第5話 私は本気で、彼女のことが好きなんだ
夜の部屋は驚くほど静かで、時計の針が刻む「カチ、カチ」という音だけが空気の中に反響していた。私はベッドに横たわり、天井を仰ぎながら、まったく眠気のない目を見開いていた。頭の中では、今日起きたあの出来事が何度も何度も再生されてしまう。
――高橋先輩の告白。
彼女は薄暗い街灯の下に立ち、真摯で優しい眼差しを向けてきた。その声は夜風が耳元をかすめるように柔らかく、「好きだよ」と告げた。その瞬間が、焼き付けられた印のように鮮烈に記憶に刻まれ、どうしても振り払えなかった。
けれど、そのとき私の心に浮かんだのは、別の顔だった。
神崎星奈。試合のサイドラインで、力いっぱい手を叩きながら私を誇らしげに見つめていた瞳。図書館でそっとノートを差し出し、「頑張ってるね」と空気に溶けてしまいそうなほど優しい声で囁いてくれたとき。そして運動会のあと、土砂降りの雨の中で一人ベンチに座り、肩がすっかり濡れても決して退かなかったあの背中。
あんな光景が、本当にただの「友達」の間で、何度も頭の中に浮かぶものだろうか。
目を閉じると、彼女との思い出がさらに鮮明に蘇ってくる。一つひとつの場面が潮のように押し寄せ、どれもが鮮やかで、そして……胸が高鳴る。私はもう、自分の心を誤魔化せない。私の心は、とっくに彼女に占領されていた。
――私は、神崎さんが好き。
その想いが一度浮かんでしまえば、燃え広がる炎のように、温かくて、熱くて、もう消せなかった。鼓動は乱れ、頬にはじわじわと熱が広がっていく。私は寝返りを打ち、顔を枕に深く埋めて、その不意に溢れ出したときめきを必死で押し殺した。
「……どうしよう」
喉の奥から漏れた声は、吐息みたいにかすかで、それでも隠しきれないため息だった。次の瞬間、目尻にじんわりと涙が滲む。私はもう、彼女を「友達」だなんて思えなくなっていた。
だけど……本当に、私は神崎さんにこの気持ちを伝えられるのだろうか。
あんなにも眩しくて、いつも自信に満ち溢れていて、いつも周りの人に囲まれていて、まるで光のように、みんなの視線の中でキラキラと輝いている。
それに比べて私は、ただの目立たない女子だ。人混みの中では誰にも覚えてもらえない。人前で顔を上げて話すことすら難しくて、言葉はいつもつっかえて、間違えるのが怖くて、笑われるのが怖くて、場の空気を壊してしまうのが怖い。どうやって人の注目を引けばいいのかなんて、まるでわからない。時には、自分に問いかけることすらある。私は一体……どこが好きになってもらえるんだろう。
もし私が神崎さんに告白したら、きっと関係が変になってしまうんじゃないだろうか。彼女は「自惚れてるんじゃない?」って思って、それから軽く笑って「ごめんね、私は友達としか思ってないよ」って言うんじゃないだろうか。
そう考えた瞬間、胸の奥が何かに刺されたようにずきりと痛んだ。失いたくない。ただの友達だとしても、これからも隣にいたい。彼女の笑顔を見ていたい。私の名前を呼ぶ声を聞いていたい。一緒に日常のひとつひとつを歩いていたい。
「……私なんか、神崎さんに釣り合わないよね」
私は小さく呟いた。声はほとんど空気に溶けて消えてしまいそうで、目尻はじんわりと濡れ、視界が滲んで天井の輪郭さえもぼやけてしまう。
神崎さんはいつだって努力家で、いつだって誰かのことを考えて、いつだって優しく人を気遣う。そんな彼女に比べて……私はただ、後ろを追いかけるばかりで、自分の長所すらろくに言えない人間だ。
もし彼女が夜空に輝く星だとしたら、私はきっと地上に落ちる影——どんなに仰ぎ見ても、その光に触れることはできない。
「……でも、諦めたくない」
そんな思いが心の奥底でそっと瞬いた。夜空に浮かぶ小さな星のように、か細くても決して消えない光。もう、この想いをなかったことにはできない。
怖くても、迷っても、私はもう一歩だけ近づきたい。少しでも、神崎さんのことをもっと知りたい。少しでも、弱ったときに側で支えたい。見返りなんて求めない。ただ、自分がもっと勇気を出せるようになりたい。彼女の隣にたとえたった一歩分でも、そうして立っていたいから。
だって、私は本当に……神崎さんのことが好きだから。




