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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第10章 付き合いたての甘くてとろける日常

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第2話 放課後、こっそりと手をつないで

 始業式の日、午後の陽射しが斜めに教室へ差し込み、まだ片付けられていない教科書の上にそっと降り注いでいた。私は無意識のうちに前の席の星奈に目をやった。彼女は横顔をこちらに向けたまま、隣のクラスメイトと静かに会話している。けれど、その視線の端が、かすかに、私の方へと流れてきた気がした。


 心臓が、不意に一拍跳ねた。


 クリスマスの日に告白してから、実はそれほど時間は経っていない。けれど「友達から恋人へ」というその距離は、まるで私を温室に閉じ込めたみたいで――ぽかぽかと暖かくて、けれどどうしていいかわからなくなるほど、戸惑いを呼ぶ。


 チャイムの音が鳴り、クラスの生徒たちは次々と教室を出ていった。廊下の賑わいが徐々に増していく中、私はのろのろと鞄をまとめながら、彼女の席を盗み見た。ちょうど彼女も立ち上がり、視線が交わった瞬間、私たちはどちらも小さく息を呑んだ。


「一緒に帰ろっか?」


 彼女はいつものように自然な笑顔でそう言った。でも、その言葉の裏に、ほんの少しだけ照れたような気配が混じっていた。


「う、うん……いいよ。」


 校門を出る頃には、空がもう夕焼けに染まり始めていた。風は少し冷たいけれど、刺すほどではない。むしろ、それは誰かの温もりをそっと求めさせるような、そんな優しい冷たさだった。


 並んで歩く私たちの影が、地面に長く伸びている。近いようで、遠いようで、でもたしかに昨日の「おはよう」「おやすみ」とは違う空気が、そこにはあった。


「今日は……どうだった?」


 星奈が優しく尋ねてくる。その声はいつものように軽やかで、それでいて、どこか様子をうかがうような慎重さがあった。


「うん……ちょっと、変な感じ……かな。」


「変な感じ?」


 彼女は小首を傾げ、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「その──付き合ってるって、意識しちゃう感じの『変な感じ』?」


「そ、そんなことないよ!」


 私は即座に否定したけれど、顔が熱くなっていくのがわかった。


 彼女はくすっと笑った。その笑い声は、まるで風鈴のように、優しく耳元で響いた。


「顔、赤いよ。」


「……赤くないもん!」


 私たちは学校の裏手にある細い路地へと入った。人通りも少なくて、静けさが心地よい場所。壁沿いの草むらが風に揺れ、まるでふたりだけに許された静寂が、そこにあった。


 夕陽が斜めに射して、影がさらに長く、寄り添うように地面を這っていく。


 歩いている途中、ふと手の横に、何かがかすかに触れた気がした。それは、彼女の指先だった。偶然のようでいて、どこか確信めいた触れ方。


 私は彼女を見られず、ただ歩調が、自然と少しだけ遅くなった。


 そして次の瞬間――


 彼女の手が、そっと、ゆっくりと、私の指に重なった。


 ほんの少しの触れ合いだったけれど、全身が一瞬で硬直する。胸の奥がふわりと熱を帯びて、呼吸が少しだけ乱れていく。


「……帰り道、こうやって手を繋いでも……いいかな?」


 囁くような声が、耳の奥に届いた。


 私はそっと彼女を見上げた。彼女もまた、まっすぐに私を見ていた。そこにはいつもの茶目っ気もなければ、からかうような笑みもない。ただ、淡く静かな優しさが、夕陽の中で滲んでいた。


「……うん、いいよ。」


 私はほとんど囁くようにそう返し、そっと指を絡め返す。ぎゅっと、彼女の手を握りしめた。


 その瞬間、言葉はいらなかった。


 ただ手を繋いで、長い路地を歩いていく。二つの影が、夕暮れ色にゆっくりと重なっていく。


 ――この距離は、もう友達じゃない。友達より少し近くて、そして、胸が高鳴るくらい、特別なもの。


 握りしめた手を見下ろす。まだ鼓動は速いまま、耳まで赤くなっているけれど。


 でも私は、知っている。この日を境に、私たちの関係が静かに、確かに変わり始めたことを。「おはよう」と「おやすみ」の間にあるやりとりから、本物の、恋人としての絆へと。

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