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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遙
第11章 影と光の恋
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第2話 努力すればするほど、踏み外すのが怖くなる

 最近の私は、ちょっとおかしいかもしれない。朝起きて最初にすることは、急いでカバンを整えることじゃなくて、鏡の前に立って、真剣な顔で自分の映った姿に笑顔の練習をすることだった。


「これじゃ間抜けすぎるかな……じゃあ、この角度は……うん、もっと自然に」


 まるで確認してるみたいに、今日の私は、あのいつも光を放っている彼女に、ちゃんと釣り合っているかどうかを。


 些細なことが気になるようになった。通学途中、ふと思う。今日のお昼、星奈は何を食べたいだろう? 急に甘いものが欲しくなったりしないかな? そんなことを考えながら、放課後になると自然とコンビニに寄り道して、きれいな卵を選んだり、デザートの棚の前で長いこと悩んだりする。彼女が好きそうなチョコレートスイーツを、ただ探すために。


 ネットでレシピを検索することも増えた。検索ワードはいつも「卵料理」「失敗しにくくて簡単」ばかり。彼女が好きそうなスイーツの作り方をびっしり一ページに書き写して、手順ごとにポイントまでメモする。まるで失敗できないテストの準備みたいに。


「オムレツの火加減はちょうどよく、焼きすぎるとパサパサだし、ゆるすぎると火が通らないし……」


 作りながら、手は緊張で汗びっしょりだった。それは台所の暑さじゃなくて、心の奥にある不安が染み出してきたもの。


 彼女が卵料理が好きなこと、チョコレートが好きなこと、正午の陽差しの中でのお昼寝が好きなこと——そういう言葉を、私は全部覚えていた。どんな歴史の年号や英語の文法よりも、ずっと鮮明に。まるで何かの隙間を埋めるみたいに、一つひとつ心にしまっていく。そうすれば、もっと彼女に近づける気がして。


 でも……私がどれだけ彼女のことを覚えて、どれだけ近づこうとしても、心の奥ではむしろ、自分がまるで足りない人間みたいに感じてしまう。彼女はあんなに賢くて、冷静で、何でも自分でできるのに。私はただ、何度も何度も、小さな「彼女への優しさ」の練習を繰り返して、それでやっと、自分にも彼女のそばにいる資格があるって、無理やり自分に言い聞かせているだけだった。


 教室では、言葉を口に出す前に必ず頭の中で一度リハーサルする。


「この一言、幼稚すぎないかな? 彼女にウザいって思われないかな? 私がこんなに不安だって、バレちゃわないかな……?」


 あの日のお昼、私は少しだけ勇気を出して、冗談を言ってみた。


「もし私の料理で、彼女の一日がずっとご機嫌になれるなら、私、毎朝早起きして、朝食マスターになるよ?」


 ほんの少しでいいから、星奈を笑わせたかった。私も彼女を幸せにできる、そんな証明が欲しかった。ほんの、ちょっとでいいのに。彼女はその言葉を聞いて、すぐには反応しなかった。ただ一瞬、ぽかんとして、言葉も返さなかった。


 きっと、ただ別のことを考えてただけ。きっと、一瞬ぼーっとしてただけ。だけど、その沈黙が胸のどこかに詰まって、息が苦しくなった。


「……つまんなかった? ごめんね」


 私は慌てて言い足して、何でもないふりをして、ジュースを一口飲んだ。なるべく軽い口調で、まるでその言葉なんて最初から心に留めてなかったかのように。私の声を聞いて、彼女はやっと我に返ったように、焦った声でこう言った。


「……あ、違う、今ちょっとぼーっとしてただけ!」


 私はこくんと頷いて、笑いながら「大丈夫」と答えた。その笑顔が、どこかぎこちなかったことくらい、自分でもちゃんと分かっていた。


 ***


 でも、その夜、私はベッドの上で何度も寝返りを打って、どうしても眠れなかった。頭の中に、ただひとつの言葉が、心の奥で何度も何度も響いていた。


 ──「彼女は、私のこと……釣り合わないって思ってるのかな?」


 ここ数日、私は無意識のうちに星奈の視線を避けるようになっていた。廊下で並んで歩いていても、彼女がふとこっちを見た瞬間、私はとっさにうつむいて、窓の外の景色を見ているふりをしてしまう。


 でも……どうしても、視線の端が彼女を追ってしまう。彼女の横顔、彼女の手、歩くときに揺れるスカートのリズム——そのすべてが愛しくてたまらないのに、私は怖くて仕方なかった。この不器用で、臆病な自分を、彼女に見られてしまうんじゃないかって。


 だから、私はただひたすらに頑張るしかなかった。もっと「彼女が好きになってくれるような人」になれるように。彼女の隣に立っても、誰にも疑問を持たれないような、そんな「釣り合う人」になりたかった。


 だけど──そんな「もっといい人」って、一体どんな姿をしてるの? 私はどんなに努力しても、結局は彼女の歩幅に追いつけないままなんじゃない?


 夜の静けさの中、私は布団の中で膝を抱えていた。腕にあごを埋めて、世界のすべての音を遮ろうとしていた。


 窓の外から夜風がカーテンを揺らし、壁には月明かりが淡く影を落としていた。けれど、私の世界は、ただただ怖いほどに静かだった。


 頭の中は彼女のことでいっぱいだった。昔は気にもしなかった些細なことが、今はまるで針のように、一本一本、私の心を刺してくる。彼女は誰に対しても自然に笑って、言葉にはいつも安心感があって、その仕草のひとつひとつが、まるで世界から特別に許された光をまとっているみたいで——なのに、私は?


 怖い。ある日、彼女がふと振り返って、「思ってたほどでもなかったな」って気づいてしまうんじゃないかって。後悔させてしまうんじゃないかって。彼女のまわりには、あんなにも輝いていて、余裕があって、まるで何もかも持っているみたいな人たちがいるのに……私はただの、平凡で、鈍くさいだけの女の子。


 私が唯一、少しは誇れると思っていた「優しさ」と「努力」さえも、彼女の世界では、きっとちっぽけで、なんの価値もないものなんじゃないかって。彼女が遠くへ行ってしまって、もう二度と、こちらを振り向いてくれなくなるんじゃないかって。


 私は腕の中に顔を埋めるようにして、さらに深く身を縮めた。滲んでいた涙が、そっと目尻からこぼれそうになっていた。

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