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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第6章 交差する告白、鼓動の行き先

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第7話 逃避と近づく距離

 高橋先輩に告白されてから、私の心はずっと波立ったまま平穏を取り戻せなかった。あんなに優しく、あんなに真摯な声なのに、私の心には何の波紋も広がらなかった。頭の中に何度も浮かんでくるのは、神崎さんの顔だった。あの笑顔、あの声、あの私を見つめる瞳……どれも鮮やかで、まるで一度も心の中から消えたことがないみたいに。


 何も分かっていないはずなのに、このはっきりしていく気持ちに追われて、息が詰まりそうになる。だから、私は逃げ始めた。毎日、学校では神崎さんがよくいる場所をわざと避けて、昼休みは部活があるふりをして過ごした。嫌いだからじゃない。ただ、その「自分」とどう向き合えばいいのか分からなかったから。


 そして、その日――廊下の角を急いで曲がった時、私は神崎さんと正面からぶつかってしまった。


「……あっ、佐藤さん!」


 驚いたように目を見開いた神崎さん。その声はまるで鍵のように、私が無理やり閉ざしていた心を一瞬で解いてしまった。呼吸が止まり、心臓を誰かに強く掴まれたみたいに苦しくなる。視線が交わった瞬間、体の動かし方すら忘れてしまいそうだった。


「……!」


 私は背を向けて、逃げ出した。逃げる。会いたくないからじゃない。もう隠しきれなくなっていく、この気持ちが怖かったから。


「ちょっ、待って――佐藤さん!」


 後ろから追いかけてくる足音。空っぽの廊下に響き渡って、やけに鮮明に聞こえる。


「廊下を走るのは禁止だぞ!」


 階段の方から先生の叱責が飛んできて、足音がどんどん近づいてくる。


 焦った私は、思わず足をもつれさせた。


「こっち!」


 神崎さんが突然、私の手首を掴んだ。その温かさが肌に伝わり、一瞬、動きが止まる。次の瞬間、彼女は私を隣の空き教室に引き込み、一気にロッカーの中へと身を隠した。


「えっ、ここは……?」


 状況を理解する前に、彼女はすでに扉を閉めていた。


 ロッカーの中は狭くて、ほとんど身体を寄せ合うしかなかった。暗闇の中で聞こえるのは、お互いの呼吸と心臓の音だけ。神崎さんの顔はすぐ目の前にあって、頬にかかる温かな吐息がくすぐったい。肩にかかった彼女の腕からは、淡い香りと体温が伝わってくる。


 ――心臓の鼓動が、どんどん速くなる。


「……ねえ、この数日間、私のこと避けてるでしょ?」


 神崎さんの声は低くて、いつもの明るさではなく、不安を含んでいた。


 私は視線を逸らし、俯いた。


「……違う」


「嘘つき」


 小さくそう言った。声は優しいのに、その確信は揺るがなかった。


「私を見たらすぐ背を向けて行っちゃうでしょ?」


「……どうやって向き合えばいいか、分からなかっただけ」


 ようやく言葉を絞り出す。声はほとんど消えてしまいそうに小さい。


「頭の中がぐちゃぐちゃで……どうすればいいのか分からなかったの……」


 彼女は少しの間黙り込んだ。そして、勇気を振り絞るように問いかけてきた。


「……私、何か悪いことしたの?」


 その声はこれまでにないほど脆かった。


 胸がきゅっと締め付けられて、慌てて首を振る。


「違う……本当に違うの……」


 手を伸ばして慰めたい。だけど、その手は宙に止まったまま。これ以上近づいたら、もう二度と離れられなくなりそうで。


「……高橋先輩と一緒にいるところ、見ちゃったんだ」


 神崎さんがふいに口を開いた。


 心臓がぎゅっと縮み上がる。


「すごく楽しそうに笑ってた」


 彼女の声は風みたいに軽やかなのに、不思議と逃げ場を与えてくれない力を帯びていた。


「あの瞬間、すごく苦しかったんだ」


「神崎さん……」


 その名前をかすかに呟いた。少しずつ伏せられていく彼女の瞳を、どうにか引き止めたくて。


「私、変だよね?」


 自嘲するように笑った。


「私たち、ただの友達なのに……こんな些細なことで苦しくなっちゃうなんて」


 その瞬間、私は気づいてしまった。苦しいのは、私だけじゃなかったんだ。神崎さんも同じだった。彼女も怖がっていて、彼女も迷っていた。


 私たちは不確かな感情に絡め取られて、互いに引き寄せられながらも、誰一人として先に言葉を紡ぐ勇気を持てずにいたのだ。


「……私も、どうすればいいのか分からない」


 小さくそう呟いた。声は震えていて、自分の心を試すようだった。


「でも……もし相手があなただったら……失いたくない」


 彼女は一瞬きょとんとして、それからふっと笑った。その笑顔は、暗闇の中で再び灯った灯火みたいに、私の心に積もっていた陰りを少しずつ照らしていく。


「私もだよ」


 ロッカーの外で、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。現実に引き戻される音だった。


 神崎さんはふいに少しだけ近づいて、小さな声で囁いた。


「次は……もう逃げないで、いい?」


 私は深く息を吸い込み、こくりと頷く。


「……うん」


「じゃあ……これからは『遥』って呼んでもいい?」


 思わず目を見開いて、顔が一瞬で熱くなる。


「……いいよ」


「やった。じゃあ、遥も『星奈』って呼んでね」


 神崎さんは得意げな子供みたいに笑った。その瞳には、あの懐かしい光が確かに宿っていた。


「そうだ、もう決めてあるんだ。遥が試合に勝った時のご褒美」


「えっ……?」


「それはね——今度の休みに、デートしよう」


 言葉を失った私は、顔が真っ赤になって、最後には俯きながら小さな声で答えるしかなかった。


「……うん」


 窓の外から差し込む陽射しが、ブラインドの隙間を抜けて斑に床へ落ちる。


 その短い時間と沈黙は、戸惑いとときめきを包み込んだ贈り物のように、そっと二人の間に置かれていた。まだこの気持ちの正体は分からない。けれど、この瞬間から——私は彼女と一緒に、少しずつ確かめていきたいと思った。私たちの間にある、かけがえのないこの想いを。

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