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冴えない私が輝く星と出会った  作者: 雪見遥
第5章 緑のフィールドへ、私が再び走り出す理由

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第4話 連絡先の交換

 放課後の図書館はいつも通り静かで、窓辺から差し込む陽射しが木製の机の上に柔らかな光の輪を描いていた。私は窓際の席に座り、数学の参考書をめくりながら、迫り来る中間試験に向けて必死に格闘していた。


 突然、耳元に聞き慣れた声が響き、この静けさを破った。


「久しぶりだね、最近全然会えないからさ。もう寂しくなっちゃうよ」


 顔を上げると、視線の先に微笑を浮かべた瞳があった。神崎さんが私の横に立っていて、いつものように落ち着きといたずらっぽさが混じった笑顔を見せていた。


「仕方ないんだよ、最近はサッカーの試合の準備もしなきゃだし、中間試験もあって。だから図書館で勉強する時間しか取れないんだ」


 私は小さく答えて、少し気恥ずかしそうに後頭部をかいた。


「もしかしてわざと私を避けてるのかと思ったよ」


 彼女はウィンクしてみせ、冗談めかした声色だったけれど、どこか本気の響きが混じっていた。


「そんなことするわけないじゃん。別に神崎さんのこと嫌いなわけじゃないし」


「ふーん〜じゃあつまり、本当は会いたかったってこと?」


「……嫌いじゃないってだけだよ」


 小さく付け加え、視線をページに落とした。熱くなっていく頬を隠すように。


 神崎さんは私の正面に座り、両手で顎を支えて首を傾げながらこちらを見つめた。


「それでさ、最近の練習はどう?」


「悪くないよ。みんなすごく熱心で、特に高橋先輩はすごく優しいんだ」


 私は素直に答えた。


「ふーん、そうなんだ。なんだか楽しそうだね」


 彼女の声は軽やかだったけれど、その瞳にかすかに揺れる感情が見えた気がした。


「でもね……最近ほんとに追いつけない気がする。昼は練習で、夜は勉強。時間が全然足りないんだ」


「じゃあさ」


 神崎さんはふいに姿勢を正し、笑顔に少し真剣さを混ぜた。


「一緒に図書館で勉強しようよ。私が補習してあげる」


「えっ、本当に!? 学霸に教えてもらえるなんて最高じゃん……」


 私は大げさに目を見開き、期待に満ちた声を上げた。


「そんなにすごい人みたいに言わないでよ……まあ、成績は悪くないけどね」


 彼女は口を尖らせ、言葉は謙虚だったけれど、瞳の奥には小さな得意げな光が宿っていた。


 いつの間にか空気は柔らかくなり、会話も弾んでいった。そしてふと、ずっと言いたくても言えなかったことに、話題が自然と流れていった。


「それにしても……最近全然会えなくてさ。本当に探すの大変だったんだから」


 神崎さんの声には少し拗ねたような響きがあり、それがどこか甘えるように聞こえた。


「あ……そっか。それなら……私たち、連絡先を交換しない?」


 私は勇気を振り絞って言った。語尾にかすかな震えが滲んでいた。


 彼女はぱちりと瞬きをしてから、春に咲く花のように明るい笑顔を浮かべた。


「もちろんいいよ! じゃあ今日からは、いつでもどこでも佐藤さんを見つけられるってことだね?」


「い、いや……別にいつでもじゃなくても……」


 私は慌てて言い訳したけれど、心臓はその言葉のせいでますます速く打ち始めていた。


 連絡先を交換したあと、私は画面に表示された「神崎星奈」という名前を数秒間ぼんやりと見つめていた。画面が自動で暗くなるまで気づかず、ようやくはっと我に返る。


「……あ、ごめん」


 慌ててスマホのサイドボタンを押して、平静を装いながら机の上に戻した。


「今、笑ってたでしょ?」


 神崎さんが身を乗り出して、からかうように私を覗き込む。


「もしかして、私の連絡先が手に入って嬉しかったんじゃない?」


「そ、そんなわけないでしょ!」


 私はすぐさま否定したけれど、頬はすでに真っ赤に熱くなっていた。


 神崎さんはくすくす笑いながら、肘を机に預けて頬を傾ける。どこか気だるげなのに、不思議と親密さを感じさせる仕草だった。


「もうからかわないよ。これからは用事があれば気軽に連絡してね。勉強でも練習でも、あるいは……ただふと私のことを思い出しただけでもいいからさ」


「そ、そんな理由で連絡なんてするわけないでしょ!」


 私は小声で反論しながら、顔を本に埋めてしまいたい衝動に駆られていた。


「え? 本当にしないの?」


 神崎さんは目を細めて笑った。


「じゃあ私が積極的に連絡するしかないね。だって佐藤さん、自分で言ってたじゃん。『嫌いじゃない』って」


「……くっ、この人、なんであの一言だけ覚えてるんだ」


 口では認めようとしなかったけれど、胸の奥にはどうしようもなく甘い感情がふわりと広がっていくのを感じていた。


 こうして私たちは連絡先を交換した。孤独だった日常が、少しずつ、確かに変わり始めている気がした。

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