第3話 夜市屋台で過ごす甘いひととき(前編)
新年の夜は、思っていたよりずっと賑やかだった。
神社の近くの小道には夜店がずらりと並び、風に揺れる提灯が赤と黄の光を交互に灯している。その光はまるで流れるキャンディーのように甘く、どこまでも続いているようだった。空気にはたこ焼きや焼き餅の香ばしい匂いが漂い、射的で遊びたいと騒ぐ子どもたちの声が響いている。人の波、笑い声、そのすべてがまるで──私たちの初めてのデートを祝ってくれているみたいだった。
私は彼女の隣にぴったりとついて歩きながら、コートの裾をぎゅっと握りしめていた。「一緒に初詣行こっか」なんて軽く言っただけなのに、こうして本当に隣に立っていると、やっぱり顔が熱くなってしまう。
「遥、これ食べたい?」
星奈がふいに振り返って、可愛い屋台を指差した。そこには「いちごチョコバナナ」と書かれたポップが踊っている。
私は一瞬固まり、すぐには反応できなかった。
「あっ、えっと……うん、いいよ」
彼女は口元をくいっと上げて、まるで「やっぱりそう言うと思った」みたいに微笑むと、そのまま屋台へ向かって軽やかに歩き出した。その後ろ姿は、夜の灯りにふんわりと照らされていて、なんだか胸の奥がまたドクンと鳴った。
やがて彼女は戻ってきて、手にはいちごチョコバナナが二本。その一本を私の前に差し出して言った。
「はい、あーん」
「えっ──わ、私、自分で食べるから……」
「はい、あ~ん」
彼女はわざと語尾をのばして、甘えるような声で迫ってくる。ちょっとからかうみたいな、でも本気で可愛い声音だった。
私は抵抗できず、仕方なく小さく一口かじった。チョコレートは甘すぎるくらい甘くて、いちごの香りがふわっと広がった。口元にはねっとりしたチョコがちょっとついてしまったけど、そんなことより、彼女が私を見て笑っていた顔の方がずっと耐えがたかった。
彼女は、まるで宝物でも見つけたみたいに微笑んでいた。
私は急いでチョコの端を舐めて、ごまかすように彼女の方をチラッと見ると──今度は彼女がいちごチョコバナナを食べていて、まるで何かの儀式でもしているみたいに真剣な顔。その口元には、ちょこっとだけいちごソースがついていて、まるでお菓子をこっそり食べた子どもみたいだった。
思わず、くすっと笑ってしまった。彼女はすぐに私の視線に気づき、ちょっと眉を上げた。
「なに?」
「……ううん、なんでもないよ」
私は慌てて視線を外したけれど、顔はもうぽかぽかに熱くて、今にも湯気が出そうだった。
その後も、私たちは夜店をふらふら歩き回った。たこ焼きの匂いが漂ってきたとき、彼女がまた先に動いて注文し、あつあつの竹串で一つ刺して、にこにこしながら私の口元へと差し出してきた。
「熱いから気をつけてね~ はい、あ~ん」
私がまだ口を開けていないのに、彼女はすでに期待に満ちた顔でこちらを見つめていた。その目は「早く、私があーんしたの食べて」って言ってるようだった。仕方なく私は思い切って一口かじった、途端に、口の端が熱くてぴくっとなった。
「ほらね、言ったでしょ~」
彼女はイタズラが成功したときのような笑顔を浮かべて、肩をくすくす揺らしていた。
次に立ち寄ったのは、わたあめの屋台だった。彼女が選んだのはピンク色のハート型。手をつないだまま、近くのベンチに連れていかれた。
「ほら~ これ、めっちゃ甘いよ。一緒に食べよ~」
彼女はわたあめを高く掲げて、私が口を近づけるのを待っていた。私は顔を赤くしながらそろそろと近づく……その瞬間、彼女はくいっとわたあめを自分の口元へ引いて、
「遅~い。これは罰ゲームだよ~」
私は思わず彼女の腕を軽くぺしっと叩いた。彼女はそれさえ嬉しそうに笑って、肩を揺らしながらふふっと楽しんでいた。
そして次は、焼き餅の屋台へ。ふたりで炭火の前に並びながら、餅がぷくっと膨らんで、少しずつ焼き色を帯びていくのを見つめていた。
そのとき、彼女がふいに私の耳元に顔を近づけて、ささやくように言った。
「お餅をかじった瞬間、願いが叶うんだって~」
「え、ほんと?」
「さあ? でも一緒に試してみよっか」
結果、その餅は予想以上にもちもちで、彼女は口の端にまでのびた餅を引っ張りながら、危うく鼻にまでくっつきそうになっていた。私は慌ててティッシュで拭いてあげると、彼女は無邪気な顔で私を見上げながら言った。
「……なんか、夫婦っぽくない?」
一瞬、言葉が出なかった。頭が真っ白になった。なにそれ、反則……。
最後に立ち寄ったのは、いちご大福の屋台だった。紅白の皮に包まれた大粒のいちごが顔をのぞかせている。
彼女はパッケージを開けて、私の顔を見て言った。
「最後の一口は、遥に食べさせてもらいたいな~」
「えっ? また私?」
「さっきいっぱい食べてたでしょ~今度は私が甘やかされる番だよ」
そう言って、彼女は目を閉じて口を開け、まるで「早くあーんして?」というポーズを取っていた。私は顔を真っ赤にしながら、そっと残りのいちご大福を彼女の唇の近くへと運んだ。
彼女はふわっとその大福をかじり、目を開けて、私に向かって片目をぱちんとウィンクした。
──だめだ、私、もうとろけそう。
その夜の星空はとても綺麗だったけど、私の記憶に残っているのは、彼女の笑顔だけだった。屋台で食べたあれこれが、まるでふたりの恋の歩みみたいに感じられた。甘くて、ちょっと熱くて、そして……ちょっとだけ、くっつきたくなる味。
恋って、本当に人をおかしくする。まるでわたあめみたいにふわふわになって、歩いてるだけでも、ちょっとだけ浮かんでしまいそう。




