第3話 週末に彼女がうちに来る
今日のお昼も、私たちはいつものように屋上でお弁当を食べていた。陽だまりが床にぽかぽかと広がり、風はそれほど強くなかったけれど、ときどき星奈の前髪をふわりと揺らしていた。今日のお弁当には、私が彼女のために特別に作った卵焼きが入っていて、彼女はそれをとても満足そうに頬張っていた。
ふとしたきっかけで、週末のデートの予定について話が及んだ。
「最近、いろんな場所に行ったからさ……」
私はおにぎりをかじりながら眉をひそめて考え込む。
「また行きたいって思えるところ、今のところ特に思いつかないんだよね」
「じゃあ——」
彼女は突然箸を置き、にこっと笑って私を見た。その目には、どこかいたずらっぽい光が宿っていた。
「今度は、私がそっちの家に遊びに行ってもいい?」
「えっ? うちに来るの?」
私は思わず味噌汁でむせそうになり、声が一段と高くなってしまった。
「うん、本気で言ってるよ」
彼女は当然のように言って。
「一緒にゲームしようよ。前に言ってたじゃん、ゲーム好きだって。ジャンル問わず何でも詳しいって。今回は私が観客になる番だね〜もっと君のこと、知りたいんだ」
私は一瞬言葉を失い、頭の中に自分の部屋の光景がよぎった——散らかり放題の床には前回脱いだままの私服、机の上には教科書やゲームソフト、開けかけのお菓子の袋があちこちに散乱してるし、パソコンの椅子なんて一人分しかスペースがない……それに、日曜はいつもママが家にいる。しかも、やたらと話が長い。
「行けなくは……ないけど」
私はどもりながら言った。
「部屋、本当に散らかっててさ。それに……ママもいるし……本当に気にしないの?」
「もちろん気にしないよ」
彼女はさらに笑顔を深めて、目をくしゃっとさせた。
「だって、相手はハルカのお母さんでしょ? ちょうどいいじゃん、ついでに……ご挨拶ってことで、プチ家族紹介みたいな~」
「ちょ、ちょっと待ってよ! いきなりイベントの難易度上げないで! 心の準備なんて、まだ全然……」
私は顔が真っ赤になって、手に持った箸まで滑り落としそうになった。
彼女は私のうろたえる姿を見て、ただそっと笑った。まるで、最初からこの反応を予想していたかのように。その笑顔は、優しさとちょっぴり小悪魔な可愛さが入り混じっていた。
私は視線を伏せて、少しだけ肩を落とした。でも、その口元はどうしても緩んでしまう。
週末のデート、どこに行こうかと悩んでいたのに、彼女はあっさりと「じゃあ、そっちの家に行くね?」なんて言い出して……。それだけのはずなのに、どうしてこんなにも心がざわつくんだろう。
……わかってる。私は、きっとOKする。
***
家に帰ってから、着替えながらどう切り出そうかと心の中で言い回しを練っていた。キッチンに入ると、お母さんは鼻歌まじりに食器を洗っていた。
「ねえ、ママ。今週末さ……友達がうちに遊びに来たいって言ってるんだけど、いい?」
「もちろんいいわよ」
彼女は顔を上げずに言った。
「そのとき、ちょっとしたおやつでも用意しようかしら。黒羽ちゃん?」
「ううん、違うの。前にうちに来たことない子なんだ」
「そうなの? その子のこと、ちょっと興味あるわね。あなたの新しいお友達だし、いろいろ知りたいなあ」
「うわっ! お願いだから、あんまり張り切らないでよね!? 質問攻めとかほんとやめて! 相手が困っちゃうから……!」
「わかってるわよ〜」
彼女は笑ったけれど、その声の調子からして、本当にわかってるのかはかなり怪しかった。
私は心の中で小さく悲鳴をあげながら、またもや自分の部屋の光景が脳裏をよぎった。散らかり放題の机、しまい忘れた服、そして一人しか座れないパソコンチェア……。
「部屋、ほんとに散らかってるし……パソコンの椅子も小さすぎるし……それに、ママの話題爆弾もあるし……」
心の中で小さく叫ぶ。
それでも、私はその気持ちを変えようとは思わなかった。だって、これは——胸がドキドキするような特別な誘いだって、わかっていたから。そして私は、本気で彼女にもっと自分を見せてみたいと思ったから。
たとえ、家族に紹介するにはまだ早くて。たとえ、部屋の掃除が終わっていなくても。せめて、ほんの少しだけでも、勇気を出してみたい。
この「好き」という気持ちを、私の日々の空気に混ぜていく。その第一歩として、彼女に、あのぎゅうぎゅうのパソコン椅子に座ってもらうだけでもいい。玄関で靴を脱ぐ、ほんの数秒でもいい。そんな短いひとときのなかに、「あなたのために空けておいた場所」があることを、感じてほしいんだ。
たぶん、まだ完璧にはほど遠い。でもこの気持ちは、すごく、すごく真剣で、あたたかい。




