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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第10章 付き合いたての甘くてとろける日常

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第10話 デートのあと、心がときめく私たち

 家に帰ると、私はリュックをそのまま床に置き、風船がしぼんだみたいにベッドに倒れ込んだ。天井を見上げながら、しばらくぼんやりしていた。


 部屋の中は静まり返っていて、壁に掛けられた時計の「カチ、カチ」という音だけが響いていた。それがまるで私の鼓動に合わせて鳴っているみたいに感じられて、そのリズムは、今日の私と同じく、とても不安定だった。


 ただのシンプルなデートだったはずなのに、私の心はまるで一日中ジェットコースターに乗っていたみたいで、ふわふわの雲の上を歩いているように落ち着かなくて、それでいて、もう地面に戻りたくないくらい軽やかだった。


 ゆっくりと体を横にして、まだ火照っている頬を枕にうずめながら、無意識にズボンのポケットに手を伸ばした。そっと取り出したのは、小さなキーホルダー。


 手のひらに広げると、ふたつのイルカがしっかりと尾びれで繋がっていた。今日、私たちが手を繋いで歩いたクラゲ館、イルカショー、そして夢みたいな透明トンネル、そのすべてが、このペアのイルカに重なって見えた。


 ――「ずっと、こうして一緒に歩いていけたらいいな」


 そんな言葉を、私……本当に口にしてしまったんだ。


 思い出した途端、私は慌てて顔を枕に埋め、かすかに呻いた。恥ずかしさで全身が熱くなって、さっきの自分を毛布の奥に隠してしまいたくなる。


 ほんの数行のセリフだったのに、期末テストよりもよっぽど緊張して震えた。


 でも、緊張よりも強かったのは、たぶん、幸せの方だった。


 心がふんわりとした何かに包まれているような感覚は、朝、彼女が私服で現れた瞬間から、ずっと続いていた。クラゲ館で水中に揺れる光を一緒に眺め、イルカショーで子どものように手を叩いて笑う彼女の声に心を奪われ、暗い水の道では彼女がすぐそばにいて、私の鼓動がやけに大きく響いていた。


 そして別れ際、そっと彼女の耳元であの言葉をささやいたとき、彼女の瞳に浮かんだあの光――それはいつもの笑顔じゃなかった。まっすぐすぎて、目を逸らしたくなるほどの、本物の幸せだった。逃げ出したくなるくらい眩しくて、それでも、瞬きすら惜しくて見つめてしまった。


 スマホを手に取り、ロック画面を解除すると、彼女からのメッセージが届いていた。


「今日はほんっとに楽しかった! 水族館連れてってくれてありがとう。あのキーホルダー、もうバッグに付けちゃったよ~」


 メッセージの下には一枚の写真が添えられていた――彼女のバッグの横に揺れる、あのペアイルカのキーホルダー。カメラに合わせてふわりと揺れながら、まるで私に笑いかけているように見えた。


 私は思わず胸に手を当てた。中から、自分の心音が語りかけてくるのを感じた。言葉よりもずっと、正直に。


 そっと返信を打つ。


「私も楽しかった。今日はずっと手を繋いでくれてありがとう」


 すぐに彼女からの返信が届いた。


「じゃあ、これからもずっと、私に手を握らせてね? 約束だよ」


 一瞬、画面を見つめたまま固まってしまった。だけどすぐに、唇の端が自然とゆるんでいくのが分かった。私は指先でリズムよくキーボードを叩きながら、こう返した。


「うん……君が望むなら、ずっと手を握らせてあげるよ」


 メッセージを送信したあとも、私はスマホを握ったまま静かに横になっていた。気づけば、目尻が少しだけ濡れていた。あまりに幸せすぎて、もしくは、夢みたいな出来事が信じられなかったからかもしれない。


 そっか……恋って、こういう気持ちなんだね。


 胸の奥にふわりと波紋が広がって、やわらかな何かがそっと光を灯していく。そんな、静かで優しいぬくもりが、心の真ん中でそっと咲いているような――そんな感じ。


 私はそっと目を閉じた。スマホはまだ、ぎゅっと手の中に握りしめたまま。


 頭の中では、彼女の笑顔、声、そしてあの瞬間、私の手を取ってくれた時のぬくもりが、何度も何度もフラッシュバックする。


 今夜の夢の中で、また彼女に会えるかな。できることなら、あの夢がずっと続いてほしい。水族館で見た、あの海の景色。ふたりで選んだ、あの離れないイルカのキーホルダーみたいに。


 だって、私は、本当に、彼女のことが大好きだから。大好きすぎて……ちょっとだけ、怖くなるんだ。


 私は、いつか彼女が気づいてしまうのが怖い――私が、彼女が思っているほど素敵な人間じゃないってことに。彼女の優しさが、本当は誰にでも向けられているものだったらどうしよう。私は……たまたま選ばれただけだったら。


