笑った。それから、ゆっくりと振り返る。顔が、ほんの数センチしか離れてない。息がかかるほど近くて、睫毛の影まで見える。


 瞬きするのも怖くて、心臓が指先で弾かれたみたいにリズムを失った。


 ――もしかして、彼女も、同じことを考えてる?


 お互い何も言わないまま、ただじっと見つめ合った。その瞳には戸惑いも探るような気配も、少しだけの不安もあったけど、それ以上に嘘のない真剣さがあった。ほんの少しでも近づけば、もう戻れない線を越えてしまう、そんな危うさで満ちていた。


 彼女がそっと手を上げて、私のおろした前髪を指先で撫でた。その瞬間、私は呼吸を忘れたみたいに固まった。指腹のあたたかさが額に触れた一瞬で、声が出なくなった。


 彼女は私を見つめながら、囁くように小さな声で言った。


「……いい?」


 その言葉はとても小さな声だったのに、心臓の音みたいにくっきり響いた。はっきりとは言わないけれど、何を尋ねているのかはわかった。それは無言の誘いだった。急かさず、押しつけず、強制もしない——でも誠実さだけは逃げ場がないほど真っ直ぐで。


 頷きたかった。本当に、頷きたかった。でもその瞬間、胸の奥から不安が湧き上がってきて、今にも口をついて出そうだった答えを飲み込んだ。こんなに近い距離が、こんなにも怖いなんて思わなかった。嫌いだからじゃない。むしろ——好きすぎるからこそ、怖くて、ためらった。


 私は……準備ができてるのかな。


 目を少し見開いて、唇が何度か動いたのに、結局何も言えなくて——。


 コンコン!


「遙? 夕飯もうすぐできるわよ、そろそろ出てきなさいね?」


 お母さんの声が突然ドアの外から響いてきた。その瞬間、まるで頭から冷水をぶっかけられたみたいに、溶けかけていた曖昧さが一気に現実へと引き戻された。


 私たちはほとんど同時にビクリと身体を震わせた。まるで誰かに一時停止ボタンを押されたみたいに、部屋の空気がピンと張り詰めて固まる。


「い、今すぐ行くから……!」


 慌ててできるだけ早口で返事をした声は、自分でも驚くほど震えていた。心臓がバクバクして、立ち上がろうとしたときには足元がふらついてしまい、あわてて彼女を避けてドアの方へと向かった。


 背中の方で、星奈はすぐには立ち上がらなかった。どうしても気になって振り返ると、さっきの姿勢のまま俯いていたけれど、唇の端がゆっくりと、かすかに上がっていた。


「邪魔が入っちゃったね……」


 その声はとても小さくて、まるで自分に言い聞かせるみたいでもあり、同時に私に話しかけるようでもあった。少しだけ諦めたような、でもどこかで茶化すみたいな軽さも混じっていて、さっきまでの空気を大事に折りたたんで、自分の心の引き出しにしまい込むような響きだった。


 私はドアノブを握ったまま、掌に冷たい汗を感じていた。顔は真っ赤に火照って、喉が詰まったみたいで何も言葉が出てこない。


 視線だけでこっそりと星奈を盗み見ると、ようやく彼女も立ち上がった。足音はとても小さいのに、床を踏むたびに微かな音を立てて、まるで「まだここにいるよ」って教えてくれるみたいだった。


 私の横まで来たとき、星奈は少しだけ顔を傾けて覗き込む。その視線は優しくて、でも鋭くて、まるで私の全部を逃さず見ようとしているようだった。


「もう夕飯でしょ、遅くなるし……私もそろそろ帰るね、じゃあ、続きはまた今度」


 その瞳には、繊細で真っ直ぐな優しさが宿っていて、まるで「私は諦めないよ」と宣言するみたいだった。彼女はわざとゆっくりとウインクしてみせる。その動きは、ちゃんと見届けてほしいと言わんばかりで——どんな言葉よりも心をかき乱す、無言の約束だった。


 そう言ったあと、星奈はスカートの裾を軽くはたいて整えた。その仕草はまるで、さっきまでの甘い曖昧さもきれいにたたんでポケットにしまうみたいだった。そして振り返るとき、もう一度だけ私を見た。その目が淡い光を帯びて、口元には柔らかい弧が浮かんでいた。


 そのまま玄関まで歩いていって、ゆっくりと腰を折って靴を履き替える。かかとを合わせて、指先で丁寧に紐を整えるその動作は、今日の訪問に礼儀正しい句点を打つみたいに見えた。


 弟がリビングのほうからひょこっと顔を出して、ぱちぱちと目を瞬かせた。ようやくさっき家に来客があったことに気づいたらしい。


 星奈はその視線に気づくと、一瞬きょとんとした後、すぐに口元をやわらかく曲げて微笑んだ。


「びっくりさせちゃったかな? ごめんね」


 その声色は自然で親しみやすさがにじんでいて、知らず知らずのうちにその場のよそよそしさをほぐそうとしているようだった。


 それから、今度は私のお母さんに向き直ると、両手を体の横にきちんと揃え、少し頭を下げてから真剣な表情で深くお辞儀をした。


「今日はお邪魔しました。本当にごちそうさまでした」


 その声ははっきりしていて礼儀正しくて、でもどこか学生らしい素直さが滲んでいた。お母さんは一瞬目を丸くしたようだったけど、すぐに頬を緩めて、楽しげに笑った。


「そんな、そんな。今日は遙と遊んでくれてありがとう。二人ともすごく楽しそうだったわね。またいつでも遊びにおいで」


「はい。本当にありがとうございました」


 星奈はもう一度、今度は少し短めにぺこりと頭を下げた。その声は柔らかくて、でも語尾がほんの少し震えていて、ちょっとだけ恥ずかしがっているのが伝わった。弟はというと、リビングのドアのところで照れたように手を上げて、小学生みたいに「バイバイ」と挨拶をした。


