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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遙
第10章 付き合いたての甘くてとろける日常
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第5話 こっそりときめく教室の時間

 朝の校門は、いつも通り人でにぎわっていた。空は少し曇っていたが、気温はちょうどよくて、空気にはまだひんやりとした冷たさが残っていた。


 私は黒羽と並んで校内へと歩いていた。彼女はトーストをかじりながら、どこか疑いのこもった目つきで私を何度も見てきた。私が何か言う前に、彼女はふっと近づいてきて、少しからかうような声で言った。


「最近、神崎さんとずいぶん仲良くなってるんじゃない?」


「え、そ、そんなことないよ……」


 私は焦って目を逸らし、思わずバッグの紐をぎゅっと握りしめた。


「そう?」


 彼女は眉を上げて私を見る。


「最近、放課後も登校も全然一緒じゃないじゃん。代わりに彼女とばっかじゃない?」


「た、たまたま会っただけで……一緒に帰ってるとか、そういうのじゃ……」


 私は口ごもりながら必死に説明しようとした。


「へえ~、毎日たまたまなんだ?」


 その目は明らかに茶化していて、声のトーンもまるで鼻歌みたいに軽い。


「しかも、学校でもふたりでこそこそ目を合わせてさ。めっちゃ仲よさそうに見えるんだけどな~?」


「黒羽……」


 私は軽く睨むように見たが、彼女はただ楽しそうに私の背中をぽんと叩いた。


「はいはい、わかったわかった。もう追及しないよ。……でもさ、今度はちゃんと私も誘ってね?じゃないと、嫉妬しちゃうかも」


 私はうつむいて、小さな声で「うん」と返事をした。耳の先まで真っ赤になっていたけれど、心の中でははっきりとわかっていた。――もう、私たちの関係は、ただの友達なんかじゃない。


 ***


 一時間目の教室は、いつもと変わらず静かだった。先生が黒板に文字を書きながら説明するチョークの音と、ときどき窓の外から聞こえてくる鳥のさえずりだけが響いていた。私は窓際の三列目に座っていて、星奈はその斜め後ろの席にいた。


 お互いに特別な会話を交わすわけじゃない。でも、どうしてだろう――ときどき、彼女の視線を感じる気がしていた。今だって、私は一応授業を聞いているフリをしているけれど、心の中はすでにどこか遠くへ飛んでいた。


 気が緩んだその一瞬――足元に、そっと何かが触れた。かかとに小さな衝撃が走る。心臓が「ドン」と音を立てて跳ねた。私は慌ててうつむき、理由もなく頬が熱くなるのを感じた。


 数秒後、そっと後ろを振り返る。彼女はうつむいたまま、口元だけを少しだけ緩めていた。


 ――やっぱり、わざとだよね!


 しばらくすると、きれいに折られたピンク色のメモが後ろから回ってきた。そっと開くと、そこにはたったひとことだけ。


「今日のマフラー、かわいいね」


 笑っているウサギのイラストまで描かれていた。


 もう、心臓が壊れそうだった。返事を書こうとしてペンを取ったけど、手が震えて文字がうまく書けない。そのとき、ちょうど先生が近づいてきて、私に問いかけた。


「佐藤さん、三問目の答えは?」


「あ、えっと……それは……」


 私はしどろもどろになりながら立ち上がり、頭の中が真っ白になっていた。後ろから誰かの笑い声が、ほんの少し大きくなった気がした。


 休み時間になって、彼女は何事もなかったかのように私の席までやってきて、こっそりと一袋のココアビスケットを私の手に押し込んだ。


「さっき先生に当てられて焦ってたでしょ~? そのお詫びってことで」


 彼女は満面の笑みを浮かべていて、その目はイタズラが成功した子どものようにきらきらと輝いていた。


「……加害者はむしろ、あなたでしょ……」


 私は小さく文句を言ったけど、結局はおとなしくそのお菓子を受け取っていた。手のひらの中がぽかぽかしていた。ビスケットのせいか、それとも彼女の手のぬくもりのせいか――それはもう、わかっていた。


 そのあと、ふたりで校舎の隅にある自動販売機へ向かった。彼女は私に何が飲みたいかを聞くこともなく、ごく自然に「いちごミルク」のボタンを押した。


 数秒後、ピンク色のラベルがついたボトルが、私の手に押し込まれる。


「遙って甘いの好きでしょ? プリン食べてるとき、いつも幸せそうな顔してるし」


「……よく見てるね……」


「好きな人だもん。気にしないわけないでしょ?」


 その声はあまりにも自然で、まるで「天気がいいね」って言うくらいの軽さだった。でも私の手は、ペットボトルのぬくもりだけで熱くなって、顔を背けてごまかすように飲み口に口をつけた。心臓が、胸の奥で破裂しそうだった。


 ***


 夜の十時半。私は毛布の中に潜り込みながら、スマホの画面をじっと見つめていた。


「今日、遙が笑った顔、こっそり記憶に保存しておいたよ」


「明日もまた、見せてね」


 彼女から届いたメッセージは、風みたいにふわりと胸に入り込んできた。私はその一文を見つめながら、キーボードの上に指を乗せたまま、ずっと動けなかった。胸の奥が、羽根でなでられたみたいにくすぐったくて、甘すぎて、ちょっとだけ苦しかった。


 ようやく送った返信は、たったひとこと。


「……そんなに言わないでよ」


 すると、即レス。


「そんなって、どんな? 可愛いってこと?」


 もうダメだ。私は思わず顔を枕にうずめてしまった。耳まで熱くて、まるで熟れたサクランボみたいになってる気がする。反則だよ、こんなの。


 打ち返そうとしていたとき、彼女からまた写真が届いた。


 そこには、ふたりで自販機の前に立っている姿が映っていた。視線はカメラに向けていないのに、どこか自然で、優しくて、何気ない日常の一瞬をそっと切り取ったような、そんな写真だった。


 私はじっとその画面を見つめながら、そっと指先でなぞる。胸の鼓動がうるさいくらい響いている。


 「私たちのこと、誰かに言ってもいいのかな?」


 そう打ち込んでから、私は勢いよく布団の中に潜り込んだ。まるで逃げるように、心臓が一気に千メートル走を終えたみたいにバクバクして、息まで詰まりそうだった。


 スマホの画面が光った。


「遙がいいなら、私はいつだって一緒に日なたを歩きたいと思ってるよ」


 たったそれだけの言葉なのに、胸の中に光が落ちてきたような気がした。目の奥がじんわり熱くなって、顔も真っ赤になってるはずなのに、口元だけはふわりと笑ってしまっていた。


 胸の奥がそわそわして、不安で、それでも誰かを大切にしたいと思うこの気持ち。――ああ、恋って、きっとこういうことなんだ。


 たぶん、まだ私はこの想いを堂々と日の当たる場所にさらけ出す覚悟ができていない。もう少しだけ、このままでいたい。


 ――私の勇気が、この優しさに釣り合うその日まで。


 それまでは、少しずつ、少しずつ彼女を好きになって。少しずつ、彼女に好きになってもらって。そんなふうに進んでいく恋も、悪くないよね。

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