第2話 はじめて恋人と行く初詣
新年の朝、空気はひときわ澄んでいて、雪が降ったあとの冷たさと、ほんの少し甘い匂いを含んでいた。白い霧の向こうから陽射しがやわらかく差し込み、窓辺を照らして、一年の始まりにあたたかな光を添えていた。
私はコートを羽織り、マフラーを巻いて、ふとスマホを見下ろした。そこには、昨日のメッセージがまだ表示されていた。
「遥、明日一緒に初詣行かない?」
その一文を読むだけで、心臓がひとつ多く跳ねるような気がした。
クリスマスの日に告白して以来、私と星奈は正式に付き合い始めた。今は、はっきりと「恋人」と呼べる関係。それを思うたびに、顔が赤くなって、胸がきゅっと締めつけられる。
――恋人として、彼女と一緒に新しい年を迎える。
それだけで、耳の先までぽっと熱くなった。
***
神社の前には、たくさんの人が行き交っていた。着物姿の女の子、子どもを連れた家族、カメラを持ったカップルたち──賑やかで、どこかやさしさのある新年の風景が広がっていた。
私は人混みの中に立ちながら、ポケットの中のカイロを握りしめ、きょろきょろと周りを見渡していた。
「遥!」
聞き慣れた声が前方から聞こえて、私は振り返った。そこには、彼女が手を振りながら近づいてくる姿があった。
星奈は紺色のウールコートを羽織り、中には白いタートルネックのニットを合わせていた。下はやわらかなベージュのロングスカート。長い黒髪が冬の風に揺れて、頬は冷たい風に染まったようにうっすら赤くなっていた。
「待たせちゃった?」
彼女はにこっと笑いながら私に歩み寄ってきた。
「い、ううん、私もちょうど着いたところ……」
私は慌てて答えたけれど、彼女の顔をまっすぐ見つめることができなかった。
「じゃあ、行こっか」
私たちは神社の中へと入り、他の参拝客と一緒に列に並んだ。
境内にはお線香の煙がふわりと立ち上り、空気には香の匂いと木の温もりが混ざっていた。神社の奥からは静かな鈴の音が響き、人々の小さな祈りの声と交差して──まるで、にぎやかな中にある静けさ。冬の夜にひそやかに灯るぬくもりのようだった。
順番が回ってきて、私と星奈は並んで香炉の前に立ち、手を合わせた。
私は目を閉じて、心の中でそっと願いを込めた──この関係が、穏やかに続いていきますように。激しくなくてもいい。ただ、ゆっくりでいいから、一緒に歩いていけたら。
目を開けると、ちょうど隣の彼女も私の方を見ていた。彼女はふわりと笑っていた。冬の午後の陽だまりみたいに──やさしくて、透明で、あたたかな笑顔だった。
「絵馬、書きに行こうか」
彼女はそう言って、まるで私を自分の願いの世界に招き入れるみたいな声だった。私たちは木製の絵馬を二枚受け取り、近くのテーブルに並んで座り、それぞれ黙って書き始めた。
私はペンを握りながら、少し迷ったけれど。それでも、ゆっくりと書いた。
「今年も、大切な人と一緒に、少しずつ勇気を持てますように」
書き終えたあと、私はつい、隣をちらりと見てしまった。そして、顔がぱっと真っ赤に染まった。
「今年は、ずっと遥の手を握って、一緒に笑って、一緒に歩いていけますように」
自分の絵馬を思わず隠したくなるくらいだった。彼女はそんな私の様子に気づいたみたいで、そっと耳元でくすっと笑って囁いた。
「覗き見は、ルール違反だよ?」
「み、見てないしっ……!」
私は慌てて顔を背けた。耳まで真っ赤だった。
彼女は楽しそうに笑いながら、ふたつの絵馬を並べて絵馬掛けに結んだ。吊るされた紐がほとんど絡まりそうなくらい近くて、それはまるで私たちの距離みたいだった。お互いの鼓動が聞こえるほどの、そんな距離。
そのあと、私たちはおみくじの方へ向かった。私は小吉、彼女は大吉を引いた。
「どうしよう、私のほうが運いいね」
彼女はおみくじを揺らして、少し得意げな顔をした。
「じゃあ……ちょっとだけ、その運分けて」
私は小さな声で言って、唇を噛んだ。
「うん、いいよ」
彼女は迷うことなく私の手を取って、自分の大吉のおみくじを、ふたりの重なった手のひらの間にそっと挟んだ。
「これで、きっと伝わるでしょ?」
私は動けなくなってしまった。彼女の手のぬくもりが、おみくじ越しにじわじわと伝わってくる。
「……バカ」
私はそう呟いたけれど、目を逸らすことができなかった。そのときの彼女は、どんなときよりもまっすぐだった。
すると彼女が、ポケットから赤と白の小さなお守りを取り出して、私の前に差し出してきた。
「これ、あげる」
「え?」
私は瞬きをして、すぐに意味が飲み込めなかった。
「恋愛成就のお守りだよ。こっそり選んでた〜」
「い、いらないってば、そんなの……」
私は焦って手を振ったけど、彼女はもう笑いながら、それを私のマフラーのポケットにそっと滑り込ませていた。
「隠してもいいよ。遥だけが知ってれば、それで十分だから」
その声は軽やかだったけれど──まるで、言葉にしない「好き」をそっと渡されるみたいだった。
私はうつむいて、ポケットの中のお守りにそっと指を添えた。その布のやわらかさとぬくもりは、まるで彼女が胸元に置いた、小さな愛のメッセージのようで。口元がふわっと緩んだ。もう、抑えきれなかった。
この瞬間、私の願いは──そっと、叶っていたのだと思う。




