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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第8章 星空の下で、ふたりの想い

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第8話 初恋の証

 遊園地を出たあと、私たちは街道沿いをゆっくり歩いた。話しながら、道端の小さなお店に時々立ち止まる。手には、彼女が射的ゲームで取ってくれたクマのぬいぐるみをぶら下げていた。ふわふわの感触はまだあたたかくて、けれど私が本当に忘れられなかったのは、さっきの彼女の笑顔だった。


 その笑顔は、夕焼けよりもまぶしくて、観覧車の頂上から見た夜景よりも胸をときめかせた。言葉は少なかったけれど、まるでたくさんの気持ちを交わしたような夜だった。


 駅を出て、分かれ道に差し掛かる頃、ようやく「さよなら」を言わなければならなくなった。彼女は多くを語らず、ただ優しい微笑みで手を振った。


「またね」


 その一言で、時間がゆっくりと引き伸ばされたように感じた。私は呆然と彼女の後ろ姿を見つめ、胸の奥にやさしく重い何かが沈んでいく。もう一度だけ、彼女を見たかった。


 家に帰ると、弟はすでに眠っていた。リビングではテレビの音が小さく響いていて、画面には何度目かの再放送が流れていた。


 ソファに毛布を羽織っていた母が、靴を脱ぐ私を見て顔を上げた。


「今日は楽しかった?」


「うん、すごく楽しかった。遊園地に行ったんだ」


「それは良かった。普段あまり友達と出かけないから、今回は本当に素敵な友達ができて、ちゃんと大事にしなさいよ」


「……うん」


 口元を引きつらせながら返事して、そのまま早足で部屋に入る。ドアが閉まる音と同時に、外の世界の音がすべて遮断された。部屋の中は静かすぎて、自分の心臓の音と、微かに震える息遣いだけが響いていた。


 ドアにもたれたまましばらく立ち尽くす。告白の瞬間の余韻が、まだ心の奥で揺れている。


 友達? 母が言った「素敵な友達」って……星奈のこと? 違う。全然違う。


 私は頭を振ってベッドに向かい、どさりと腰を下ろした。身体が風船の空気が抜けたようにぐったり沈む。思考はまだ観覧車の中にいた――薄暗くて静かなゴンドラの中、彼女は私を見つめていた、あの瞳の光。


 そして……「好きだよ」と言ったあの言葉。


 私は、言うべきかどうかを迷っていた。自分の気持ちを打ち明けるべきかを悩んでいた。でも彼女は、それを見透かしたかのように、先に想いを伝えてくれた。


 神崎星奈。学校ではいつも光のように輝いていて、みんなから憧れられる「女神」みたいな彼女が……私なんかに、そんな言葉をくれるなんて。


 もしかして、妄想だったんじゃないか。そんな疑いが頭をかすめた私は、頬をつねってみた。


「……痛っ」


 その痛みによって、ようやく確信した――これは夢なんかじゃない。


 私は、本当に彼女と付き合うことになった。私は今――神崎星奈の彼女だ。


 彼女。というその言葉が、心の中にそっと滑り込み、容赦なく巨大な花火を打ち上げた。胸の中が柔らかくて熱いものでじわじわと満たされていく。息がうまくできなくて、心臓は指揮もなしに勝手に暴走していた。


 だけど……幸せだ。好きな人に、好きになってもらえるって、こんなにも泣きたくなるほど嬉しくて、笑いたくなるほど愛おしいことなんだ。


「……どうしよう」


 私は枕を抱えたままベッドの上をごろごろ転がる。熟れたトマトのように顔は真っ赤になって、胸の鼓動がどんどん速くなっていく。全身が混乱と甘さに呑み込まれて、脳内にピンク色のもやが立ち込めていく。


 私は、本当に「彼女」としてちゃんとできるかな? 彼女が必要な時、真っ先に駆けつけてあげられるだろうか。悲しい時、一番安心できる存在でいられるかな。彼女に……「幸せだな」って思ってもらえるような恋人になれるかな。


 付き合うのは、人生で初めてだった。恋愛なんて、手をつなぐことすら、「誰かを好きになる」って気持ちすら、私にとってはずっと遠い世界の出来事だった。何をどうすればいいのか分からないし、「恋人らしい付き合い方」なんて、さっぱり見当もつかなかった。


 頭の中では少女漫画の王道シーンが勝手に再生され始める。甘いハグ、恥ずかしい手つなぎ、ドキドキするキス……そして……あの、ホテルの一室で、ほの暗い灯りの中、お互いを見つめられずにモジモジする二人きりの場面――!


「う、うぅぅ……!」


 思わず枕に顔を押し付けて、暴走する脳内をなんとか止めようとする。


 でも無理だった。星奈がそっと寄り添ってきて、耳元に顔を近づけて、吐息が肌をかすめる感覚を想像しただけで、顔がもう熱くなって壊れそうだった。


 布団の上をゴロゴロ転がりながら、まるで蒸された魚みたいにジタバタする。せっかく恋が始まったばかりなのに、部屋の中で想像だけで爆発寸前なんて、どういうこと!? 落ち着かなきゃ……!


「無理無理……ほんとに大丈夫なの、私……?」


 耳の奥で、星奈が優しく抱きしめてきて、あの反則級の優しい声でわたしの名前を囁く想像がまた浮かぶ――だめだめ! 心臓が本当に止まっちゃうよ!!


 毛布にくるまりながら、真っ赤になった目だけを天井に向ける。


 どうしよう、こんなんで本当に「いい彼女」になれるのかな。でも……私、もう彼女に「はい」って言ったんだ。あの真剣なまなざしで「好きだよ」って言ってくれたとき、わたしの心はとっくに決まってた。


 まだ恋がどんなものか分からない。分からないけど、彼女に近づくためなら、ちゃんと学んで、ちゃんと努力して、間違えても、怖くなっても、彼女のそばにいたい。「彼女だけのわたし」になりたい。


 だってこのドキドキは、私の人生で初めての、大切に守りたくなる感情だから。この恋は、私の「初恋の証明」だから。


「会いたいな……」


 小さく呟きながら、抱き枕に顔を埋めて、自然と笑みがこぼれる。


 もう一度あの声が聞きたい。私の名前を、あの春風みたいにやさしい、心までとろけそうな声で呼んでくれる声。さっき別れたばかりなのに、もう彼女の声が、笑顔が、そっと手に触れた温もりが恋しくてたまらない。


 スマホを手に取ると、画面が点いて通知がひとつ表示された。


「もうお家に着いた?」


 心臓がまたドンと跳ね上がる。急いで返信を打とうとするけど、指が震えてうまく打てない。送信前に何度も確認して、変じゃないか、可愛くないかと悩みに悩んで――


「今ちょうど着いたよ。そっちは?」


 数秒後、彼女から返事が届く。


「私も~」


「なんだか今日は……なかなか眠れそうにないね」


 ……ほんとにね。


 枕を抱きしめたまま、カタツムリみたいに丸くなってベッドの上を転がる。頭の中は彼女の顔と声と、あの夜のドキドキでいっぱいだった。


 今日はきっと、眠れない。だって、私の心はもう、「神崎星奈」って人に、すっかり占領されちゃってるから。

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