表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第9章 新年の約束

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/115

第3話 夜市屋台で過ごす甘いひととき(前編)

 新年の夜は、思っていたよりずっと賑やかだった。


 神社の近くの小道には夜店がずらりと並び、風に揺れる提灯が赤と黄の光を交互に灯している。その光はまるで流れるキャンディーのように甘く、どこまでも続いているようだった。空気にはたこ焼きや焼き餅の香ばしい匂いが漂い、射的で遊びたいと騒ぐ子どもたちの声が響いている。人の波、笑い声、そのすべてがまるで──私たちの初めてのデートを祝ってくれているみたいだった。


 私は彼女の隣にぴったりとついて歩きながら、コートの裾をぎゅっと握りしめていた。「一緒に初詣行こっか」なんて軽く言っただけなのに、こうして本当に隣に立っていると、やっぱり顔が熱くなってしまう。


「遥、これ食べたい?」


 星奈がふいに振り返って、可愛い屋台を指差した。そこには「いちごチョコバナナ」と書かれたポップが踊っている。


 私は一瞬固まり、すぐには反応できなかった。


「あっ、えっと……うん、いいよ」


 彼女は口元をくいっと上げて、まるで「やっぱりそう言うと思った」みたいに微笑むと、そのまま屋台へ向かって軽やかに歩き出した。その後ろ姿は、夜の灯りにふんわりと照らされていて、なんだか胸の奥がまたドクンと鳴った。


 やがて彼女は戻ってきて、手にはいちごチョコバナナが二本。その一本を私の前に差し出して言った。


「はい、あーん」


「えっ──わ、私、自分で食べるから……」


「はい、あ~ん」


 彼女はわざと語尾をのばして、甘えるような声で迫ってくる。ちょっとからかうみたいな、でも本気で可愛い声音だった。


 私は抵抗できず、仕方なく小さく一口かじった。チョコレートは甘すぎるくらい甘くて、いちごの香りがふわっと広がった。口元にはねっとりしたチョコがちょっとついてしまったけど、そんなことより、彼女が私を見て笑っていた顔の方がずっと耐えがたかった。


 彼女は、まるで宝物でも見つけたみたいに微笑んでいた。


 私は急いでチョコの端を舐めて、ごまかすように彼女の方をチラッと見ると──今度は彼女がいちごチョコバナナを食べていて、まるで何かの儀式でもしているみたいに真剣な顔。その口元には、ちょこっとだけいちごソースがついていて、まるでお菓子をこっそり食べた子どもみたいだった。


 思わず、くすっと笑ってしまった。彼女はすぐに私の視線に気づき、ちょっと眉を上げた。


「なに?」


「……ううん、なんでもないよ」


 私は慌てて視線を外したけれど、顔はもうぽかぽかに熱くて、今にも湯気が出そうだった。


 その後も、私たちは夜店をふらふら歩き回った。たこ焼きの匂いが漂ってきたとき、彼女がまた先に動いて注文し、あつあつの竹串で一つ刺して、にこにこしながら私の口元へと差し出してきた。


「熱いから気をつけてね~ はい、あ~ん」


 私がまだ口を開けていないのに、彼女はすでに期待に満ちた顔でこちらを見つめていた。その目は「早く、私があーんしたの食べて」って言ってるようだった。仕方なく私は思い切って一口かじった、途端に、口の端が熱くてぴくっとなった。


「ほらね、言ったでしょ~」


 彼女はイタズラが成功したときのような笑顔を浮かべて、肩をくすくす揺らしていた。


 次に立ち寄ったのは、わたあめの屋台だった。彼女が選んだのはピンク色のハート型。手をつないだまま、近くのベンチに連れていかれた。


「ほら~ これ、めっちゃ甘いよ。一緒に食べよ~」


 彼女はわたあめを高く掲げて、私が口を近づけるのを待っていた。私は顔を赤くしながらそろそろと近づく……その瞬間、彼女はくいっとわたあめを自分の口元へ引いて、


「遅~い。これは罰ゲームだよ~」


 私は思わず彼女の腕を軽くぺしっと叩いた。彼女はそれさえ嬉しそうに笑って、肩を揺らしながらふふっと楽しんでいた。


 そして次は、焼き餅の屋台へ。ふたりで炭火の前に並びながら、餅がぷくっと膨らんで、少しずつ焼き色を帯びていくのを見つめていた。


 そのとき、彼女がふいに私の耳元に顔を近づけて、ささやくように言った。


「お餅をかじった瞬間、願いが叶うんだって~」


「え、ほんと?」


「さあ? でも一緒に試してみよっか」


 結果、その餅は予想以上にもちもちで、彼女は口の端にまでのびた餅を引っ張りながら、危うく鼻にまでくっつきそうになっていた。私は慌ててティッシュで拭いてあげると、彼女は無邪気な顔で私を見上げながら言った。


「……なんか、夫婦っぽくない?」


 一瞬、言葉が出なかった。頭が真っ白になった。なにそれ、反則……。


 最後に立ち寄ったのは、いちご大福の屋台だった。紅白の皮に包まれた大粒のいちごが顔をのぞかせている。


 彼女はパッケージを開けて、私の顔を見て言った。


「最後の一口は、遥に食べさせてもらいたいな~」


「えっ? また私?」


「さっきいっぱい食べてたでしょ~今度は私が甘やかされる番だよ」


 そう言って、彼女は目を閉じて口を開け、まるで「早くあーんして?」というポーズを取っていた。私は顔を真っ赤にしながら、そっと残りのいちご大福を彼女の唇の近くへと運んだ。


 彼女はふわっとその大福をかじり、目を開けて、私に向かって片目をぱちんとウィンクした。


 ──だめだ、私、もうとろけそう。


 その夜の星空はとても綺麗だったけど、私の記憶に残っているのは、彼女の笑顔だけだった。屋台で食べたあれこれが、まるでふたりの恋の歩みみたいに感じられた。甘くて、ちょっと熱くて、そして……ちょっとだけ、くっつきたくなる味。


 恋って、本当に人をおかしくする。まるでわたあめみたいにふわふわになって、歩いてるだけでも、ちょっとだけ浮かんでしまいそう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