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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第8章 星空の下で、ふたりの想い

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第3話 屋上でこぼれた本音

 午後の陽射しが斜めに学校の屋上に差し込んで、白い柵に揺れる金色の影を落としていた。柔らかな光が空間全体を温かく包み込み、微風がそっと吹き抜けるたびに、私と星奈の足元に落ちた葉がさらさらと音を立てて舞った。私たちは並んでベンチに腰掛け、それぞれの膝の上にお弁当を置いていた。星奈は自分のサンドイッチをそっと整えながら、陽の光に照らされて、垂れた髪が淡く金色にきらめいていた。


「最近……大丈夫だった?」


 星奈が先に口を開いた。いつもと変わらない優しい声が、そよ風のように心に触れる。


 私は小さくうなずきながら、おにぎりを口に運んだ。胸の奥でじわじわと広がる不安を隠すように。


「うん、でも試験は……やっぱり自信ないかも」


「私と一緒に復習してるんだから、そんなにひどくはならないでしょ?」


 彼女は明るく笑った。その笑顔はいつもと同じように輝いていたけれど、私は玲奈の言葉を思い出してしまった——それは、すべてを隠すための表情だと。


 私は唇を噛みしめ、深く息を吸い込んだ。震えそうな心を、必死で押さえ込む。


「星奈……聞きたいことがあるの」


 その声は風に紛れてしまいそうなほど小さかったけれど、私は勇気を振り絞って言葉にした。


 彼女は首を傾け、少し困ったように眉を寄せた。


「どうしたの? 急に真剣な顔して」


 私は視線を落とし、箸を弁当箱の上に静かに戻した。いつの間にか手は拳を握りしめていて、指の関節が白くなっていた。


「……小説を書くのをやめたのって、家族のことが原因なの?」


 その瞬間、彼女の笑顔がぴたりと止まった。まるで誰かが再生ボタンを押し間違えたように、表情が凍りついた。空気すら止まり、窓から差し込む午後の光も、その一言と共に時間を止めたかのようだった。


「……どうしてそう思ったの?」


 俯いた彼女の声はかすれていて、けれど隠しきれない震えが滲んでいた。


「数日前……あなたの妹に会ったの」


 私は静かに言った。視線は彼女の、かすかに震える指先に注がれたまま。


「少しだけ話したの。あなたのこと……」


 彼女は顔を上げず、ただ手の中のサンドイッチをじっと見つめていた。そして、それをそっと握りしめた。まるで、その感触に心を落ち着かせる答えを探しているかのように。


「……そっか、知っちゃったんだね」


 やっと口を開いた彼女の声には、苦笑が混じっていた。


「うん、玲奈、最近学校が休みで帰ってきてたから……まさか君と会うなんてね。うん、これも運命ってやつかな」


 彼女は何でもないふうに言ったけれど、その笑顔はこれまで見たどの笑顔よりも、色を失っていた。


 私は唇を噛み締め、そっと手を伸ばした。でも、もう少しで彼女に触れそうになったところで、その手を止めた。


「ごめん……悲しませたいわけじゃなかったの」


 私は小さく囁いた。


「ただ……ずっと見てきてわかるの。君の笑顔って、どこか無理してる気がするの」


 彼女はまつげを伏せたまま、風に髪を揺らしながら、ほとんど独り言のような声でつぶやいた。


「ちゃんと……隠せてると思ってたのに」


 その声は細く震えていて、私の胸に小さな棘のように刺さった。


「そうしないと……嫌われちゃうから。家でも、学校でも、どこにいても、みんなが好きなのは『完璧』な私……優しくて、笑顔で、話を聞いて、なんでもできる私」


 言葉が途切れた。そして、喉の奥からしぼり出すように、彼女は再び語った。


「子どもの頃から、家族は私を認めてくれなかった。どれだけ頑張っても、『まだ足りない』って。そればっかり。『よくやったね』なんて……一度も言ってくれなかった」


「彼らが求めてたのは、親戚の前で自慢できるような子。学年トップで、ピアノもできて、スピーチもできて、トロフィーを取ってくる……玲奈みたいな子」


「……私なんて、ただの『まだ足りない人』なんだよ」


 彼女は膝の上のスカートの裾をぎゅっと掴んだ。その指先に込められた力だけが、今にも溢れ出しそうな感情をかろうじて抑えているようだった。


「小説を書くなんて、あの人たちはまるで価値がないものみたいに言うの。子どもっぽいとか、未熟だとか……『そんな世界に染まるな』ってまで言われたこともある」


「書かせてもらえないの。ただ、成績をもう少し上げろって……あとちょっとでいいからって」


 そこまで話したときだった。彼女の目が初めて揺れた。声が震え出し、涙が頬をつたって静かに落ちる。まるで午後の陽差しに照らされた透明な真珠が、ぎゅっと握られた手の甲にそっと落ちたみたいに。


「もう……本当に頑張ってるのに」


「試験前には手が震えるまで夜更かしして勉強して、コンクールの前には誰にも頼らず一人で声が枯れるまで練習して……」


「こんなに、こんなに頑張ってるのに……誰も見てくれなかった……『大丈夫?』って、一度も聞いてくれなかった……」


 その「大丈夫?」は、まるで何年も胸の奥に沈んでいた溜息のように、あまりに小さな声だった。


 私は彼女を見つめたまま、胸がぎゅっと締めつけられて、呼吸すら苦しくなる。


「どうして……そんなに優しくするの?」


 彼女がぽつりと呟く。怯えと、願いが入り混じった声で。


「本当の私を知ったら、きっと……嫌いになるよ。私、全然完璧なんかじゃないから」


 私はそっと手を伸ばし、少しだけためらったあと、彼女の指先に触れるようにそっと握った。


「完璧だから……優しくしてるんじゃないよ」


 声はほとんど息みたいに小さくて。


「君が……君だから、なんだよ」


 彼女の身体がびくりと震える。まるで、その言葉が本当に私の口から出たなんて信じられないかのように。


 私は勇気を出して、ぎこちない動きで彼女を抱きしめた。彼女はそれを拒まず、肩に身を預けて、制服の胸元をぎゅっと掴む。身体はまだ小さく震えていて……まるで、やっと見つけた安らげる港に辿り着いたみたいに。


「泣いていいんだよ、星奈。弱くなっても、わがまま言っても……そういうの、普段は誰にも見せられないかもしれないけど……私は、全部いいと思ってる。そんな君も、ちゃんと好きだから」


「一人で泣かせたりなんか、しないよ」


 私は囁く。彼女の呼吸が、少しずつ穏やかになっていくのを感じながら。


 午後の陽光がフェンスを通り抜けて、私たちの影に淡く揺れる光を落としていた。


 彼女は何も言わなかった。もう涙も流さず、けれど額をそっと、少しだけ近づけてきた。


 あの瞬間、私は何も言葉にできなかった。ただ彼女を抱きしめたまま、心の中でそっと願っていた――もしも叶うのなら、私はなりたい。彼女がもう偽らずに、心から安心して寄りかかれる、そんな存在に。


 たとえ……この気持ちを言葉にする勇気は、まだ持てていなくても。


 でも、この一瞬だけは確かに、私は彼女の心の奥へと、一歩ずつ、一滴ずつ、近づけた気がした。誰にも見せない、いちばん素顔の彼女に。

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