 唇をそっと噛んで、私は布団の中に顔を埋めた。このぐちゃぐちゃな思考から逃げるように。……ダメ、考えすぎちゃダメだよ。私はもう、充分に幸運なんだから。これ以上、欲張っちゃいけない。


 ただ、彼女の手を握り続けられるなら。それだけで、私はもう、本当に、十分なんだよ。


 ***


(神崎星奈)


 家に帰るなり、私はバッグをベッドに投げ出し、そのままマットレスに倒れ込んだ。


「うああああああ……どうしよう、好きすぎる……!」


 枕に顔を埋めて、思わず何度もごろごろと転がった。胸の中はピンク色の泡がふわふわと湧き上がってきて、もう止められなかった。バッグの横にぶら下がったイルカのキーホルダーが、私の動きに合わせてカランコロンと揺れて、まるで「これは夢じゃないよ」と言っているみたい。


 横になったまま、私はそっと手を伸ばしてそのキーホルダーを外し、手のひらに乗せてじっと見つめた。今日、二人で買った「カップル限定デザイン」。本当はただの軽いアプローチのつもりだった。でも……遙はその想いを、ちゃんと受け止めてくれた。


 ──「ずっと、こうして一緒に歩いていけたらいいな」


 彼女がそう言ったあの言葉、まだ耳の奥で何度も響いている。小さくて、優しくて、でもどんな告白よりも心を震わせる言葉だった。


 私はスマホを開き、遙とのメッセージ履歴をスクロールした。朝の「おはよう」から始まって、水族館で送ってきてくれた写真、そして二人で撮ったツーショット──少しぎこちない笑顔の彼女だったけど、その瞳はキラキラしてて、何度も何度も見返してしまった。


 それから私は、メッセージを一通送った。


「今日は本当に楽しかった。水族館ありがとうね。キーホルダー、もうバッグにつけたよ~」


 送信ボタンを押して、ついでにキーホルダーが揺れるバッグの写真も添付した。


 すぐに彼女から返信がきた。


「私も楽しかった。今日はずっと手を繋いでくれてありがとう」


 その言葉に、私は思わず吹き出して笑った。ベッドの上でごろりと転がって、枕に顔を押し付けて、こっそり笑った。やっぱり、ちゃんと気づいてくれてたんだね、ずっと私が手を握ってたって。


 私はちょっと唇を尖らせて、指をすばやく動かした。


「じゃあ、これからもずっと、私に手を握らせてね? 約束だよ」


 それが、今日の私にとって一番叶えたいお願いだった。


 そしたら、彼女がこう返してくれた。


「うん……君が望むなら、ずっと手を握らせてあげるよ」


 心臓が「ドクン」と大きく跳ねた。私はスマホを抱きしめるようにして、そのまま布団に潜り込んだ。スマホを胸に押し当てながら、彼女からのメッセージが、柔らかくて、それでいて確かな抱擁みたいに、ずっと私をあたためてくれていた。


 ただ一緒に水族館に行っただけなのに、まるで、ふたりでひとつの小さな世界を旅したみたいだった。暗い海中トンネルで肩を寄せ合ったこと、クラゲの水槽の前で言葉もなく見つめ合ったこと、自販機の前で同じキーホルダーを選んだこと……その一瞬一瞬、そのすべての視線が、私の記憶の中に深く刻まれている。


 私は今の遙が大好きだ。素直に想いを伝えてくれる遙、私の手をぎゅっと握ってくれる遙、耳元で「会いたかったよ」って囁いてくれる遙。でも、それ以上に好きなのは、私を見つめるあの眼差し。焦らず、否定せず、ただ優しく、まっすぐに向き合ってくれるその視線が、私は何よりも愛おしい。


 私はゆっくりと目を閉じた。スマホをまだ手のひらに握ったまま、まるで、熱い秘密をそっと抱きしめるように。


 もしできるなら、これからも彼女と一緒に……いろんな場所へ行って、私たちだけの思い出を積み重ねていきたい。手を繋いで、季節を巡り、ずっと、遠くまで。


 たとえ、これからの道のりに風や雨が降ろうとも、彼女がそばにいてくれるなら、私はもう怖くない。


 彼女が私を好きになってくれたこの想いを、絶対に、彼女の人生で後悔なんかさせない。私はそのために、全力で歩いていくんだ。


「おやすみ、遙。今日は本当に……本当に幸せだった」


 心の中でそう呟きながら、私は微笑みを浮かべ、温もりと安心を胸に抱いて、そっと眠りについた。

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