第7話 私にくだされた罰
重い足取りで更衣室に入って、汗でびっしょりのユニフォームを脱ぎ、無言でベンチに腰を下ろした。手にしたタオルでは拭いきれない汗、そして胸の奥から離れない悔しさを、どうしても隠しきれなかった。
あのミスがなければ……もっと速く、もっと正確に動けていれば……。
小さくため息をついて、タオルで顔を覆う。目元の熱がこぼれないように必死で堪えながら、空気の中に響くのは自分の荒い呼吸と、かすかに揺れるタオルの音だけだった。
そんなとき、軽やかで聞き慣れた足音がドアの前で止まり、やがてゆっくりと近づいてきた。そして、低く柔らかな声が響いた。
「――入ってもいい?」
体がぴくりと硬直する。ゆっくりとタオルを下ろして顔を上げた瞬間、神崎さんが更衣室の入口に立っていた。手には、さっきサイドラインで振っていた炭酸でいっぱいのスポーツドリンクを握ったまま。
「……外で待ってるんじゃなかったの?」
声を抑えて言う。彼女の目をまっすぐに見られなかった。
神崎さんはふわっと笑って、私の隣に腰を下ろす。その声は、春の午後の風のように優しくて。
「だって……佐藤さんが一人で落ち込んでるなんて、見ていられなかったもん」
うつむきながら、小さな声で呟く。
「……ごめん、みんなに……負けさせちゃった」
「何謝ってるの?」
彼女は眉をひそめる。
「あの試合、佐藤さんは本当に全力だったじゃん」
「でも……私のせいで……最後の一球……」
「もう、いいってば」
突然距離がぐっと近づいてきて、彼女の声が少しだけ強くなる。そしてそっと私の頭に手を置いた。その手はあたたかくて、やわらかくて、不安ごと包み込んでくれるみたいだった。
「ねえ、私、ずっと見てたよ。佐藤さんが走って、パスして、ボール奪って……ほんとに、すっごくかっこよかった」
あまりに真剣なその口調に、私は思わず顔を上げてしまう。
「ゴールだって、すごくきれいだったよ。佐藤さんのおかげで、思わず叫んじゃったもん」
唇を噛み、小さな声でつぶやく。
「でも……勝てなかった」
神崎さんはふふっと笑い、どこかイタズラっぽい光を目に宿しながら首を傾げた。
「うん、確かに勝てなかったね。でもさ、私言ったでしょ? 勝ったらご褒美って」
私は伏し目がちに、そっと頷いた。
「……うん。だから、もうないんだよね……」
「じゃあ――罰ゲーム、かな?」
「えっ?」
思わずぽかんとしていると、彼女がすっと顔を近づけてきて、私の頬に――ふわりと、やさしくキスを落とした。
その一瞬は、真夏の直射日光よりも熱くて、何かに撃ち抜かれたように体が固まり、頭の中が真っ白になる。
「これ、罰ゲームだよ~」
彼女はにっこり笑って、ウインクをひとつ。
「だって、ずっと楽しみにしてたのに、ご褒美を渡せなかったんだもん」
「こ、これが罰って……!」
私は両手で顔を覆い、頬が火を噴きそうに熱くて、声が震えてうまく言葉にならなかった。
彼女はますます楽しそうに笑った。その笑顔は、暗い更衣室に差し込んだ陽光そのものだった。
「だからね、次は絶対に負けちゃダメだよ?じゃないと……二回キスしちゃうかも?」
心臓が、どくん、と大きく跳ねた。
私は羞恥と驚きでぐちゃぐちゃになった心をどうにか整え、顔を上げて、ほとんど宣言のような声で言った。
「……次は、絶対に負けない」
彼女の瞳がきらきらと輝いていた。まるで、そのひと言だけで、すでに勝利の未来が見えているかのように。
「じゃあ、次の試合も楽しみにしてるね、佐藤遙」
その瞬間、私の中にあった悔しさも、情けなさも――全部、彼女のキスとそのひと言で、やさしく溶かされていった。
たとえ今日の試合には負けてしまったとしても。私はきっと、勝利よりもずっと胸を高鳴らせる瞬間を手に入れたんだ。