表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第10章 付き合いたての甘くてとろける日常

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/115

第1話 おはようとおやすみのあいだの距離

 新年の行事が終わっても、街にはまだ祭りの余韻が残っていた。商店のショーウィンドウには福袋や年賀カードが並び、玄関にかけられたしめ縄は冬の風に揺れ、遠くの神社からは時折、鈴の音や太鼓の響きが微かに聞こえてくる――まるで、あの賑やかな時間にゆっくりと別れを告げているようだった。


 空気にはあずき餅や焼き餅の香ばしい匂いが漂い、コンビニの棚には「お正月限定」と書かれたスイーツやドリンクがまだ並んでいる。それでも、街を行き交う足音は大晦日の頃のような喧騒とは違い、年の香りが少しずつ薄れていく中、静けさと余韻だけが、この冬休みの終わりを見守っていた。


 新学期まで、残り一週間。


 陽だまりに包まれた日々は、どこか気だるくて、時間はまるで温かいお茶のように、ゆっくりと冷めていく。だけど私は、ある人の存在のおかげで――この冬が、いつもより少しだけ温かく感じていた。


 私にとって、この冬休みの空気は、もう以前とどこか違っていた。


 星奈と付き合い始めてから、私たちはある小さな習慣を始めた――毎日の「おはよう」と「おやすみ」のメッセージ交換。


 一見すると、教科書に載っているようなありふれた恋人のやり取り。でも、なぜだろう、それだけで日常がほんのり甘く揺らぎ始めたのだった。


 あの日の朝、私はまだ布団の中でぐずぐずしていた。スマホの画面がぱっと光った瞬間、心臓が何かに撃たれたようにドキンと跳ね上がった。


「おはよう、遥。今日も夢で会えた?」


 そんなメッセージのあとに、両腕を広げたクマのスタンプが一緒に送られていた。


 私は唇をかみしめながら何度も読み返したけれど、指先はなかなか返信ボタンを押せなかった。


 ――ただの「おはよう」だよ。落ち着け、佐藤遥。


 心の中でそう呟きながらも、顔はすでに茹でたエビみたいに熱くなっていた。


「お、おはよう。夢では会ってないけど……メッセージは見たよ」


 送信ボタンを押した瞬間、スマホを毛布の中に放り投げてしまいたくなった。けれど、数秒後にはまた通知の振動が走る。


「えぇぇ~? ひど~い!」


「今日も夢で会えなかったら、夜、夢の中に電話してやるからね~」


 彼女の口調はいつも自然で甘えた感じで、ふと投げかけた一言がまるで砂糖みたいに甘くて、でも不思議としつこくない。


 私は小さく笑いながら、口元がふわりと緩んでいくのを止められなかった。


 あの日から、朝目覚めて最初にすることは、彼女のメッセージを確認することになった。


 たとえただの「おはよう」でも、何度も何度も読み返してしまう。まるで、自分に問いかけているようだった――私たち、本当に恋人になったんだよねって。


 時間は、手のひらで温められたミルクのように、少しずつゆっくりと流れていく。新学期まで、あと三日。


 カレンダーに丸をつけたその日付を見つめながら、少しの不安と、言葉にできない期待が、胸の奥にそっと灯っていた。


 ***


 夕暮れが近づき、私はひとりで帰り道を歩いていた。


 空は淡い橙色に染まり、街灯はまだ点いていない。冬の終わりと春の訪れが混ざり合ったような、少し冷たい風が頬を撫でていく。


 ポケットの中でスマホが震えた瞬間、心臓も一緒に跳ねた。


「今日もお疲れさま〜おうちに帰ったら、ちゃんと手と足をあっためてね」


「おやすみ。夢でも、ちゃんと会おうね?」


 足が止まった。私は、角にある古本屋の前で立ち尽くしたまま、そのメッセージを見つめる。


 ――夢でも、ちゃんと会おうね?


 ただの言葉。なのに、耳元で彼女が囁いてくれるような、そんな不思議な優しさに包まれる。


「……誰が夢なんか見るもんか」


 そう小さく呟きながら、スマホをぎゅっと握りしめる。でも心の中では、そっと願ってしまっていた。


 ――本当に、夢で会えたらいいのに。


 ***


 その夜、私は何度も寝返りを打っていた。


 布団の中はぽかぽかなのに、心臓だけがずっと熱くて、落ち着いて眠れなかった。


 彼女のスタンプ、声の調子、そしてあの一言が、何度も頭の中で繰り返される。


「夢でも、ちゃんと会おうね?」


 私はそっと身体を横に向けて、枕に顔を埋めながら、聞き取れるかどうかの小さな声でつぶやいた。


「……じゃあ、ちゃんと出てきてよね」


「恋人」っていう肩書きに、まだ慣れていない。恋をするって、どういうことかも、よくわかっていない。


 だけど――毎朝の「おはよう」と、毎晩の「おやすみ」があるだけで、朝を待つことが嬉しくなった。夜が少し、愛おしくなった。


 心のリズムをそっと揺らす「君」は、もうこんなにも自然に、私の毎日に住み着いている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