第1話 カフェでふたり、ドキドキが近づく距離
「遥、今日はよろしくね」
冬の陽射しが駅の出口に降り注ぎ、柔らかく温かな光が天から舞い降りるヴェールのように神崎さんを包み込んでいた。彼女はそこに立ち、逆光の中で微笑み、肩先は金色の光輪に縁取られて柔らかな輪郭を描き、まるで世界の焦点すべてが彼女に注がれているかのようだった。
彼女は私に軽く手を振り、口元をわずかに上げる――それは見慣れた笑顔だったけれど、学校で皆の前に立つ光り輝く神崎さんとは少し違っていた。今日の彼女は、凛とした輝きよりも、どこか柔らかな雰囲気をまとっている。
生成りのニットを身にまとい、陽の光を浴びて布地の繊細な模様が淡く浮かび上がっていた。ベージュのロングスカートは歩みに合わせてふわりと揺れ、足元のキャメル色のショートブーツがその雰囲気を引き締めている。全体から漂うのは、淡く上品な空気。
漆黒の長い髪は自然に背中へと流れ、毛先はほんのりとカールしていて、風にそっと撫でられるたびに柔らかく揺れた。その一つひとつの仕草が、目を逸らすことなどできないほど美しくて、思わず息を呑んでしまう。
「……うん」
小さく頷いた声は、風にさらわれそうなくらいか細かった。心臓は突然リズムを失ったように暴れ出し、胸の奥を一拍ごとに叩きつける。
今日は、私たちの「デート」だ。
神崎さんは言っていた。私がサッカーの試合で勝ったら、ご褒美をくれるって――そしてこのデートこそが、彼女が口にして約束してくれたそのご褒美だった。
思い出すのは、昨夜彼女からメッセージを受け取ったときの光景。
「明日のプランは私が考えるから、遥はおとなしく私のデート相手になってね」
あの一文を見た瞬間から、心臓は一度も静まらなかった。眠れない夜、何度も何度もその言葉を読み返し、スマホの画面が点いては消えて、そのたびに「夢じゃない」と告げられているようだった。
「最初はね、コーヒーでも飲もうか」
神崎さんは振り返り、目尻を弓なりに下げて笑った。
「すっごく可愛いお店を知ってるんだ。小道の奥に隠れてるの」
「う、うん……」
私たちは並んで街道を歩いた。午後の陽射しが足元に落ち、影は長く伸びては交わり、また並んで重なり合う。地面に映るその二つの影を見つめながら、ふと心の中で思う――もしこれが恋というものの姿だとしたら、私はもうとっくに、どうしようもなく好きになってしまっている。
気のせいかもしれないけれど、私たちの肩は時折、そっと触れ合った。そのたびに小さな電流が指先を走るみたいに心臓を刺激し、ほんの一瞬なのに呼吸すら忘れてしまう。
――近すぎる。この距離は、逃げ出したくなるほどに近いのに、それでももっと欲しくなってしまう。
辿り着いたカフェは、静かな路地に佇むレトロな雰囲気の小さなお店だった。
木の扉にはドライフラワーの花束が掛けられ、入口のガラスには手書きの文字で「おかえりなさい」と記されている。中に入ると、珈琲の香りと木の温もりが混じり合い、壁には手描きのイラストや色褪せた写真が飾られていた。黄色い灯りが木製のテーブルと椅子に落ちていて、まるで一枚の懐かしい絵本の中に迷い込んだみたいだった。
「このお店のラテアート、すごく可愛いんだよ~」
神崎さんはメニューをめくりながら言った。声は軽やかで、まるで二人だけの秘密を分け合うみたいだった。
「よく来るの?」
私は尋ねた。
「うん、たまに一人でここで書き物するんだ。静かでね、ぼーっとするのにちょうどいいから」
神崎さんはふっと笑い、メニューから視線を上げて私と目を合わせた。その瞳には、私のよく知る光と、どこか新しい色がきらめいていた。
私はそっと、彼女が下を向いてメニューを選んでいる横顔を盗み見た。細くて長い指がページをなぞり、睫毛が陽射しの中でかすかに揺れ、口元はほどよい弧を描いている。その姿はあまりにも優しくて、直視できないほどだった。
「遥、写真撮ろっか~」
神崎さんは突然バッグからスマホを取り出し、楽しそうに身を寄せてきた。
「え、ちょっ、ちょっと待って……!」
私は慌てて顔をそらした。
「逃げないでよ~。これ、私たちの初デート記念写真なんだから~」
笑いを含んだ声が耳元に届く。次の瞬間、彼女はさらに近づいてきた。息遣いが頬にかかり、髪がかすかに触れる。
「さん、にー、いち……カシャ!」
シャッター音が落ちた瞬間、私は息をするのも忘れていた。彼女は写真を覗き込み、ゆっくりと口元を緩める。
「うん、可愛いね」
神崎さんはそう言って笑いながら、その写真を私たちのトーク背景に設定した。
「えええっ!? ちょ、ちょっと、それはダメだよ――」
私は慌ててスマホを奪おうと手を伸ばしたが、顔はすでに真っ赤だった。
「消しちゃダメだよ~」
彼女は笑いながら、ひょいと身をかわした。
「うぅ……ずるいよ……」
私はぶつぶつと小さく文句をこぼしながら、俯いてコーヒーに口をつけた。立ち上る湯気が視界をぼやけさせるけれど、耳まで真っ赤に染まった顔を隠すことはできない。神崎さんはただ微笑んで、ラテを一口飲みながら、横目で私を盗み見てはその反応を楽しんでいるようだった。
窓の外からは斜めに陽射しが差し込み、テーブルに重なった私たちの影を淡く照らし出していた。コーヒーの香り、彼女の笑い声、そして空気に漂う柔らかな温もり、それらすべてが少しずつ、この距離を静かに近づけていく。
私は指先でそっとカップをなぞりながら、自然と口元が緩んでいくのを止められなかった。こんな時間が、もう少しだけ長く続けばいいのに――そう心の底から願っていた。




