第6話 私の答え
陽射しが静かに校舎を包み、風が廊下を抜けて窓の外の葉を揺らす。遠くから聞こえる生徒たちの笑い声、すべてはいつもと変わらない光景に見える。けれど私は知っていた。今日の私は、もう昨日までの私とは違う。心の行き先を見つけたから。本当に大切にしたい人が誰なのかを、もう分かっているから。
サッカー部の練習が終わったあと、私は勇気を振り絞って、高橋先輩を部室に呼び出した。
「待たせちゃったね、遥」
高橋先輩は微笑みながら部屋に入ってきた。声はいつもと変わらずやさしく、その瞳には見慣れた思いやりと気遣いが宿っている。私は視線を落とし、足元で風に揺れる落ち葉を見つめる。胸の奥は張りつめるように緊張していたのに、不思議と心は静かだった。
「高橋先輩、この前のこと……やっぱり自分の口でちゃんと伝えなきゃって思って」
彼女は口を挟まず、ただ小さくうなずいた。その眼差しはあたたかく、私の言葉を辛抱強く待ってくれている。私は深く息を吸い込み、勇気を出してその視線を受け止めた。
「ありがとう……本当に、私を好きになってくれてありがとう」
声は少し震えていたけれど、隠しきれない誠意と真心がそこにあった。
「先輩はとてもやさしくて、いつもあたたかくて……思わず頼りたくなる人。もし昔の私だったら、きっとその想いに強く惹かれていたと思う」
一度言葉を切り、伏せていた視線を上げる。胸の奥に宿る決意が、その瞳を強くした。
「でも、今の私はもう、その気持ちに応えられない。だって……私の心には、もう守りたい人がいるから」
その人は、私の心の奥に静かに根を下ろした。彼女のことを思うだけで笑顔になれる。もっと勇気を出したいと思える。隣に立ち、肩を並べて歩きたいと願える。
「まだ……告白する勇気はないけど、曖昧な態度で先輩を傷つけたくない。本当にごめんなさい。そして、本当にありがとう」
言葉が落ちた瞬間、部室の空気はしんと静まり返った。
そして、高橋先輩はふっと笑った。
「……なんとなく、もう気づいてたよ」
一歩近づいて、そっと私の頭に手を置く。指先は壊れ物に触れるみたいにやさしくて。
「だって、グラウンドにいるとき、遥の視線はいつも誰かを追っていた。……その相手は星奈さんでしょ?」
思わず顔を上げて、息をのむ。けれど私は静かにうなずいた。
先輩はただ微笑んで言った。
「もちろん……少しは心残りもあるけど。でもね、遥が正直に自分の気持ちと向き合って、その本音を私に伝えてくれたことが、本当に嬉しいんだ」
「……高橋先輩」
その眼差しはやわらかく、それでいて揺るがなかった。まるで冬の午後のグラウンドに差し込む陽射しのように、あたたかくて、思わず近づきたくなる光だった。
「いつか遥が勇気を出して、その想いを彼女にちゃんと伝えられる日が来ますように」
呼吸が止まり、視界がにじむ。私は強くうなずいた。
「……ありがとうございます」
窓の外から吹き込む風が、机の端に置き忘れられた練習メニューをさらりとめくる。初冬の気配を含んだ風は、胸の奥に残っていた迷いやためらいさえ、そっと吹き散らしていくようだった。
今の私は、ようやく素直に「さよなら」を言えた。そしてようやく、自分が本当に向かうべき人をはっきりと知った。もう、偽らずに歩き出すときだ。




