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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遙
第5章 緑のフィールドへ、私が再び走り出す理由
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第7話 私にくだされた罰

 重い足取りで更衣室に入って、汗でびっしょりのユニフォームを脱ぎ、無言でベンチに腰を下ろした。手にしたタオルでは拭いきれない汗、そして胸の奥から離れない悔しさを、どうしても隠しきれなかった。


 あのミスがなければ……もっと速く、もっと正確に動けていれば……。


 小さくため息をついて、タオルで顔を覆う。目元の熱がこぼれないように必死で堪えながら、空気の中に響くのは自分の荒い呼吸と、かすかに揺れるタオルの音だけだった。


 そんなとき、軽やかで聞き慣れた足音がドアの前で止まり、やがてゆっくりと近づいてきた。そして、低く柔らかな声が響いた。


「――入ってもいい?」


 体がぴくりと硬直する。ゆっくりとタオルを下ろして顔を上げた瞬間、神崎さんが更衣室の入口に立っていた。手には、さっきサイドラインで振っていた炭酸でいっぱいのスポーツドリンクを握ったまま。


「……外で待ってるんじゃなかったの?」


 声を抑えて言う。彼女の目をまっすぐに見られなかった。


 神崎さんはふわっと笑って、私の隣に腰を下ろす。その声は、春の午後の風のように優しくて。


「だって……佐藤さんが一人で落ち込んでるなんて、見ていられなかったもん」


 うつむきながら、小さな声で呟く。


「……ごめん、みんなに……負けさせちゃった」


「何謝ってるの?」


 彼女は眉をひそめる。


「あの試合、佐藤さんは本当に全力だったじゃん」


「でも……私のせいで……最後の一球……」


「もう、いいってば」


 突然距離がぐっと近づいてきて、彼女の声が少しだけ強くなる。そしてそっと私の頭に手を置いた。その手はあたたかくて、やわらかくて、不安ごと包み込んでくれるみたいだった。


「ねえ、私、ずっと見てたよ。佐藤さんが走って、パスして、ボール奪って……ほんとに、すっごくかっこよかった」


 あまりに真剣なその口調に、私は思わず顔を上げてしまう。


「ゴールだって、すごくきれいだったよ。佐藤さんのおかげで、思わず叫んじゃったもん」


 唇を噛み、小さな声でつぶやく。


「でも……勝てなかった」


 神崎さんはふふっと笑い、どこかイタズラっぽい光を目に宿しながら首を傾げた。


「うん、確かに勝てなかったね。でもさ、私言ったでしょ? 勝ったらご褒美って」


 私は伏し目がちに、そっと頷いた。


「……うん。だから、もうないんだよね……」


「じゃあ――罰ゲーム、かな?」


「えっ?」


 思わずぽかんとしていると、彼女がすっと顔を近づけてきて、私の頬に――ふわりと、やさしくキスを落とした。


 その一瞬は、真夏の直射日光よりも熱くて、何かに撃ち抜かれたように体が固まり、頭の中が真っ白になる。


「これ、罰ゲームだよ~」


 彼女はにっこり笑って、ウインクをひとつ。


「だって、ずっと楽しみにしてたのに、ご褒美を渡せなかったんだもん」


「こ、これが罰って……!」


 私は両手で顔を覆い、頬が火を噴きそうに熱くて、声が震えてうまく言葉にならなかった。


 彼女はますます楽しそうに笑った。その笑顔は、暗い更衣室に差し込んだ陽光そのものだった。


「だからね、次は絶対に負けちゃダメだよ?じゃないと……二回キスしちゃうかも?」


 心臓が、どくん、と大きく跳ねた。


 私は羞恥と驚きでぐちゃぐちゃになった心をどうにか整え、顔を上げて、ほとんど宣言のような声で言った。


「……次は、絶対に負けない」


 彼女の瞳がきらきらと輝いていた。まるで、そのひと言だけで、すでに勝利の未来が見えているかのように。


「じゃあ、次の試合も楽しみにしてるね、佐藤遙」


 その瞬間、私の中にあった悔しさも、情けなさも――全部、彼女のキスとそのひと言で、やさしく溶かされていった。


 たとえ今日の試合には負けてしまったとしても。私はきっと、勝利よりもずっと胸を高鳴らせる瞬間を手に入れたんだ。

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