 星奈もふわっと笑って、小さく手を振り返す。その目はとても優しくて、まるで家族に溶け込むみたいな穏やかさを帯びていた。


「じゃあ、行くね。学校でね」


 最後にこちらを向いて、私にそう言った。その声はなんでもない調子を装っていたけど、どこか少しだけ張り詰めた明るさがあった。


 私は慌てて手を上げて、小さな声で「う、うん……」と返すのが精一杯だった。喉の奥で言葉が吸い込まれてしまいそうだった。


 星奈は大きく息を吸い込んで、まるでようやく覚悟を決めたみたいに敷居をまたいだ。夕暮れの光の中へ踏み出す背中は軽やかで、それでもどこか名残惜しそうだった。ドアが閉まる音はとても静かで、さっきまでめちゃくちゃだった私の鼓動を起こさないように気を遣うみたいだった。


 私はその背中が夕焼けに呑まれていくのを見つめたまま、まだドアノブを握った手の指先が白くなるほど力が入っていた。


 心の中で思う——やっぱり彼女だ。去っていくときでさえ、こんなに優しくて、離したくなくなるなんて。


 週末のこの部屋デートのぼやけた近さは、そうやってそっと一時停止ボタンを押された。キスもなく、言葉にもしなくて、はっきりとした答えもない。でも口にできなかったあの想いは、落ちきれない星みたいに、ただ静かに私たちの間に浮かんで、きらきら光りながら、次に呼ばれる瞬間を待っていた。


 ***


 星奈が帰ったあとは、家族四人で食卓を囲んで晩ご飯を食べた。ランプシェードからこぼれる柔らかな黄色い灯りが、小さなダイニングを一面に包み込んで、まるで淡い霧みたいにあたたかかった。


 弟はガツガツと勢いよく食べながら、今日お父さんと出かけた話を興奮気味に語って、手足を大きく振り回しては、見てきた景色をそのまま私たちに描こうとしていた。


 私はその光景を見つめながら、思わずふっと笑ってしまった。でもすぐに意識が別のところへ飛んでしまう。頭の中には、さっき部屋でのあの空気がまだ残っていた。星奈が私にもたれかかってきた重み、耳元で囁いた声、あの「いい?」って言葉……。


 思い出しただけで、顔が火で炙られるみたいに熱くなり、耳まで真っ赤になる。心臓がぎゅっと掴まれたように苦しくて、呼吸も少し変になってしまった。


 向かい側の席で、お母さんが私をじっと見ていて、首を少し傾けながら、何かを考えるような優しい目をした。


 そして不意に、そっとした声で聞いてきた。


「遙、星奈ちゃんとはどうやって知り合ったの?」


 思わずご飯を喉に詰まらせそうになって、慌てて箸を置いて、必死に平静を装った。


「と、図書館で……そのとき、向こうから話しかけてくれて」


 言い終わった瞬間、自分の声が紙みたいに薄く漂っていて、心の中ではパニックだった。お母さんはそれを聞くと、ゆっくりと口元を緩めて笑った。


「いいね。ずっと学校で大人しすぎて、なかなか自分から友達作れないんじゃないかって心配してたのよ。一人で寂しい思いしてないかなって。でもそんなにいい友達がいて、しかも仲良くしてるみたいで安心したわ」


「……うん、そうだね」


 私は視線を落として、ご飯をよそうふりをしながら、スプーンが震えそうなのを必死で隠した。あのさっきの、今にも崩れそうな距離感が頭の中で何度も再生されて、顔の熱さが誤魔化せなくて、思わずお椀の湯気に顔を近づけてしまった。まるでその蒸気に表情を隠してもらうみたいに。


「今度また時間があるとき、うちに遊びに来てもらいなさいよ」


 お母さんの声は柔らかくて、気楽そうで、それでいてちょっと期待がこもっていて。何の打算もない、純粋な信頼が滲んでいた。私のために心から喜んでくれているみたいに。


「……うん、もちろん」


 スプーンの縁を噛むようにして、やっと絞り出した言葉は、自分でも聞き取れるかどうかの小さな声だった。胸の奥で心臓が暴れて痛いくらいで、喉の奥に何か詰まったように言葉がうまく出てこない。


 さっき星奈が近づいて囁いた「いい?」って、あの試すような、でも優しい声を思い出しただけで、また顔が熱くなって、耳までじんじんと熱を帯びた。


 でも同時に、胸の奥に小さな安堵も広がった。


 ママは本当に星奈のことが好きみたいだ。あの礼儀正しさも、気遣いも、ちゃんと伝わってる。もし、いつか私たちの関係を知ったら……受け入れてくれるのかな。あの日が来たとき、心から祝福してくれるんだろうか。


 私はそっと息を吐き出して、固く握りしめていた拳をゆっくりとほどいた。


 心の中で静かに願う……いつか私たちがちゃんと落ち着いて、パパとママにこの関係を打ち明ける日が来たら、そのときは心からの応援をもらえたらいいなって。


 そんな光景をほんの少し思い描くだけで、まるで何かに優しく抱きしめられたみたいに胸の奥がぽかぽかと温かくなって、もう溶けてしまいそうだった。

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