第2話 屋上での「邪魔者」
翌朝の授業中、私は何度もあくびを噛み殺した。
……全部、昨夜ずっと神崎さんのことばかり考えていたせいだ。
布団の中で何度も寝返りを打ち、結局ほとんど眠れなかった。
でも、今さら後悔しても仕方ない。
眠気をこらえながら、なんとか昼休みを迎えた。
「遙、今日クラスの子たちと一緒にお昼食べるんだけど、来る?」
黒羽が手を振りながら誘ってくる。
「いいよ、あんまり話したことないし……一緒に食べても気まずくなりそうだから。」
私はやんわりと断る。
「そっか、じゃあ明日は一緒に食べよ?」
黒羽は明るく微笑みながら、教室を出て行った。
私は小さく息を吐く。
……今日のお昼も、一人か。
なら、あそこへ行こう。
***
屋上――私だけの「秘密の食堂」。
校舎の奥にあるこの場所は、購買や教室からも遠く、普段はほとんど人が来ない。
しかも、奥の隅にある日陰になったスペースにいれば、誰かが来たとしても気づかれない。
心地よい風が髪をなでる。
遠くから聞こえる校庭の喧騒は、まるで別の世界の音のようだった。
私は屋上の隅に座り、弁当箱の蓋を開けようとした、その時――
階段から、軽やかな足音が聞こえてきた。
……誰か来る?
私は一瞬、弁当を閉じて立ち上がろうとした。
でも、その足音の主が姿を現すのを見て、動きを止める。
――神崎さん!?
彼女は驚く様子もなく、むしろ楽しそうに微笑んでいた。
「ここでお昼食べるの?」
「え、あ……まあ、そんな感じ。」
私は戸惑いながら、ぎこちなく答える。
どうして彼女がここに……?
彼女は立ち去る気配もなく、むしろ私の近くへと歩み寄った。
私はそわそわと落ち着かなくなり、とっさに口を開く。
「でも、そろそろ教室に戻ろうと思ってたところなんだ。」
そう言って立ち上がり、足早にその場を離れようとした瞬間――
「……っ!」
手首に、やわらかく、けれど確かな温もりが触れた。
私は驚いて振り返る。
神崎さんが、私の手首をそっとつかんでいた。
「お昼、まだ食べてないのに?」
彼女は当たり前のように言う。
「えっと……私がここにいたら、邪魔じゃない?」
「そんなことないよ。」
彼女はにっこりと微笑む。
「実は、私もちょうど一緒に食べる相手を探してたんだ。一緒にどう?」
そう言うが早いか、彼女は私の隣にすとんと座り込んでしまった。
……まるで、最初からそうするつもりだったみたいに。
私は動揺しながら、彼女の横顔をちらりと盗み見る。
……な、なんでこんな展開になってるの?
***
「わあ、すごい! お弁当、めちゃくちゃ豪華だね!」
弁当の蓋を開けた瞬間、神崎さんが目を輝かせた。
「え、そう? これ、ママが作ってくれたんだけど……。」
「うらやましいなぁ。」
そう言って、彼女は自分の手元にあるコンビニのサンドイッチを見せる。
「私なんて、これだよ?」
「……ご家族が、お弁当作ってくれたりはしないの?」
何気なくそう聞いた瞬間――
彼女の笑顔が、一瞬、わずかに揺らいだ。
「……そんな機会、ないかな。」
「……ごめん、変なこと聞いちゃった?」
私が慌てて謝ると、彼女はすぐにいつもの明るい表情に戻る。
「ううん、大丈夫。家の人が忙しいだけだから。」
彼女は気にしていないように笑うけれど、どこか寂しそうな雰囲気が残っている気がした。
少しだけ、胸が痛くなる。
そんな気持ちを振り払うように、私は弁当箱の中の卵焼きを見つめた。
「……良かったら、少し食べる?」
思わず口に出してしまった。
「え?」
彼女が驚いたように私を見つめる。
「私、いつも食べきれなくて……だから、良かったら。」
「ほんとに!? わあ、嬉しい!」
彼女の顔がぱっと明るくなり、私の弁当のおかずを嬉しそうに頬張った。
「美味しい……!」
彼女が幸せそうに微笑むのを見て、私の緊張も少し和らぐ。
***
「ねえ、佐藤さん。」
「ん?」
「普段もここでお昼食べるの?」
「うん。黒羽がいないときは、だいたいここかな。」
「そっか。」
彼女は何かを考えるように少し黙った後、さらりと言った。
「じゃあ、これからは私もここで食べよっかな。」
「えっ?」
驚いて顔を上げると、彼女はにっこりと微笑んでいる。
「友達が多いのに?」
「だからって、毎日同じ人たちと食べる必要はないでしょ?」
彼女は軽く肩をすくめる。
「それに……。」
彼女は少し私に近づき、イタズラっぽく微笑んだ。
「あなたって、面白いし。」
「なっ……!?」
一瞬、頭が真っ白になった。
顔が熱い。心臓がバクバクする。
「な、なにそれ!?」
「ふふっ、冗談だよ。」
彼女は小さく笑いながら、手をひらひらと振る。
「でもね、もっとあなたと話してみたいなって思ったのは本当だよ。」
私は思わず視線を落とし、静かに息をのむ。
本当に……友達になれるのかな?
微風に揺れる彼女の髪を眺めながら、私はそっと、自分の弁当に視線を戻した。