第1話 サッカーグラウンドの激闘(二)
前回の試合から、すでに二週間が過ぎていた。
「前は負けたけど……だからって、私たちが諦める理由にはならないよ」
夕陽に染まるグラウンドの端に立つ高橋先輩が、力強い声で言い放つ。
その声は夕風に乗って鮮やかに響き渡り、私たちチーム全員に新しい勇気を吹き込んだ。
「明日はいよいよ二戦目。行動で証明しよう——私たちの実力は、こんなものじゃないって」
家に戻った私は、いつものようにスマホを開いてメッセージを確認する。やっぱり、神崎さんの名前が光っていた。
「明日、頑張ってね~。前と同じで、勝ったらご褒美あるからね」
その一文は、まるでそよ風のように私の焦りを撫で、胸の奥をほんのり温めてくれる。
——神崎さんのために、勝ちたい。
その想いがふいに浮かび、我ながら驚いた。あまりに自然に湧き上がった気持ちに、しばし立ち尽くす。
彼女と一緒にいると、いつも心臓が速くなる。近づかれると緊張するし、応援してくれると安心する。ただ目が合っただけで——世界が一気に明るくなる気がする。
……でも、私たちは友達だよね?
「考えすぎないで……まずは明日の試合に集中しなきゃ」
そう自分に言い聞かせ、スマホを枕元に置いて目を閉じる。けれど頭の中では、あの「ご褒美あるからね」という言葉が何度もリフレインして、眠れそうになかった。
***
試合当日。天気は驚くほどの快晴だった。雲一つない青空に、眩しい陽光がグラウンドを包み、校舎全体が輝いているように見えた。
私はライン際に立ち、緑に染まる芝生を見つめる。緊張のせいで手のひらにはじっとりと汗がにじんでいた。
「力抜いて、遥」
高橋先輩が肩を軽く叩き、爽やかに笑う。
「練習通りの自分でいいんだよ。忘れないで、私たちは一緒に戦ってるんだから」
「……うん、分かってる」
大きく息を吸い込み、早鐘を打つ心臓をなんとか落ち着けようとする。
視線を観客席に向ける——そこに彼女がいた。神崎さんは最前列に座り、私服姿の長い髪が陽に照らされ、淡い金色の輝きを放っている。
目が合った瞬間、彼女はふわりと微笑み、軽く手を振ってくれた。たったそれだけの仕草なのに、胸の奥で心臓が大きく跳ねる。……もっと頑張りたい。彼女のために。
試合開始のホイッスルが鳴り響く。ボールが蹴り出された瞬間、グラウンド全体が一気に熱を帯び、張りつめた空気が広がっていく。
濃紺のユニフォームをまとった私たちは、緑の芝の上を駆け抜け、声を張り上げる。連携は前回の練習よりもはるかに噛み合っていた。あの屈辱の敗北が刻んだ痛みのせいか、それとも、今回は本当に「勝ちたい」という気持ちが私たちを突き動かしているのか。
相手は開始五分も経たないうちに猛攻を仕掛けてきた。私はすぐさま守備に戻り、高橋先輩と並んで構える。彼女は落ち着いた目で相手の動きを見極め、小さく声をかけてきた。
「遥は左を。右は私が行く」
私は即座に頷き、左サイドのパスコースを塞いだ。相手は挟み撃ちにされ、焦った末にボールをこぼす。
「私が!」
仲間が奪い取り、中盤へとすぐさまパスを送る。
ボールは私たちの足元で軽やかに流れ、パス、トラップ、ターン、そして再びパスへと繋がっていく。テンポがどんどん速まっていく中、ついにボールは私の足元へ転がってきた。大きく息を吸い、前へと突き進む。ディフェンダーがぴたりと張り付き、横から奪おうとする。私はフェイントで身体を揺らし、一瞬の隙を突いて右へ切り込んだ。
「遥! こっち!」
高橋先輩の声が響く。
すぐさまパスを出すと、彼女は落ち着いた動作でワンタッチのスルーパスを返してきた。
「ナイス……!」
次の瞬間、私の前にはゴールキーパーだけ。心臓が一瞬止まったかのように感じる。狙いを右上角に定め、相手が飛び出すより先に足を振り抜いた。
——バンッ! ボールは美しい弧を描き、ネットを震わせた。
「——入った!!」
その瞬間、会場全体が沸き立った。観客席からは雷鳴のような拍手と歓声が押し寄せ、波のように次々と広がっていく。
仲間たちが駆け寄り、私を取り囲んで背中を叩きながら大声で歓喜を叫ぶ。私はその場に立ち尽くし、荒い息を吐きながらネットに転がるボールを見つめた。視界の端がじんわりと熱く滲む。
——やったんだ。これは奇跡なんかじゃない。何度も失敗して、それでも歯を食いしばって積み重ねてきた汗と努力の証なんだ。




