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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遙
第2章 初めての会話後、二人の交流
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第1話 私と彼女の初めての会話の後

 神崎さんが去ったあとも、私の鼓動はなかなか落ち着かなかった。もう一度小説を手に取り、続きを読もうとしたけれど、まったく集中できない。


「はあ、結局読み終えちゃった……」


 私は大きく伸びをしながら、疲れたようにため息をついた。物語はちょうどクライマックスに差し掛かっていて、続きがとても気になるところだったのに、残念ながら次の巻はまだ出ていない。そのため息の中、頭の中にはまたあの場面が浮かんでいた――神崎星奈が笑顔で話しかけてくれた、あの瞬間。


 ぼんやりしていると、黒羽が部活を終えて図書室の入り口に現れた。


「遥、帰ろう」


「うん」


 私は慌てて立ち上がり、荷物を急いでまとめて一緒に校門へ向かった。


 夕暮れの陽射しは柔らかくて温かく、学校の廊下をほのかに金色に染めていた。


「今日の部活、楽しかった?」


 私は自分から話を振ってみた。


「超楽しかったよ! 今日はね、スイーツ作りに挑戦してみたんだけど、私って本当に料理の天才かも!」


 黒羽の目が輝いていて、子どものように楽しげだった。


「そんなにすごいなら、もっと作って私にも食べさせてよ。いつも宿題写させてあげてるお礼にさ」


 私は冗談交じりにそう言った。


「任せてよ!」


 黒羽は胸を叩いて豪快に笑った。


「あ、そういえば今日もずっと図書室にいたの?」


 私は少しだけためらってから、口を開いた。


「うん……今日は、誰かが話しかけてきてくれたんだ」


「えっ? 誰?」


 黒羽が顔を向け、興味津々といった表情を見せた。


 私は視線を落とし、声を少し小さくした。


「……神崎さん」


「えっ、ちょっと待って。その神崎って、うちのクラスの神崎星奈のこと?」


 黒羽は目を見開き、まるで信じられないといった顔で言った。


「遥、小説の読みすぎで幻覚見てない?」


 顔が一気に熱くなり、私は恥ずかしさに耐えきれず彼女を睨んだ。


「ありえないでしょ! 殴るよ?」


「ごめんごめん、冗談だってば!」


 黒羽は両手を挙げて降参のポーズを取った。


「でもさ、本当は何を話したの?」


 黒羽は私のそばに寄ってきて、完全にゴシップモードの目をしていた。


「別に大した話じゃないよ。私が読んでたラノベに興味があったみたいで……」


 私はそっと視線を外しながら、小さな声で答えた。


「わあ、あの女神級の神崎さんがライトノベルに興味あるなんて、信じられないよ!」


 黒羽は興奮して飛び上がりそうだった。


「そんな大げさに言わないでよ」


 口ではそう言いながらも、心の中ではなぜか嬉しさがこみ上げていた。


 そのとき、私たちはすでに駅に着いていた。


「じゃあ、また明日ね」


 私は黒羽に手を振り、彼女の背中が遠ざかっていくのを見送りながら、また神崎さんの笑顔が脳裏に浮かんだ。


 ——どうして彼女は、私に話しかけてくれたんだろう?


 家に帰って玄関のドアを開ける。


「ただいま」


 キッチンで夕飯の準備をしていた母が顔を出し、優しく言った。


「おかえり、遙」


「お姉ちゃん!」


 弟が子犬のように駆け寄ってきて、私の腰に抱きついた。


「すっごく会いたかったよ!」


 私は弟の頭を優しく撫でながら、くすっと笑った。


「たった一日会ってなかっただけで、そんなに甘えちゃって」


「だって会いたかったんだもん!」


 と、彼は甘えるように私から離れようとしない。


「お父さんはまだ帰ってきてないの?」


「もうすぐよ、仕事終わる頃だし」


 と母が笑顔で返す。


「先にお風呂入ってきなさい」


「うん」


 バスルームに入り、温かいお湯が全身を包み込む。今日一日の疲れは流れ落ちていったけれど、心に残った疑問と好奇心までは洗い流せなかった。目を閉じると、図書館での神崎さんの笑顔が、まるで目の前にいるかのように鮮明に浮かんできた。


 こんな平凡な私が、本当に彼女の目に留まるなんてことあるのかな?


 湯気と一緒に湧き上がる疑問。胸の鼓動は不規則に速まり続ける。


 ――でも、考えたって答えなんて出ないよね。


 もしかしたら……次に彼女と会えたときには、少しはわかるかもしれない。


 風呂から出ると、家族はすでに食卓についていた。母が時間をかけて用意してくれた夕飯の香りが、部屋中に広がっている。私が椅子に腰を下ろしたちょうどその時、父が玄関を開けて帰ってきた。弟は嬉しそうに駆け寄っていく。


 目の前に広がる温かくて、見慣れた光景。胸の奥が、じんわりと落ち着いていく。私はふっと、安らかな笑みを浮かべた。


 私の生活はきっとこれからも平凡なままだろう。でも、今日という日は、ほんの少しだけ、特別な色を帯びていた。その小さくて温かな変化は、水面に広がるさざ波のように、そっと私の心に波紋を広げていった。


 こうして、平凡と少しの特別が交差する一日が、静かに幕を下ろした。


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