第5話 彼女と初めての外出
今日は日曜日。そして、神崎さんと初めて一緒に出かける日だった。
昨日、彼女からメッセージが届いた。「明日、時間ある?一緒に図書館で勉強しない?」と。
スケジュールを確認すると、今日は特に予定もなかったので、私は「うん、いいよ」と返事をした。
……返事をしてから、どうしようもない不安と緊張がこみ上げてきた。
だって、これは私にとって、人生で初めての、学校の外でクラスメイトと会う約束なのだ。
しかも相手は、いつも学校で輝いているあの神崎星奈さん。
「……どんな服を着ればいいの?」
クローゼットの中を何度も見直して、結局、一番無難なTシャツとジーンズの組み合わせを選んだ。
しかし——
「やっほー、佐藤さん。」
駅前で彼女が手を振ってくれた。
風に揺れるさらさらのロングヘア。今日はシンプルだけどちょっと大人っぽい白いシャツに、淡いグレーのロングスカート。
清潔感があって、でもどこか品のある、その姿に私は思わず見惚れてしまった。
「スカートってあまり履かないの?」
彼女は首をかしげながら、やさしく尋ねてくる。
「べ、別に嫌いじゃないけど……ズボンの方が落ち着くっていうか……」
震えそうな声をなんとか落ち着けながら答える。
「ふーん、でもそれも似合ってるよ。」
彼女がふわりと笑う。その瞬間、胸の奥が何かに触れられたように、ふわっと温かくなった。
図書館に着くと、午後の光が高い天窓から降り注ぎ、読書スペースをやさしい金色に染めていた。
ページをめくる音と、シャーペンの走る音が重なり、空間は静かで集中に満ちていた。
「ここ、すごく落ち着くね。」
窓の外を見ながら、神崎さんがぽつりとつぶやいた。
「うん、私はいつもここで勉強してるんだ。」
緊張を隠しながら、私はそっと頷いた。
……私にとって、これはただの勉強じゃなくて、ある意味「デート」だった。
「よし、まずは数学から始めようか。」
彼女はノートを広げて、身を少し前に乗り出した。肩が私に少しだけ触れそうになる。
シャンプーの香りがふわっと漂ってきて、頭の中が真っ白になった。
「……どこ見てるの?」
笑みを含んだ視線が私をとらえる。
「ノ、ノート見てたんだよっ!」
慌てて顔を伏せると、頬が熱くなるのを感じた。
「ふふっ、ウソだ~。」
彼女はくすくす笑ったけれど、それ以上は何も言わずに問題集を開いた。
私たちは並んで問題を解きながら、一緒に考え込んでいた。時々、神崎さんがある公式を指差して言った。
「ここ、ちょっとよく分からないんだけど……教えてくれる?」
私は心の中で高鳴る鼓動をなんとか押さえながら、ひとつひとつ丁寧にポイントを説明していった。
「佐藤さん、教え方すごく上手だね。」
そう微笑まれた瞬間、私は逆に何か間違えたんじゃないかと疑ってしまったくらい、心が揺れた。
気がつけば、もう夕方になっていた。
「そういえば、来週サッカーの試合があるんでしょ?」
彼女がふと尋ねてきた。
「うん、水曜日に。」
「じゃあ、頑張ってね。」
神崎さんの目がキラキラと輝いていて、「応援に行くから」と続けた。
「えっ、来てくれるの?それ、プレッシャーすごいんだけど……」
思わず小声でつぶやいた。
「プレッシャーをかけに来たんじゃなくて、応援とおまじないを届けに来るの。」
神崎さんはウインクしながら、どこか意味深な笑みを浮かべた。
「それにね、もし勝ったら……ご褒美をあげるよ?」
「……ご褒美?」
思わず聞き返すと、神崎さんは唇に指をあてて、いたずらっぽく微笑んだ。
「今は内緒。ほんとに勝ったら、教えてあげる。」
「もう……」私は小さくため息をついたが、口元には自然と笑みがこぼれていた。
——サッカー部に入ってから初めての試合。
——そして、初めて。
誰かが私の勝利を、心から待っていてくれる。